少しもクールではない「冷笑系」(下) 歳末は「火の用心」その2
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ヤクルトスワローズの村上宗隆選手が、史上最年少で三冠王を受賞し、今年のユーキャン新語・流行語大賞は「村神様」に決まった。
・小学生の流行語ナンバーワンが「それってあなたの感想ですよね」となり、先生を論破したと勝ち誇る「ひろゆキッズ」が増殖している。
・何事かを論じるのであれば、最低限なにが問題なのかを明確に示すのでなければ、論者の責任放棄だ。
今年のユーキャン新語・流行語大賞は「村神様」に決まった。
ヤクルトスワローズの村神宗隆選手が、史上最年少で三冠王を受賞するなど大活躍だったことから決まったそうだが、世間の反応は「ピンとこない」「聞いたことない」といったものが多く、ついには選考委員で野球ファンとしても知られる、漫画家のやくみつる氏が、
「私がねじ込んだわけではありません」
などと「釈明会見」をする始末。他に「ビッグボス」「きつねダンス」などがトップ10入りし、野球人気の高さを見せつけた。ただし、選考委員レベルで笑。
私自身プロ野球にはさほど深い関心はないし、と言って「PK戦」が流行語になって欲しいなどとは思わないので、まあ、正直どうでもいい。「今年の漢字」もまもなく発表されるが、私なら「惜」を選びたいな、と思う程度である。
むしろ、小学生の流行語ナンバーワンが
「それってあなたの感想ですよね」
というものだと聞かされて、いささか考えさせられた。
通信教育などを手がけるベネッセコーポレーションが、小学3~6年生13,816人を対象とした意識調査で明らかになったもので、最初の発信者は「2ちゃんねる」の管理人として知られる西村博之(以下ひろゆき)氏だ。当人はツイッターで、
「先生やりづらそう」
と他人事のような感想を述べたり、メディアの取材に対しては、TVで言った記憶はあるがYouTubeでは一度も使っていないはず、などとコメントしている。
問題はこの言葉の使われ方で、他人の意見に対して、あるいは学習態度について注意されたような場合に、ひろゆき氏の口真似をしながら
「それってあなたの感想ですよね」
と言い返し、先生を論破したと勝ち誇る「ひろゆキッズ」が増殖しているのだとか。
半分くらい、起きるべくして起きた現象だろうな、と思うのだが、やはりよいことではないというのが私の「感想」である。
大人に口答えして悦に入るような悪ガキ、もとい、あまり性格のよろしくない子供など昔から珍しくないし、なにしろ私自身がそういう小学生だったので、とりたてて「ひろゆキッズ」を問題視する考えもない。前にドリフターズや志村けんについて述べたことがあるが、たとえば、
「カラス なぜ鳴くの カラスの勝手でしょ」
というギャグを、昭和の子供がこぞって口ずさんでいたからと言って、これだから自分のことしか考えない大人が増えたのだ、などと批判してどうなるのだろう。それと同じ次元の話である。
ならばどうして、よいことではないと思うのか。
端的に、彼の言動を見て、今の小学生には、
「こういう大人にならないで欲しいな」
と言いたくなるからである。
ご記憶の向きも多いと思われるが、10月に彼自身がちょっとした炎上騒ぎを起こした。
沖縄を訪れ、辺野古基地に反対する人たちが米軍キャンプ前に建てた、
「座り込み抗議 3011日」
という看板の写真(日数は毎日更新される)を掲げ、
「座り込み尾抗議が誰もいなかったので、0日にした方がよくない?」
などとSNSに投稿したのである。
これに対してまず反応したのは、沖縄大学自治会のツイッターで、
「辺野古の座り込み行動は、工事のための車両が来る9時、12時、15時に合わせて行われます。なので、次の日も座り込みをするために、夕暮れ頃には誰もいないということはよくあります(注・ひろゆき氏の投稿は10月3日午後6時)」
と反論。すると、打てば響くように、
「『9時、12時、15時しかいません』と書いてくれないと、わからないですよ」
などと応戦した。
前に、国葬の問題について書かせていただいた際も、彼の言動を批判的に取り上げたが、このように有力な反論にさらされると、たちまち論点をずらしてしまうのである(はい。私の感想です笑)。しかも続けて、
「『座り込み』 その場に座り込んで動かないこと。目的を遂げるために座って動かない。知らない間に辞書の意味変わりました?」
と追い打ちまでかけている。いや、これで反論になっていると本気で考える人は、少しおかしいのではないか(あくまでも私の感想です。再度、笑)。
あえて「ひろゆき論法」に付き合うなら、その辞書の定義に従った場合、何時間、あるいは何日以上動かなければ「座り込み」と認められることになると言うのか。それこそ、
「そんなデータがどこかにあるんすか?」
という話ではないか。上記の台詞も、彼の常用句のひとつである。
私がどうして彼の言動に批判的であるか、これ以上は多くを語るまでもあるまい。
沖縄の基地問題を、かくも子供の喧嘩じみた揚げ足の取り合いに矮小化するのは、よろしくない、と私は思う。
もちろんこれは私の「感想」であるから、そうは思わない、という人もいるだろうし、それはそれでよい。ただ、何事かを論じるのであれば、最低限なにが問題なのかを明確に示すのでなければ、論者の責任放棄だということになるだろう。
彼はまた、YouTubeにおいて、
「沖縄の人って、文法通りにしゃべれない」
などと発言し、火に油を注ぐようことまでしているが、ここまで来ると、一種の炎上商法ではないかと疑われる(もちろん私の……いちいち面倒だから、これまで)。
当然ながら多くの人が抗議の声を上げたが、中には、彼が金融庁の動画に登場していることをことから「沖縄差別に加担するな」と主張する人もいて、抗議の電話やメールもあったようだ。
煎じ詰めて言えば「貯蓄より投資」をアピールする動画だが、もともと彼を起用する事に対しては、金融庁の内部からも危惧や反対の声があったと聞く。
と言うのは、彼は前述のように「2ちゃんねる」の管理人で、殺害予告や差別発言をめぐって複数の被害者から訴訟を起こされ、裁判所から賠償を命じられたものの、支払いを拒否したからである。
ただ、この件に関しては、彼に三分以上の理があると、私は考える。
くだんの判決はプロバイダーの「責任制限法」が発効する以前のもので、言い換えれば、今ならば(問題のある書き込みに気づいた時点で削除すれば)訴えられることもないのだ。
過去の法律には従わなくてよいのか、と言われるかも知れないが、訴えた側が本気で賠償金を取りたかったのであれば、彼の資産を調べて差し押さえを求めることもできる。これは今でも法律で認められているのだが、そうした事例はないようだ。
いずれにせよ、
「物価高に苦しむ貧乏人など、知ったことではない。資産を築いた人にさらなる投資を促して、メガバンクや大企業の利益を拡大したい」
というのが金融庁、ひいては現政権の本音なのだろう。賠償金を踏み倒してフランスでのうのうと暮らしている「論破王」以上に、広告塔にふさわしい人間がいるだろうか。
……ここまで書いたところで、辺野古基地の工事認可をめぐる訴訟で、最高裁が県側の上告を退け、県側の敗訴確定となった、というニュースが飛び込んできた。
詳細は、紙数の関係で割愛させていただかざるを得ないが、かいつまんで述べると、埋め立て予定海域で軟弱地盤が見つかった事を理由に、県側が工事認可の取り消しを求めたのだが、裁判所は、
「国や地方自治体は自らの権利の保護・救済を求めて訴訟を起こすことはできるが、今回の裁決取り消しの求めはそれに当たらない」
として、門前払いしてしまったのである。
訴訟の基礎的な論点について判断するのではなく、原告たる資格を満たしているかどうかという「言葉の定義」にこだわったと言われても仕方あるまい。
金融行政や司法にまで「ひろゆキッズ」が増殖しているのでは、本当に笑い事ではない。
(上はこちら)
トップ写真:侍ジャパンの一員である村上宗隆。2021年8月4日。横浜・日本
出典:Photo by Koji Watanabe/Getty Images
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。