深刻化する東南アジアの煙害
中村悦二(フリージャーナリスト)
【まとめ】
・インドネシアの大規模な野焼き・森林火災が発生源。
・専門家派遣・消火剤供与など日本の支援が求められる。
1990年代の中頃、シンガポールに駐在していた。4月に入ると暑気が増し、本格的な乾季の到来となった。高層ビルの27階の事務所から外を見ると下の方は「煙害(ヘイズ)」で、もやっていることがしばしばあった。現地紙には「ヘイズで気が滅入る」といった声が載った。車を運転していても視界が低下し、気をつける必要があった。
ヘイズを巡っては、インドネシアが「マレーシアが(ボルネオ島の)サバ・サラワク両州においてパーム油農園で違法の野焼きをするから」と言えば、マレーシアは「インドネシアが(ボルネオ島の)カリマンタン州でのパーム油生産に向けたアブラヤシの大規模農園(プランテーション)開発のため、熱帯林を伐採し、その下にある泥炭湿地溝から水を抜き、森林火災と二酸化炭素(CO2) 排出を引き起こしている」などと反論、いがみ合っていた。
■世界のパーム油の85%を2国で生産
2022年の世界のパーム油の市場規模は673億ドル(約9兆520億円、Grand View Research 調べ)とされる。世界の生産量の85%はインドネシアとマレーシアが占めている。
米国で2000年代中頃以降、トランス脂肪酸の摂取と健康との関連が問題視され、米食品医薬品局(FDA)が2006年にトランス脂肪酸含有量を食品ラベルに表示することを義務付けて以降、米国でのパーム油需要が増大したようだ。
日本のパーム油の輸入量は約68万トン(2020年)。使用の内訳は約80%がマーガリン、製菓用油など食用で、残りが石鹸など工業用。そのほとんどはインドネシア、マレーシアからの輸入で、大手商社によって輸入されている。
■大気汚染指数が上昇
ヘイズは3ー9月頃のモンスーンに沿って流れ、マレー半島やシンガポール、ブルネイそれにタイ南部、フィリピン、カンボジア、ベトナムなどで観測される。CO2のほか、微小粒子状物質(PM2.5)なども泥炭地火災で放出される。
このため、マレーシアなどでは、学校を休みとするところも出る。
マレーシアの英字紙によると、今年もヘイズが到来し、視野が200メートルに満たないところも出て、シンガポールと隣接するジョホール州やクアラルンプールなどで大気汚染指数が、健康に良くないとされる100を超えた(Nation紙4月16日付)。
ザリハ・ムスタファ保健相は、‟ヘイズは目の炎症、喉の痛み、咳、肌のむず痒さなどを引き起こし健康に有害” と同紙に語り、喘息持ちの子供などに家にとどまるよう呼びかけている。また、「気温が36℃を超えたら違法な野焼き取り締まりを強化すべき」との前保健相の声も報じた。
同紙はまた、ニック・ナズミ天然資源・環境・気候変動担当相が「このヘイズは8月まで続きそう」と見ていることを紹介。同相は「新型コロナ・ウイルス汚染が続いた時期にはヘイズは弱まったが、新型コロナが収まり経済活動が活発化してきている現在、またヘイズがひどくなる」と心配している。
■ASEANは地図上でヘイズの流れを表示
東南アジア諸国連合(ASEAN)は2002年、越境煙害に関するASEAN協定を締結し、2020年までにヘイズのないASEANを目指すとしたが、インドネシアが最後の批准国として同協定を批准したのは2015年1月。しかし、ヘイズ汚染はその後も続いている。
ASEANは現在、ヘイズ・センターのウエブ上の天候情報欄(Weather and Climate Services)に、ヘイズによる環境への影響が大きい地域を示したホットスポット分析を示している(図1参照)。
図1)ヘイズによる環境への影響が大きいホットスポット分析を示している
それを見ると、ヘイズはマレーシア、シンガポール、マラッカ海峡、インドネシア、ブルネイだけでなく、フィリピン、ベトナム、カンボジア、タイなどアジアの広範囲に及んでいることが分かる。
■日本、さらに積極的な貢献を
泥炭地が地球の陸地全体に占める割合は3%程度とされるが、前述のように、排水で地下水位が下がり湿地林が乾燥すると泥炭が空気に触れ、泥炭の分解が進むという。その結果、CO2など温室効果ガスの放出が進む。
日本政府は2015年10月、インドネシアの大規模な野焼き・森林火災が発生源と見られた同国や近隣諸国の大気汚染に対し、専門家派遣・消火剤供与の支援を行った。
海外に拠点を置く日本企業の内、アジアに拠点を置く企業は全体の69%に当たる5万3400社強と多い(2021年10月、外務省調べ)。アジアに在留する邦人数も、北米在留者数に次ぎ多く、全体の38%弱に相当する37万人と多い(2022年10月、外務省調べ)。
インドネシア、マレーシアを中心としたヘイズ問題の対処に対し、日本はさらに積極的な貢献が求められているのではないだろうか。
トップ写真:泥炭地で広がる森林火災 2019年9月14 日 インドネシア中部カリマンタン・パランカラヤ
出典:Photo by Ulet Ifansasti/Getty Images