サター氏に聞く その4(最終回)尖閣はどうなるか
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・中国は台湾有事の米国介入を阻むため、年来の作戦を拡大強化し、新戦略を構築している。
・米国内では、ウクライナ支援を継続すると対中国軍備強化の資金が減るとの意見もある。
・中国が尖閣諸島奪取に出てきた場合、日本は反撃する軍事的な能力と意思を示しておくことが当面は現実的。
——(古森義久)しかし繰り返しですが、日本の政府や一部の与党政治家は、アメリカに向けて台湾有事への日本の軍事参加の見通しを決まっているかのように語っていますが、国内での政策や国会審議などでは、決定らしき論証はなにもありません。それでもなお中国の台湾攻撃という事態の想定は必要ですね。
ロバート・サタ―「米軍はその想定を怠りません。中国人民解放軍も台湾攻撃の具体的な戦力の強化は常に進めています。最近では中国軍は台湾有事に米軍の介入を阻む『接近阻止(A2)や領域拒否(AD)』という年来の作戦を拡大強化し、米側が『介入阻止』と呼ぶ新戦略を構築し始めたという情報があります。しかも西太平洋、東アジアでの中国軍と米軍の戦力は中国側がじわじわと優位へと向かっているのです。
危機はなお存在するのです。それに台湾やアメリカの動きによっては中国は台湾を攻撃せざるをえないという展開もありうるのです。極端な例ですが、台湾が独立の方針を表明する、あるいは中国に対して反抗
を露わにした政治姿勢をとる。アメリカが台湾との新たな防衛協定を結ぼうとする。あまり現実的ではないとしてもこんなシナリオがありえます。
台湾はアメリカにとって超重要です。中国の占拠を許すことはできない。台湾の軍事や戦略面だけでなく、経済などでの重要性は欧州諸国も認識するようになりました。当面はその国際的な抑止を強めていくことです。もし台湾を攻撃すれば中国自身にとってこんな膨大な被害や損失が起きるのだ、という見通しを示す抑止です。」
——(古森義久)サタ―さんは先にウクライナ問題と中国問題との連結を説明してくれたけれど、アメリカ議会では共和党を主体にウクライナへの支援を増やすと、中国への抑止のための予算が減ってしまうという意見がありますね。
ロバート・サター「共和党保守派の間ではバイデン政権の対ウクライナ政策への非難もこめて、このまま無制限にウクライナへの支援を続けていても、明確な目標がみえない、という意見があります。さらにその種の意見はウクライナへの軍事支援を制限なしに継続すると、中国に対する軍備強化の資金が減るという主張をも含んでいます。
トランプ大統領自身もロシアの侵略を非難しながらも、ウクライナ支援のあり方に懐疑的のようです。しかし、この種の主張は同盟国や友好国を助けるというアメリカの決意を揺らがすことになります。中国側からみて、アメリカはウクライナを支援すると誓約しながら、結局は途中で政策を変えた、ということになります。他の国からみても、アメリカへの不信を生むでしょう。この支援の誓約の撤回というのは台湾に対しても同じかもしれない、という推測を招くわけです。
ただし、ウクライナ支援に懐疑的な勢力も含めて、トランプ陣営側には中国軍と戦っても台湾を守るべきだという主張が強いようです。」
——(古森義久)最後に日本の尖閣諸島への中国の軍事がらみの攻勢、常時の侵入をどうみますか。
ロバート・サター「中国にとって完全に軍事攻撃作戦なのか否か曖昧だという意味で、現段階ではなお『灰色の領域』ですね。ただ、中国はその領有権主張は決して揺るがせない。当面は多様な圧力や挑発で日本側、その背後にいるアメリカ側を揺さぶり続け、反応をみるでしょう。
この点、南シナ海におけるフィリピンと領有権を争う島々で、中国はいま軍事がらみの攻勢をかけています。フィリピン政府は日本とは対照的にその中国の行動を不法として全世界に幅広く宣伝しています。その国際広報はかなり効用があるでしょう。
日本は一方、沈黙を保ったままですが、万が一、中国が武力で尖閣諸島の奪取に出てきた場合、断固として反撃する軍事的な能力と意思とを示しておくことが当面は現実的な抑止策だと思います」
*この記事は月刊雑誌WILLの2024年6月号掲載の古森義久氏の寄稿の転載です。
トップ写真:軍事演習で台湾軍がCM-21を操縦する様子(台湾台東市、2024年1月31日)出典:Photo by Annabelle Chih/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。