沖縄の玉城知事の奇妙な対中姿勢
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・玉城デニー知事が、ワシントンDCで日米同盟のあり方や台湾有事について語った。
・中国の台湾軍事侵攻について「まずありえない」との見解を強調した。
・こうした態度は中国に決して批判的な言動はとらないという原則でもあるかのようだった。
アメリカを初めて訪れたという沖縄の玉城デニー沖知事が3月9日、ワシントンでのシンポジウムで沖縄の基地問題や日米同盟のあり方、さらには台湾有事などについて語った。玉城知事はそのなかで「中国の台湾攻撃はまずありえない」と断言する一方、沖縄県の一部である尖閣諸島の日本領海に中国の武装艦艇が頻繁に侵入している事実にはまったく触れず、中国の軍事的な膨張や攻勢を指摘することもなかった。結果として同知事はアメリカと日本の両政府の対中抑止のための防衛力増強には反対の姿勢を打ち出す形となった。
玉城知事は同9日、ワシントン市内のジョージワシントン大学の図書館内で開かれた沖縄問題についての同シンポジウムに基調演説者として出席した。約40分ほどの日本語でのこの演説で、同知事は沖縄の基地問題と中国に対するもう一つの視点、という二つの課題について意見を述べた。
玉城知事はこの演説の冒頭でまず自分自身が現在の日米同盟の存在には賛成だという立場を強調した。そのうえで沖縄の米軍基地への不満を住民にとっての環境問題や米軍将兵の犯罪による治安問題などの具体的事例をあげて説明した。また日米両国政府がすでに合意している辺野古基地の建設にも明確な反対を表明した。
玉城知事は演説の第二の部分で「米中関係へのもう一つの視点」と題して、いまのアメリカが超党派でまとまっている中国の野心的な膨張や軍事力の大増強、台湾への武力侵攻威嚇への反発を過剰であり、不必要だとする意味の発言を繰り返した。
玉城知事はとくに現在のアメリカで現役軍人や中国軍事専門家がその可能性が高いとする中国の台湾軍事侵攻について「まずありえない」とか「現実にはそうではないだろう」という否定的な見解を強調した。
玉城知事は中国の台湾侵攻はないだろうとする見解の根拠として(1)台湾での住民の最近の世論調査で「中国の軍事侵攻はないと思う」と答えた人が全体の57%、
「あると思う」が39%だった(2)日本の元中国駐在大使の宮本雄二氏が最近の言明で「中国の台湾軍事侵攻の可能性はゼロに近い」と断言した(3)最近の米中両国間の貿易量が記録破りの巨額となり、経済関係が緊密だから中国の軍事力行使もない
――という諸点をあげた。
だがこれらの「理由」はいずれも中国の軍事態勢に詳しい専門筋の見解とはなんの関係もない。さらに当事者の中国の台湾に関する声明や実際の軍事動向をも無視している。
しかし玉城知事は中国の台湾軍事侵攻はないという独自の見解に基づき、日本政府の最近の防衛費増額、反撃能力の保持、沖縄近くの南西諸島への自衛隊のミサイル配備など、中国の軍事脅威の抑止のための措置のすべてに反対を表明した。玉城知事はその理由として「かえって軍事緊張を高める」とか「先制攻撃の意図があると思われる」など、日本側の措置が軍事緊張を高めると断じる立場を一貫して述べ続けた。
そして玉城知事は日本の安全保障のためには軍事力、防衛力ではなく、その他の手段が必要だとして、「平和的外交」「対話」「信頼回復」という標語を繰り返した。
しかし玉城知事のこの演説で沖縄を含めての日本の安全保障状況の悪化が中国側の一方的な軍事攻勢を原因として起きていることへの言及は一度もなかった。中国の軍事増強や台湾への軍事威嚇という危険な状況を生んだ中国の危険な動きにはまったく触れず、日本やアメリカがその中国の軍事脅威に対応して、やむをえず抑止の措置をとっているという現実にも言及はなかった。要するに中国に対する批判的な言及は皆無だった。
とくに顕著なのは沖縄県の知事として沖縄県内にある尖閣諸島周辺の日本領海や接続水域に中国海警局の武装艦艇が頻繁に侵入してくる事実にまったく触れない点だった。日本の安全保障、沖縄の安全保障にとって目にみえる切迫した軍事脅威なのに、みごとに無視するのである。玉城知事のこの態度は中国には決して批判的な言動はとらないという原則でもあるかのように、あまりに奇異な偏りだった。
なおこのシンポジウムは玉城知事がアメリカ国民への訴えという趣旨を掲げていたが、会場が大学構内ということもあってか、6,70人の参加者の大多数は学生ふうの若者で、しかもアジア系の若い男女がほとんどだった。
トップ写真:沖縄県知事選挙での勝利の翌日、朝日新聞の取材でのデニー玉城沖縄県知事(2018 年 10 月 1 日にインドネシアの沖縄県那覇市)
出典:Photo by The Asahi Shimbun/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。