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.国際  投稿日:2022/11/22

マレーシア総選挙 連立が焦点


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・マレーシアで下院総選挙が行われ、野党連合が最多議席を獲得。しかし与党を含めどの政党も過半数を獲得することできず。

・各政党による連立に向けた合従連衡が起こることが予想され、その行方が焦点となる。

・20年以上マレーシアをけん引したマハティール氏が落選し政界を去ることになり、一つの時代が終わった。

 

マレーシアは11月19日に下院総選挙(222議席、任期5年)を実施したが野党連合が最多議席を獲得したものの与党を含めていずれの政党も過半数を獲得することができず、今後政権樹立に向けて各政党による連立に向けた合従連衡に動きが活発となる見込みとなった。

新党創設で議席への返り咲きを狙ったマハティール元首相は落選し、政界を引退するものとみられる。

総選挙ではアンワル・イブラヒム元副首相が率いる野党連合「希望連盟(PH)」が82議席と最大の議席を獲得したものの過半数112議席には及ばなかった。

またムヒディン・ヤシン前首相の「国民連盟(PN)」も73議席にとどまり、イスマイル・サブリ・ヤコブ首相が率いる与党連合の「国民戦線(BN)」も過半数を獲得するには至らず、どの政党も独自に組閣できる状況とはならない結果となった。

■ 州議会の余勢を駆って議会を解散

今回の総選挙は10月10日にサブリ首相が議員の任期満了を待たずに州議会選挙で与党の勝利が続いたことの余勢を駆って総選挙に打って出るべきだとの連立与党「統一マレー国民組織(UMNO)」内の声に押される形で議会を解散したことによるもので、与党に内在する汚職問題への批判をかわす狙いもあったという。

総選挙ではコロナ対策や経済回復、インフレ対策、政治家の汚職問題などが主な争点となり激しい選挙戦が繰り広げられた。

しかし有権者は政府系ファンド(1MBD)から45億ドルともされる資金を流用した巨額の汚職事件で有罪判決を受けたナジブ・ラザク元首相を与党が勝利した場合に恩赦するのではないか、という野党などの主張に危惧を抱くと同時に与党の汚職体質への嫌悪から野党が票を伸ばしたとの見方が有力だ。

■ アンワル首相誕生の可能性は

地元国営メディアによると過半数に達しなかった解散前に与党連合の一角を占めていた「国民連盟(PN)」のムヒディン前首相に対して東部ボルネオの地域連合である「サラワク政党連合」が協力する姿勢を示しているとされ、PNを主体とする新政権が誕生する可能性が高まっているという。

そうなると最大議席を獲得した「希望連盟(PH)」の指導者であるアンワル元副首相の長年の念願である「首相就任」の可能性は薄くなってくる。

アンワル元副首相はもともとマハティール政権の1993年から1998年まで副首相を務め、マハティール首相の有力な後継者と目されていた。しかし同性愛疑惑から副首相を解任されその後逮捕、釈放を繰り返し、最終的に2018年の恩赦で政治活動への復帰が本格的に可能となったという悲運の経歴の持ち主だ。

そして2018年の下院補欠選挙では圧倒的得票で当選し、「人民正義党」の総裁に就任した。 

同じ年に行われた総選挙では新政党を立ち上げたマハティール元首相率いる野党連合が勝利してマレーシア史上初となる政権交代が実現し、マハティール元首相が15年ぶりに首相の座に返り咲いた。

この時マハティール政権で連立を組んだ中にはアンワル党首の「人民正義党」もあり、連立与党となった立場から高齢のマハティール首相の早期退陣とアンワル党首への禅譲で連立与党内の意見が割れ、2020年にマハティール首相は辞任した。その後を反アンワル派とされたヤシン氏が引き継いで首相の座に就いたのだった。

こうした経緯からアンワル元副首相にとっても支持者にとっても首相就任は念願であり、今回の総選挙で過半数獲得によりその願いは実現するとの見通しだった。

しかし過半数を制することはできず、他の政党による連立が進む中で「希望連盟」は連立を組む相手探しに懸命となっている。

マレーシアの総選挙はこのように選挙後も政権を担う連立を巡って各党が水面下で激しい動きをみせているとされ、今後の動きが注目を集めている。

なお今年で97歳のマハティール氏は総選挙への出馬会見で「最後の選挙になる」と述べていたことからも北部ランカウェイ選挙区から新政党を立ち上げて立候補したものの5人の候補者中4位となる落選を受けて政界を引退するものとみられている。

マハティール元首相の政界引退は日本などを成長の手本とする東方政策ルックイースト)」などで計20年以上に渡ってマレーシアをけん引した有力な指導者が政界を去ることになり一つの時代が終わったことを内外に印象付けることになるのは間違いないだろう。

トップ写真:総選挙について記者会見で話すアンワル・イブラヒム氏(2022年11月20日 マレーシアのセランゴール州) 出典:Photo by Annice Lyn/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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