深刻な東南アジア汚職 女性への性強要も
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・「世界腐敗バロメーター・アジア」東南アジアの汚職や性的強要が明らかに。
・公的サービスを市民が受ける際に性的強要を受けるケース。
・インドネシア、現役閣僚が逮捕される一方、汚職を潤滑油と見る一面も。
インドネシアやマレーシア、タイなどの東南アジア各国で汚職が蔓延し、深刻な社会問題だとそれぞれの国民が認識していること、さらに金銭の要求に加えて女性に対して性的な行為を強要する事例も決して少なくなく、公権力による国民への構造的な腐敗が現在も色濃く残っていることがこのほどNGOが発表した調査結果によって明らかになった。
ドイツ・ベルリンに本部事務局を置く国際的な汚職・腐敗監視の非政府組織(NGO)である「トランスペアレンシー・インターナショナル(国際透明性機構・TI)」はこのほど2020年の「世界腐敗バロメーター・アジア」を発表し、この中で特に東南アジアのタイ、フィリピン、マレーシア、インドネシアの腐敗・汚職、さらにそれに関連して主に女性が受ける性的強要の事例を明らかにした。
もっとも指摘を受けた各国、特にインドネシアでは「女性への性的強要は問題外で厳しく糾弾されるべきだが、その他の賄賂は一種の社会の潤滑油でそう目くじらを立てなくてもいいのでは」と受け止められているのが実情だ。
TIによる今回の調査は2019年3月から2020年9月にかけてアジアの17カ国約2万人を対象にしたもので、折からのコロナ禍のため電話によって回答を求めたとしている。
■政府が抱える最大の課題が汚職・腐敗
TIの調査対象となったアジア各国から特に東南アジアの国を取り上げてみてみると、国民がそれぞれの政府が抱える最大の問題点が「腐敗と汚職にあると回答したのはインドネシアが91%、タイが88%、フィリピンが86%、マレーシアが72%といずれも高い数字を示している。
その一方で「今後国民の力などでこうした腐敗体質を変えることが可能」と答えたのは、フィリピンの78%を筆頭にマレーシア68%、タイ65%、インドネシア59%となっている。
TIでは「こうした国民の改善に向けた肯定的な姿勢が将来の汚職撲滅、腐敗体制払拭につながる可能性、政府やビジネス界、市民生活の各分野での変化の原動力となる」と前向きな数字ととらえている。
■深刻な性的強要という腐敗構造
今回の報告書で注目すべきは東南アジアの主要4カ国(インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン)では公共機関による公的サービスを市民が受ける際、また司法制度の中で女性が「性的サービスや性交を強要されるケース」の存在が指摘されていることだ。
「過去に自分あるいは知り合いが性的サービスの強要を受けていた経験はあるか」という問いかけに対して、インドネシアで18%、タイで15%、マレーシアで12%、フィリピンで9%の回答者が「あった」と回答したのだ。
これは政府機関や地方公共団体などから公的なサービス、手続き、支援、許認可などの段階で女性が「対価として」あるいは「迅速な実行」として「性行為や性的サービス」を求められるケースの存在を示していることを示していることになる。
また男性や性的要求を拒否した女性の場合には「現金」といういわゆる「袖の下」を要求されることが多いという。
インドネシア・ジャワ島東ジャワ州マランで2016年に公務員が一般女性に性的関係を強要したケースがあるほか、2009年と2010年には裁判官が女性被告に対して性的関係強要と金銭要求したケースが報告されている。
また2020年には首都ジャカルタのスカルノハッタ国際空港で航空機搭乗に必要とされる新型コロナウイルスの検査を受けた女性に対して医師が「テスト結果を陰性にすること」と引き換えに性的要求をしたことが報道されたケースもある。
こうした女性の性的被害に対して「被害者に沈黙を強いる社会やもし訴えても裁判の過程で被害状況を細かく詮索されることへの羞恥心、さらに強要されたかどうかの法的証明が難しいこと」などが現実問題として残っているとの指摘もある。
■選挙投票依頼での賄賂
さらにTIの今回の報告書では、選挙の際に投票を依頼するための金銭授受という汚職・腐敗が東南アジアではいまだに「慣習」として残っていると指摘する。
「選挙の投票に際し、金銭を提示して投票依頼を受けたことがあるか」との問いに対してフィリピンとタイの28%が「ある」と回答。インドネシアは26%、マレーシアは7%となっている。
日本でも選挙の際に金銭や物品を渡して投票を依頼することは公職選挙法違反であるが、いまだに違反事例は後を絶たず、候補者の秘書や後援会関係者が逮捕され、連座制が適用されて候補者自身が法の裁きを受けるケースすら続いているのが実態だ。
日本の公選法ほど厳しい法的規制がない東南アジアの国だが、今回の調査結果では金銭による投票依頼が存在していることを裏付ける形となった。
今回の調査で多くの回答者が「汚職や腐敗はもはや日常生活の一部となっている」との認識が示され、社会全体にそうした汚職・腐敗態勢が色濃く残っている現状が浮き彫りとなった。
■現職閣僚を汚職で逮捕したインドネシア
「2019年中に公共サービスを受けるにあたって賄賂を支払ったか」という質問には実に24%のタイ人が「払った」と回答、以下フィリピン人の19%、インドネシア人とマレーシア人がそれぞれ13%となっている。
TIでは公的機関の中で「警察と裁判所の汚職体質が深刻」と指摘、特にタイ国民の「警察、裁判所」への信頼度が低いとしている。
しかし東南アジアでは「袖の下」が一種の「社会の潤滑油」として機能しているという側面が否定できないのが現状である。
国民が生活する上での役人への袖の下や、交通違反の手続きの煩雑さを回避するための小銭、さらに選挙での投票依頼はそうそう目くじらを立てなくてもいいのではないか、という見方も依然として残っている。
しかし権力者が権力を利用した大規模な汚職には各国とも厳しく、インドネシアは11月25日に米ハワイから帰国したエディ・プラボウォ海洋水産大臣という現職閣僚を国際空港出口で身柄拘束して逮捕した。
5月から解禁されたロブスターの幼生の海外輸出に関連して輸出業者から約98億ルピア(約7200万円)の賄賂を受け取っていたという容疑で「国家汚職撲滅委員会(KPK)」によって逮捕されたのだった。
こうした大物の大型汚職、腐敗の摘発にはインドネシア国民がこぞって拍手喝采を送ったが、日常生活での贈収賄は決してなくならないし、摘発の対象にもなりそうもないというのが現状といわざるをえない。
もちろん東南アジアの中にもシンガポールのように交通違反で停車を求めた警察官に現金を渡そうとした瞬間に「贈賄容疑」で検挙される国もある一方で、インドネシアのように同様のケースで差し出した現金をさっとポケットにしまうか「少ないぞ」とにらむか、の違いといえないだろうか。
トップ写真:悩む女性(イメージ) 出典:Pixabay; Permanentka
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。