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.政治  投稿日:2023/1/10

全国初の公共施設削減目標 秦野市③「高岡発ニッポン再興」その44


出町譲(高岡市議会議員・作家)

【まとめ】

・ハコモノ白書からハコモノ削減数値目標までの一連のプロセスは役所に激しい摩擦を生み出した。

・白書は客観データなので、『ハコモノを造れ』とごり押しされる際には武器になった。

・公共施設の貸し出しは市民の知識向上を図るとともに、維持管理費に充てる収入を得ることができる。

 

志村さんはハコモノ白書を踏まえて、実行段階に入った。第3者の目が必要だと考え、東洋大学教授の根本祐二さんを委員長にした委員会を立ち上げました。秦野市はその委員会のメンバーと一緒に実施計画を策定しようとしました。

そこで、志村さんは衝撃を受けました。当初は、なるべく多くの施設を残せるようにしたが、それは甘い期待だったのです。財政状況や、将来の人口推計を踏まえると、大幅に削減せざるを得ないという結果が出たのです。

そして2011年に公表したのが、公共施設いわゆる、ハコモノの削減目標です。原則として、新規のハコモノを造らない。その結果、40年間で公共施設の総面積の31%を削減する目標です。全国の自治体で初めての数値目標設定となりました。

ハコモノ白書からのハコモノ削減数値目標。一連のプロセスは役所に激しい摩擦を生みました。

志村さんは「差し障りあることばかり書いたので、庁内から袋だたきに遭いました。部長会議で発表すると、猛烈な反発もあった。しかし、ここで踏ん張らずに、引っ込めてしまうということは、将来の市民に対して非常に無責任なことになると自分に言い聞かせました。白書は客観データなので、『ハコモノを造れ』とごり押しされる際には武器になった」と振り返りました。

さらに、「もう新しいハコモノを造らないことを、真っ先に掲げた。学校など必要なものはきちんと、建て直す。ただ、なんとかセンターとか、なんとか館とか、そういうものはもう造りません。今あるハコモノが維持できないという計算の結果が出ているからだ」と強調します。

秦野市は実際、市内の小中学校に関しては、統廃合をせず、古くなったら建て替える方針です。一方、学校の周辺にある公民館や児童館については廃止し、学校に移転・集約していく予定です。住民にとって、慣れ親しんだ小中学校は拠点としては残すというスタンスなのです。

しかし、ハコモノ削減を大きくアピールすると、市民の間では不安感が高まります。「市民サービスが低下するのではないか」「生活が不便になるのではないか」。そうした懸念にも対応する必要があります。その目玉事業が、豪華な保健福祉センターの有効活用でした。

豪華な建物の一階のロビーは広々としています。そこの空きスペースに秦野緑郵便局に入居してもらったのです。郵便や貯金などの業務だけではなく、そこでは、住民票や印鑑証明書などの引き渡し業務も行っています。

市民の利便性は向上した形だが、保健福祉センターを管轄する市の担当からは、反発が出ました。「人に貸すなら、保健福祉センターはあくまで福祉の充実を図るべきだ」と従来の行政論を展開したのです。

しかし、志村さんはひるみません。保健福祉センターの維持費は年間8000万円かかります。一方、郵便局に貸し出せば、年200万円の賃料が入ります。それを積み立てて将来の改修費などに使うべきだと論じたのです。

「福祉だからといって税金をふんだんに使うことはできない時代だ。従来の福祉行政のやり方に慣れ親しんだ人に、発想を変えてもらうのは簡単ではない」そして、この豪華な保健福祉センターはもう一つ、「カネ」を生み出す施設として大化けしました。志村さんは、部屋ごとの夜間使用率を調べたのです。ほぼ毎晩、どこかの部屋が使われていました。そのため、夜間を閉館するとはいいにくい。

その時、頼ったのもデータです。機能が同じ3つの会議室は、夜間同時に使われる確率はわずか1%だと判明したのです。それなら塾や講座に貸し出すほうが得です。

そんな考えから、始まったのが、「不登校の子の自習室」「高齢者向けパソコン教室」「英会話教室」の3つの教室。使用料は1時間1500円。年間40万円の収入となります。市民の知識の向上を図るとともに、維持管理費に充てる収入を得ることができます。ほかの利用者からの苦情が来ても、1%というデータを提示すれば納得してもらえます。

役所の中の「もんだ族」は、「市民サービスの向上のため」という錦の御旗の下で、通年開館や夜間開館していることを当たり前だと主張します。公共施設は赤字であっても構わないというスタンスなのです。そうした〝抵抗勢力〟に、志村さんはデータを突きつけ、一つ一つの現場で、闘ってきたのです。

(④につづく。はこちらから)

トップ写真:秦野市の保健福祉センター内に誘致した郵便局(筆者提供)




この記事を書いた人
出町譲高岡市議会議員・作家

1964年富山県高岡市生まれ。

富山県立高岡高校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。


90年時事通信社入社。ニューヨーク特派員などを経て、2001年テレビ朝日入社。経済部で、内閣府や財界などを担当した。その後は、「報道ステーション」や「グッド!モーニング」など報道番組のデスクを務めた。


テレビ朝日に勤務しながら、11年の東日本大震災をきっかけに執筆活動を開始。『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』(2011年、文藝春秋)はベストセラーに。


その後も、『母の力 土光敏夫をつくった100の言葉』(2013年、文藝春秋)、『九転十起 事業の鬼・浅野総一郎』(2013年、幻冬舎)、『景気を仕掛けた男 「丸井」創業者・青井忠治』(2015年、幻冬舎)、『日本への遺言 地域再生の神様《豊重哲郎》が起した奇跡』(2017年、幻冬舎)『現場発! ニッポン再興』(2019年、晶文社)などを出版した。


21年1月 故郷高岡の再興を目指して帰郷。

同年7月 高岡市長選に出馬。19,445票の信任を得るも志叶わず。

同年10月 高岡市議会議員選挙に立候補し、候補者29人中2位で当選。8,656票の得票数は、トップ当選の嶋川武秀氏(11,604票)と共に高岡市議会議員選挙の最高得票数を上回った。

出町譲

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