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.国際  投稿日:2023/5/27

我中国共産党の「戦狼外交」の経緯


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・楽玉成元中国外務次官は「中国は伝統的に礼儀正しい国であり、平和を尊ぶために自ら他国を挑発したことがない」と述べた。

・「戦狼外交」の代表格は、中国外交部の元報道官・趙立堅。

・習主席は「中国は“永遠”の途上国だ」と主張している。

 

元来、「戦狼外交」というタームは、2015年に公開された中国映画『戦狼』(民族主義的な情緒の強い)から取られた(a)ものである。

2020年5月、当時、駐英大使だった劉暁明が「中国は平和的な道を歩んでいるが、世界には『狼』がいるので、中国は国家の尊厳を守るために『戦狼』が必要だ」と解説した。

同年12月、当時の外務次官、楽玉成は、あるフォーラムで講演した。その際、中国外交に対する「戦狼外交」というレッテルは、同国外交を誤解していると述べている。そして、楽次官は「中国は伝統的に礼儀正しい国であり、平和を尊ぶために自ら他国を挑発したことがない」(下線は引用者)と言った。更に、楽次官は「『戦狼外交』は事実上『中国脅威論』の二番煎じだ」と断じている。

さて、「戦狼外交」の代表格は、中国外交部の元報道官・趙立堅ではないか。

2020年3月、趙報道官は「米軍が武漢に新型ウイルスを持ち込んだかもしれない」とツイートした。これは事実関係不明の中で、驚きの発言だった。

また、「ファイブアイズ」(米英加豪新)の外相が、香港に関する声明を出した後、趙報道官は定例会見で、「『ファイブアイズ』であれ『テンアイズ』であれ、中国の主権、安全、発展の利益を害する限り、『ファイブアイズ』は自らの目が見えなくなるのに気をつけよ」と述べている。

更に、趙報道官はアフガニスタンでの“戦争犯罪”の疑いで(フェイク画像と共に)オーストラリア軍人を攻撃するツイートを投稿した。モリソン豪首相は激怒し、中国政府に対して、このツイートを恥じるべきだと非難している。

中国外交官にも「戦狼」だと思われる人達がいるのではないだろうか。

2020年4月、駐豪大使の成競業は豪州政府が武漢の「新型コロナ感染源調査」を推し進めれば、中国人は豪州製品や旅行をボイコットすると脅した。

また、かつてブラジルのボルソナーロ大統領(当時)の息子が中国共産党の「独裁政権」を非難した。その際、駐ブラジル大使の楊万明は、大統領の息子は米マイアミに旅行した後「思想ウイルスに感染した」とツイートしている。

2022年10月16日(第20回党大会開催日)、在英香港人(「香港人防衛戦線」)がマンチェスターの中国領事館前で中国への抗議活動を行った。その際、香港人が領事館の職員ともみ合いになり、抗議者1名が領事館の中庭に引きずり込まれ、殴られている。

暴力に加担した人の中には、鄭曦原・中国総領事も含まれていた。同年12月、鄭総領事を含めた領事館職員6人が異動となっている。だが、中国政府はこれを(“特別な異動”ではなく)“通常の異動”だと説明した。

今年4月、盧沙野フランス大使がフランスのテレビで「旧ソ連圏諸国には主権がない」と発言し、物議を醸した事は記憶に新しい(それ以前に、盧大使は、中国が台湾を統一した暁には、台湾人を“再教育”しなければならないとも述べている)。だが、習政権は、これはあくまで盧大使の“個人的発言”と居直った。

また、今年5月、趙巍カナダ大使が「ペルソナ・ノングラータ」(「好ましからざる人物」)として、カナダ政府から追放(b)された。同国のマイケル・チョン議員が、北京による新疆ウイグル自治区での人権侵害を非難した事に対し、趙大使が同議員や家族に圧力をかけたという。

他方、4月28日、呉江浩駐日大使が日本国内の「台湾有事は日本有事」との危機認識を批判し「日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」(c)と威嚇した。

翌5月10日、林芳正外相は衆議院外務委員会で、呉大使による台湾をめぐる発言が「きわめて不適切」として、外交ルートを通じて厳重に抗議したと明らか(d)にしている(林外相の発表は遅いのではないか)。

実は、今年3月末、米議会下院は、中国から途上国の地位剥奪を目的とした「China Not a Developing Country Act」(「中国はもはや途上国ではない法」)を可決した。

ところが、それに対し(「戦狼外交」とは直接、関係ない事かもしれないが)、5月12日、中国外務省の汪文斌報道官は「米国は中国に『先進国』の帽子を与えようとしているが、中国はこの帽子を被ることはできない」と反発(e)した。ちなみに、習主席は「中国は“永遠”の途上国だ」と主張している。

 

〔注〕

(a)『DW』「中国の『戦狼外交』はどこへ向かうのか?」(2023年4月25日付)

(https://www.dw.com/zh/中国战狼外交走向何方/g-65427116)

(b)『万維ビデオ』「戦狼として戦い続ける 習近平はダークの方向に進むだけだ」(2023年5月13日付)

(https://video.creaders.net/2023/05/13/2607307.html)

(c)『中華人民共和国駐日本国大使館』「呉江浩大使:『台湾有事は日本有事』という論法は、荒唐無稽で危険だ」(2023年4月28日付)

http://jp.china-embassy.gov.cn/sgkxnew/202304/t20230428_11068813.htm

(d)『産経新聞』「中国大使『日本の民衆が火の中に』発言に林外相が抗議 台湾問題巡り」(2023年5月10日付)

(https://www.sankei.com/article/20230510-FTHXLVYDMBMC7P5NS6QXIFNPDI/)

(e)『万維ビデオ』「それを認めるのが怖い 戦狼がまた噛み付く」(2023年5月12日付)

(https://video.creaders.net/2023/05/12/2607118.html)

トップ写真:軍事パレードを謁見する習近平国家主席(2015年9月3日 中国・北京)出典:Photo by Kevin Frayer/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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