1等2,785億円!?宝くじで盛り上がるアメリカ
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・米中間選挙を控えたアメリカで宝くじが盛り上がっている。史上最高額の当選金(19億ドル=約2,785億円)が出る可能性がある。
・宝くじに全く興味のない筆者も不本意ながら「記事執筆のため」くじを購入した。
・かつて取材した高額当選者は言った。「当選したらまず電話番号を替えること」。私も馬鹿馬鹿しいと思いながら高揚感にかられている。
任期4年のバイデン政権のちょうど半ば、2年目である今年、国民の審判である中間選挙を11月18日に控えたアメリカで、宝くじ「パワーボール(Power Ball)」でアメリカの宝くじ史上、最高額となる大当たり(Jackpot)が出る可能性が出てきて、大変な盛り上がりを見せている。
1等予想当選金額がなんと19億ドル(およそ2,785億円)に達しているためだ。先週まで当選最高額だった2016年の15億8,600万ドル(当時のレートで1,510億円)をはるかに上回る。
週3回の抽選があるが、今年8月3日、ペンシルベニア州で2億600万ドル(約302億円)の当選が出て以降、その後3か月間、40回あまりの抽選があったにも関わらず、当選者が出ていなかった。
それもそのはず、パワーボールの1等に当選する確率は「2億9,200万分の1」という途方も無く低い確率だからだ。
どのくらい低い確率かというと、生涯で隕石に当たって死亡する確率ですら「160万分の1」、雷に打たれる可能性も「13万5000分の1」ということ(参考:米ナショナル・ジオグラッフィク誌)だから、もし当選したら、「一生の運を使い切った」と言っても過言ではないのではないか。
■ 巨額の当選金「パワーボール」「メガミリオンズ」
アメリカには、地方くじもあるが、パワーボールとメガミリオンズ(Mega Millions)という2つの全国くじの存在感が圧倒的だ。
週に2〜3回の抽選があるが、当選者が出なければ、当選金は繰り越し上乗せされる、という仕組みで、当選が出ない限り、これは続く。
今回パワーボールが盛り上がり過ぎで、「メガミリオンズ」の方は、影に隠れてしまっているが、こちらもすでに当選予想金が、1億5,400万ドル(202億5,790万円)になってきている。当選確率は実はパワーボールより狭き門で、3億275万分の1。
日本のロトの当選金の最高が、6億円〜10億円というから、途方も無い当選金額の規模の大きさがおわかりいただけるだろう。
だが、幸運にも当選したとして、その当選金すべてをそのまま受け取れるわけではない。
当選したら、まず、当選金を現金一括で受け取るか、29年間、30回の分割で受け取るかの選択を即座に迫られる(通常60日以内)。一括受領を選択した場合、分割受領より多くの天引きをされ、実際に受け取れる金額は、ほぼ半額となる(Powerballの公式サイトより)。さらにこの金額には高い税率が適用されるので、実際に受け取れる額は、さらに半分近くまで減ってしまう(居住する州の法令による)。
とは言え、今回は、当たれば580億円前後の金額が手元に残る計算となる。
■ 夢のまた夢、2,200億円
今回これを書くにあたって、私もくじを買ってみることにした。だが、実際のところ私は宝くじに関してはどうでもいいくらい、興味がない。
私はニューヨークに数十年住んでいるが、この手のくじを買うのは、酔った勢いの付き合いで買った2回を除いて過去には皆無である。理由は、他のギャンブルならともかく、賭け事の中で宝くじほど、大切な自前のカネをドブに捨てる行為はない、と固く信じているからである。今回はあくまでも記事を書くための購入である。
近所のパワーボールを扱っている店を覗きに行ってみた。
店の外に掲げられている「19億」と書かれたディスプレーが、いやが上にも雰囲気を煽り立てる。
アメリカでは専門の宝くじ売り場というのは少なく、駅や街なかの売店、ガソリンスタンドやコンビニ、雑貨屋などが販売窓口を構えているケースがほとんどだ。
▲写真 パワーボールを買い求める人たち(筆者撮影)
買い方は日本のロトと一緒で、マークシート上にある任意の数字をえらび、購入する。パワーボールは69までの数字5つと26までの数字から1つを選び、6つ全部当たるとジャックポットとなる。
▲写真 購入シート(筆者撮影)
競馬場の馬券売り場よろしく、そわそわ、うろうろしている人が店内にたくさんいる。張り出されている前回までの当選番号を真剣に見つめ、考え事をしている人もいた。
▲写真 前回までの当選番号を真剣に見つめる人。この後、慎重にシートに書き込んでいた(筆者撮影)
▲写真 スーパーマーケットに設置された「宝くじの自動販売機」でパワーボールを購入する人。ニューヨークの地方くじ、スクラッチなども買える(筆者撮影)
▲写真 実は宝くじチケットは携帯アプリでも買える。これはニューヨーク州の携帯アプリ購入サイト画面。身分証などの登録が必要(筆者撮影)
■ 過去の当選者
過去には当選金が膨大になるたびに、なぜか当選者が複数出ることも多かった。その場合、当選したチケットの頭数で賞金は分配されることとなる。土曜日までは、史上最高当選額だった15億8,600万ドルが2016年に出たときも、カリフォルニア、フロリダ、テネシーで3枚の当選チケットがでて、当選金は3つに分割された。
1等であるジャックポット以外の、2等賞以下の賞金は固定されており、9等賞まで賞金を受け取ることが出来る(ちなみにその9等の賞金額はパワーボールが4ドル、メガミリオンズが2ドルで、当選確率はそれぞれ39分の1と、37分の1である)。
2005年。2等の当選者(当時の2等当選額は10万ドル、現在は100万ドル)が一度に「110人」も出る「事件」があった。掛け方の違いもあって、くじ主催者の支払額は総額1,940万ドル(当時およそ21億3,400万円)に上った。
偶然にしては奇妙な結果に、主催者は集計システムに介入した詐欺などを疑って調査に乗り出した。
最終的に主催者側の調査官が当選した人々を探し出し、直接聞き取った結果、110人もの当選者が出た理由は驚くべきものであった。
当選者は全員「フォーチュンクッキー」と呼ばれる、チャイニーズレストランで食事をしたあとにもらえるクッキーの中に入っていた「今日のラッキーナンバー」という「おみくじ」に書かれていた番号でくじを買ったのであった。
この「おみくじ」は数千枚印刷されて、それぞれのクッキーの中に入れられ、出荷されていた。
2等に当選した110人はそこに書かれていた6つの数字をそのまま書いてくじを買ったのだが、結果として一つだけ数字が外れ、2等となったのだった。
ちなみにこの時は、ジャックポット当選者も1人出て、2,250万ドルが支払われた。主催者側は、結果、ほぼジャックポット2つ分の金額を支払う羽目になってしまった。(参考記事:The Fortune Cookie That Made 110 People Very Rich | by Andrew Martin)
個人的な話で恐縮だがこんなこともあった。
パワーボールではないが、私は実際にジャックポットが当たった人に話を聞いたことがある。もう25年以上前だ。
日本のテレビのバラエティー番組の撮影で、アメリカの宝くじで巨額の当選金を手にした当選者が、その後、どのような暮らしをしているか、という企画で、実際に当たった人を取材する機会があった。
取材を受けてくれたのは、ニュージャージー州に住むスージーさん(仮名)で、宝くじの主催者から紹介してもらった。宝くじのPRビデオにも出演したことがあり、取材に来たわれわれを嬉しそうに迎えてくれた。
遠くから見てもひときわ目立つ豪邸で、スージーさんは多くの宝石類を身にまとい、金色の調度品がひしめく部屋でインタビューに応じてくれた。しかし・・・、申し訳ないが、イメージがあまりにも漫画的過ぎて言葉を失ってしまった。
スージーさんは30代、それまでの生涯、ずっと生活保護を受けながら、ニュージャージーのあまり治安の良くないエリアのアパートで一人暮らしをしていた。
ところがたまたま買ったくじで10億円程度の当選金を突如手にして、人生が変わった。
当選前は「自分を気にかけてくれる親族、親戚、友人はひとりもいなかった」そうであったが、取材に行った時は2人の「親戚のおばさん」「おばさんの親戚」と名乗る人たちと同居していた。おばさんたちもスージーさん同様、やたらに派手な服装で、たくさんの指輪、ネックレスなどを身にまとっていたが大層、品がなかった。
スージーさんは当時、テレビにも出て、当選を公表したことで、よく聞く「寄付のお願い」「財産管理の申し出」「資産運用のアドバイス」などが山ほどあったそうだ。「おばさんたち」はそういう「自分の財産を狙ってくる人々」から自分を守ってくれる存在であるという。
当選金を手にしたスージーさんがまっさきにしたのは、家を建てることだった。ずっと生活保護を受けながら、1人でのアパート暮らしだった人としては当然の選択であると思うが、彼女は何故かそこに、人に言われるがままに、全く同じ形のプールを2つも作ってしまう。
次に豪華な暮らしにふさわしいもの、とスージーさんが購入したのは自家用車であった。彼女が選んだのは外車とかではなく、「親切な」セールスに勧められた大きなキャデラック。スージーさんはなぜか、またもや全く同じ車を2台買ってしまう。その時もさらに追加の車の購入をセールスの人と検討中、と言っていた。
家の中をスージーさんが案内してくれた。斜面に建つ大きな2階建ての家の中で本人が特に自慢するのが、広大な家の地下部分に特別に設計した「テキサス・ルーム」「ラスベガス・ルーム」「ニューヨーク・ルーム」という豪華なパーティールームであった。
テキサス・ルームには剥製の牛やら、他の動物の頭がいくつも飾られていた。
ラスベガス・ルームには立派で大きなポーカー・テーブルと、どこかの高級店、と言ってもおかしくない豪華なカウンター・バー。
ニューヨーク・ルームは光り輝く夜景を思わせる壁の装飾があり、立派なソファーが並べてあるダンス・ステージがメインのラウンジ。
スージーさんに、なぜこんなに特別な部屋をいろいろ作ったの?と聞くとパーティーをするときにみんなで思いっきり騒げる部屋がほしかったから、とのことであった。
だが、見た感じ、部屋にはかなり、ものが積み重ねられ、散らかっており、ホコリが著しかった。少なくとも、もうずっと、パーティーが行われた形跡はなく、撮影にも少々困ってしまった。
スージーさんは、想像したこともない大金を掴んだものの、よい使いみちがわからず、お金を、本人の基準で、目に見えるさまざまな豪華な品物に替えることで、有効な使い方を考える苦悩から逃れるすべを探っていたようにも見受けられた。スージーさんはわれわれに笑顔で高価な調度品などを次々と見せてくれたが、なぜか痛々しく感じるあの表情を、四半世紀以上たった今でも忘れることができない。
ところで同居していた「おばさんたち」だが、結局の所、実際は何者なのか、最後までわからなかった。こちらの質問はすべてはぐらかされたからである。
スージーさん、今はどうしているのだろうか。
■ 当選結果を待つ
先週土曜日に当選者が出るのを待つまでもなく、当選予想額は米国宝くじ史上最高額を更新してしまった。
次回の抽選は月曜日、2,700億円以上の当選額が予想されるとは言え、宝くじ購入は「現金をドブに捨てる行為」と固く信じて疑わない自分にとって、取材ではあってもくじを買うのは不本意ではある。
そうやって私が不本意である、と購入をためらっている間、いつの間にか、妻がさっさと先週土曜日の抽選分のチケットを購入して来て、7等を当ててしまった。7等は6つの数字のうち3つが当たった場合だが、賞金は7ドル。確率にして702分の1、ということであるがちょっと唖然とした。
▲写真 左が妻が購入したパワーボール7等(7ドル)が当たったチケット。数字3つが当たっている。右はメガミリオンズのチケット。筆者撮影。
7等とは言え、現実に妻の買ったチケットは当たってしまった。馬鹿らしいと思いながらも当選の現実が肌感覚として感じられる気もする。
そう、もしかすると、今回こそは史上最高額の当選者が出るかも知れないし、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、その当選者は自分ではない、と果たして言い切れるだろうか。
今あれこれと頭の中に渦巻いている自分がいる。くじ購入は不本意であったはずなのに、この妙な高揚感はいったいどうしたことだろう。
負けが決まったような気もするが、やはり今から買いに行くことにする。今日のニューヨーク・タイムスによると、当選したら、真っ先にすることは電話番号を替えることだそうだ。
仮に当選しても、ここでは報告しない。
トップ写真:店先に掲示されたパワーボールとメガミリオンズの1等当選金額。数字は同桁に見えるが右は「ビリオン(10億)」表示なのに注目(筆者撮影)
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。