2,785億円〜アメリカ・宝くじ史上最高額の熱狂・その後
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・アメリカでエドウィン・カストロ氏が史上最高額20億4,000万ドルの宝くじに当選。
・17年前宝くじに当選した男性は近づいてきた女性に騙され殺害された。
・カストロ氏は現在、24時間、3人のボディーガードと暮らしている。
昨年11月、アメリカのパワーボールと呼ばれる宝くじで、当選金が、米国宝くじ史上最高額である、19億ドル(当時のレート:1ドル=約146円で約2,785億円)にまで膨れあがっていることをお伝えした。(参考過去記事:1等2,785億円!?宝くじで盛り上がるアメリカ | “Japan In-depth”)
週2回行われる抽選で計40回、3ヶ月以上、当たり(ジャックポット=1等)が出ていなかったために当選金が積み重なり続けていたためだ。
私が前の記事をお伝えした2022年11月7日、41回めの抽選が行われ、当選確率「2億9,200万分の1」と言われる中、ついに1人だけカリフォルニア州で当選者が出た(アメリカの宝くじのしくみについては上記過去記事を参考にされたい)。
最終的な当選額は「20億4,000万ドル(当時のレートで約2,978億円)」というとんでもない金額で、これを独り占めすることができる。
アメリカの高額宝くじは、最終的には販売される州の宝くじ委員会が運営する。当たりがカリフォルニア州で出たと判明し、私の地元ニューヨーク州も含め他州でも一気に熱狂は冷めたが、今度は幸運を射止めたのは誰だろうと、当選者探しが始まった。
宝くじが販売されたのはカリフォルニア州のアルタデナで、購入したのは近隣に住む住人ではないか、と言われたが、本人が名乗り出ない限りわからない。人々は当選者が名乗り出るのを待った。日本と違い、カリフォルニア州の法律では、くじの透明性を確保するために、当選者は匿名を選択することは出来ず、当選番号発表後、1年以内に名乗り出る必要がある。
■ ついに当選者判明
世間を大いに沸かせた当選発表から3ヶ月が経った2月のバレンタインデーの日。
カリフォリニア州の宝くじコミッションは記者会見を開き、当選者は「エドウィン・カストロ(Edwin Castro)氏」だと発表された。
(参考動画:https://www.youtube.com/watch?v=5tnECAZH5J0&t=11s)
カストロ氏は当選金の一括受領を選択、最終的に受け取ることのできる金額は9億9,760万ドル(現在のレートで約1,360億円)と発表された。
カストロ氏は会見には出席せず、会見では主催者からカストロ氏の声明が読み上げられた。
「当選したことにショックを受けると同時に有頂天になっています。だが、本当の勝者はカリフォルニア州の公立学校システムです。」
カリフォルニア州法では、宝くじの運営の真の目的は、教育機関への資金提供で、コミッションは売上の少なくとも34%は公教育機関に納めなくてはいけない、と定められている。カストロ氏は「カリフォルニア州の公教育を受けたものとして、自分の当選で公共学校に大きな利益がもたらされる、と聞き、嬉しく思います」とも述べた。
実際にカリフォルニア州の公教育システムは、今回のカストロ氏の当選を受けて1億5,600万ドル(およそ210億円)を受け取る。宝くじ主催者のスポークスマンは「バレンタインデーのこの日、これはカストロ氏からカリフォルニアの学校への愛」と語った。
だがこの「良い話」には、すぐさま、下世話な「エドウィン・カストロとは何者か?」という「大金を手にした犯人探し」にタブロイド紙、ネットメディアがここぞとばかり食いつき、マスコミを賑わしている。
お決まりのように、最初に「当選券は盗まれた」と主張する男からカストロ氏が訴えられていたことがわかった。ありがちな展開で失笑であるが、この訴えは正式に裁判所に受理されている。だが、宝くじ主催者は「裁定する立場にない」として、当選券を申請したカストロ氏を勝者として認定し、すでに賞金の支払いは終わっているという。
■ カストロ氏の素顔
4月も下旬になり、パパラッチにより、カストロ氏の日常が撮影され、私生活が明らかになった。
撮影された写真は「銀行から札束を持って、笑顔で出てきたカストロ氏」に始まり、3,000万円以上するビンテージのポルシェ911に乗り込む姿、購入した豪邸に荷物を運び込む姿などであった。
カストロ氏は30才。
宝くじを購入したアルタデナの住民で宝くじ当選まで住んでいた住居も特定され、写真も報じられている。
当選金の支払いを受け、近所のプール付きの5ベッドルームからなる5億5,000円の家を、ハリウッドのサインで有名な「ハリウッド・ヒル」の丘の中腹に34億円の豪邸を購入、すでに引っ越しを終えた、と報じられ、悠々自適な生活を始めているようだ。
カストロ氏の新生活を報じるかたわら、過去に高額当選金を手にしたばかりに、その昔、テレビ・ドキュメンタリーにもなった、悲劇に見舞われた話を報じているメディアがあったのでご紹介したい。
■ 高額当選金の悲劇
今から17年前の2006年の秋、フロリダ州に住む、エイブラハム・シェイクスピア(43)は、買った宝くじで3,000万ドルのジャックポットに当選、一括払いにより1,700万ドル(およそ23億円)を手にした。
母親と2人暮らしだったエイブラハムは、中学校も満足に通っていなかったため、文盲同様で、それまで職を転々としていたが、その時は、トラック運転手のアシスタントとして働いていた。
エイブラハムは運転手のマイケルと、マイアミに向かう途中、フロリダ州・プロストプルーフという街のコンビニに立ち寄った。マイケルに何か欲しいか?と尋ねられたエイブラハムは、そこで、マイケルに「宝くじを2枚」買ってくれるように頼んだ。
後にエイブラハムはマイケルに「当選金の分け前を、よこせ」と要求され、拒否すると、マイケルは「当選チケットはエイブラハムが自分の財布から盗んだもの」としてエイブラハムを訴えた。訴えたが、裁判ではたった1時間の陪審員による審理で訴えは否定された。だが同時に、当選を知った「友人たち」が彼の周りに集まり始めた。
エイブラハムは、それまで住んでいた低所得者層が多く住む街を離れ、およそ1億3000万円でセキュリティーがしっかりしたエリアに新しい家を購入した。彼が宝くじで手にしたお金で使ったのは、この住宅購入のためと、日産のアルティマと質入れしていたローレックスだけだ、と後の報告書では述べられている。
当選からほぼ2年後の2008年10月。
D.D.ムーアー (49)という女性が「あなたについての本を書きたい」とエイブラハムに接触してきた。
「取材」をすすめるうちに、ムーアーはエイブラハムにお金をきちんと管理しなければいけない。自分がその役目をやる、と彼を説得した。
文盲でお人好しだったエイブラハムは、言葉巧みに近づいてくる人にお金を上げたり「友人たち」のローンを代わりに返済したりしているうちに、20億円以上あった当選金の残りは、1億数千万円にまで減っていたのだ。
ムーアーに全面的な信頼を寄せたエイブラハムは、ムーアーをファイナンシャル・アドバイザーとして、資金を動かす権限を彼女に与えた。
ムーアーは、この直後にエイブラハムの家の所有権を手に入れ、数ヶ月の間に、車を2台購入。1台はボーイフレンドに贈っている。そしてその年の4月に、エイブラハムは行方不明となった。
■ 突然の失踪
急な失踪におどろいた周囲に、ムーアーは「彼は絶え間なく周囲からお金を求められるのに嫌気が差し、もううんざりだと言ったので、自分が彼の失踪に手を貸した。おそらく、テキサスか、ジャマイカ、プエルトリコなどにいると思う。彼は精神を患っていた」と説明した。
彼の行方を心配するエイブラハムの親戚、知人にはエイブラハムの携帯からテキストメッセージ、母親には自筆の手紙が届いた。「心配しないで」。
だが、それは返って、皆に疑念を抱かせることになった。そう、エイブラハムはほとんど文盲だったのである。不審に思った人々は、自分たちにしかわからない質問をエイブラハムの携帯にテキストで送ったが、それ以降、返事はなかった。
エイブラハムの遺体は半年後の2010年1月、ムーアーから隠蔽工作を依頼されたエイブラハムの友人に接触してきた潜入捜査官の内偵によってコンクリートのがれきの下から発見された。エイブラハムの死因に関しての疑いをかけられたムーアーは、開き直り、自衛のためだった、とした。潜入捜査官にすでに殺害に使ったという銃を以前見せていて、死に関与したことに関して、言い訳は出来なかった。エイブラハムは背後から2回、銃撃されていた。このときまでに、エイブラハムの資産はすべて使い果たされていた。
友人や、自身の元夫を騙して遺体の隠蔽を図ったり、報酬を払って、母親にまで偽証の手伝いをするよう工作したり、その悪質性が裁判で認定され、ムーアーは現在、仮釈放の可能性がない終身刑でフロリダ州の刑務所に服役している。
ムーアーは収監後に、刑務所でメディアの取材に答えている。
「自分は宝くじ当選者の情報を基にエイブラハムに近づいた。自分の意見では、当選者の身元は少なくとも6ヶ月は保護されなくてはならない」。
事件を受けてフロリダ州議会に当選者の身元を保護する法案が提出され、デサンティス知事は、2022年5月、25万ドル以上の宝くじ当選者の名前は永久に公開されないとする法案に署名した。
当選したことによって、急激に変化してしまった日常に辟易していたエイブラハムは、弟、ロバートに、いつもこう語っていたという。「自分は破産したほうが良かった。当選チケットは買わなければよかった」。
冒頭の、カリフォルニアで1,300億円以上を手にしたカストロ氏は、現在、24時間、交代で自分と寝食をともにする、3人のボディーガードと暮らしているという。
当たったことのない身には何もかも、わからない話だ。
(昨年史上最高額の当たりが出た時の動画もごらんください)
「2,785億円〜アメリカ・宝くじ史上最高額の熱狂・その後【二ューヨーク在住ビデオグラファー柏原雅弘氏の最新映像リポート】」
【参考資料】
「史上最高額当選者判明報道」
「カストロ氏の写真報道」
「エイブラハム・シェイクスピア事件」
https://www.mirror.co.uk/news/us-news/florida-lottery-winner-bagged-30million-29827121
「D.D.ムーアー資料」
https://murderpedia.org/female.M/m/moore-dorice.htm
「D.D.ムーアー獄中インタビュー」
https://www.wesh.com/article/dorice-moore-lottery-winnings/39293985
「エイブラハムの弟、ロバートの話」
トップ写真:当選金額19億ドルの桁数が多すぎて表示されないパワーボールの看板(2022年11月7日オハイオ州コロンバス)出典:Andrew Spear/Getty Images
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。