いまなぜ日本核武装論なのか
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・10月27日、バイデン政権が「核態勢の見直し(NPR)」を発表した。
・その中で「アメリカやその同盟国が究極の状況におかれた場合には核攻撃をも考慮する」という積極防衛への転換が打ち出された。
・日本の核武装奨励論がアメリカの学界で最近出されたことは日本側でも認識しておくべきだろう。
アメリカではいま改めて核兵器の効用が真剣な論題となった。政府や議会という国政の場でも切迫した課題として論じられている。その理由の一つはバイデン政権が10月27日に「核態勢の見直し(NPR:Nuclear Posture Review)」を発表したことである。この文書は時の政権の核兵器に関する抑止や威嚇や報復など核戦略の一連の政策の総括である。
今回の「核態勢の見直し」ではバイデン政権がこれまで核兵器の効用について「他国の核使用を抑止することと核攻撃を受けた際の報復を唯一の目的とする」とした消極的な姿勢から「アメリカやその同盟国が究極の状況におかれた場合には核攻撃をも考慮する」という積極防衛への転換が打ち出された。
バイデン政権にこうした転換を促した原因はロシア、中国、北朝鮮の最近の動向である。これら独裁3国家の核兵器の攻撃の威嚇や威力の誇示はいずれも核抑止の超大国であるはずのアメリカへの切迫した挑戦となってきた。だが同時に日本にもそれぞれ核の脅威を突きつけるといえる。
日本にとってとくに深刻なのは中国がプーチン大統領のウクライナでの核の威嚇を教訓にして台湾攻撃の冒頭でアメリカや日本への核の脅しをかけるという見通しである。
ロシアのウクライナ侵略戦争での戦術核使用の示唆はアメリカをたじろがせた。バイデン政権はいまだにこの脅しへの具体的な核の抑止や報復の策を示せないままにある。
この効果を中国が学び、台湾攻撃への米軍介入阻止のために核兵器使用の威嚇をするという予測がアメリカ政権内外の専門家たちの間で明言されるようになったのだ。その代表例が中国の軍事動向に詳しい日系米人学者のトシ・ヨシハラ氏の分析である。
アメリカ海軍大学の教授を長年、務め、いまは「戦略予算評価センター(CSBA)」の上級研究員の同氏をホワイトハウスに近いオフィスに訪ねると、詳しく説明してくれた。
習近平主席が台湾攻撃を決める際、もし米軍が介入すれば、グアム島あるいは日本国内の米軍基地を中距離の戦域核で攻撃すると示唆することでその介入を阻止できると判断しつつある―という骨子だった。
戦域核とはロシアが使用を示唆する戦術核よりも射程距離の長い(1千キロから5千5百キロ)核兵器である。中国は数百の単位で保有する。ヨシハラ氏はアメリカがこの戦域核レベルでの抑止力を東アジアではほとんど保持していないと述べた。
アメリカは旧ソ連との中距離核ミサイル全廃条約の結果、アメリカ本土から中国に届く戦略核は多数、保持していても中国に近距離から届く中距離核はゼロに近いままだというのだ。アメリカと中国との戦域核レベルでの核抑止の威力はアメリカがほぼゼロなのに対して中国は数百という不均衡というわけである。
となるとアメリカが同盟国を守る拡大核抑止の効果が弱くなる。日本にとってアメリカの拡大核抑止の確実性が揺らぐ危険性だともいえる。拡大核抑止とはアメリカが同盟国への核の威嚇や攻撃を抑止し、報復するために、最悪の事態にはその敵に対して核兵器を使用するという誓約である。この誓約があれば、中国や北朝鮮は日本に対しての核恫喝はかけられないことになる。
だがアメリカがその戦域核を日本周辺の東アジアではほとんど保有も配備もしていないとなると、日本への拡大核抑止の「核の傘」が骨抜きとなってしまう。
この点を補う趣旨での日本の核武装奨励論がアメリカの学界で最近、出たことは日本側でも認識しておくべきだろう。
▲写真 ソウル駅で北朝鮮のミサイル発射のニュースを見る市民。北朝鮮は短距離弾道ミサイル(SRBM)を2発発射した(2022年10月28日 韓国・ソウル) 出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images
東アジアの安全保障のベテラン専門学者でイリノイ大学政治学部教授のソンファン・チェ氏がワシントンの月刊誌「ザ・ナショナル・インテレスト」の最近号に発表した「適切な時期=なぜ日本と韓国が核兵器を保有すべきか」と題する論文だった。
論文の要旨は以下だった。
「東アジアで中国と北朝鮮という二つの敵性国家がともに核兵器の脅威を高める現状ではアメリカは拡大核抑止の責務の一部を同盟相手の日本と韓国に託すために両国の核兵器保有を奨励すべきときがきた」
チェ教授はアメリカがそのためにまず日本を優先して核兵器開発を奨励することを提唱していた。この意見はあくまでアメリカの民間の一部の主張である。
アメリカ政府は核拡散防止態勢の基本を変えてはいない。だがいまの核論議はなにか変化の予兆をも感じさせるのである。とくにアメリカの長年の日本に対する拡大核抑止の保護の効果が薄れてきたのだ、というアメリカ側の認識は日本にとっても重要だろう。
日本側が核兵器の絶対悪という側面だけをみて、被爆国としての核兵器全廃の訴えを叫ぶことも理解はできる。だが核兵器こそが自国の防衛には絶対必要だとみなすだけでなく、自国の要求を他国に呑ませる手段としても不可欠だと考える国家群が、それこそ「引っ越しのできないすぐ隣」に存在する現実に目を閉じてしまうこともできないだろう。
トップ写真:フロリダ・メモリアル大学でのイベントに登壇するバイデン米大統領(2022年11月1日 フロリダ州マイアミガーデンズ) 出典:Photo by Joe Raedle/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。