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.経済  投稿日:2023/6/14

中国料理の海外普及と文化遺産化


Japan In-depth編集部(樊明軒)

【まとめ】

・国民国家が体系化することで初めて一つの国民料理が生まれる。

・中国の地方料理は異なる国に伝播し、その国の国民食にまでなる。

・料理の国籍は作る人や嗜む人のアイデンティティーによって決まる。

 

6月8日、早稲田大学で産研講演会「中国料理の文化遺産化と海外普及 ― ナショナリズムとグローバル化を考える」が開催された。食の文化交流史を専門とする慶應大学文学部教授の岩間一弘氏が講演を行った。

グローバル化が進む現在、自国の文化を守ろうとする動きが世界各国で生じている。中国もその一例であり、中国料理をユネスコ無形文化遺産化としようとする動きが顕著だ。無形文化遺産まで視野を広げると中国は3620項目に達し、飲食に関連するものだけで182項目に及ぶ。

    

写真)慶應大学文学部教授 岩間一弘氏 © Japan In-depth 編集部

 

■ ユネスコ文化遺産申請に難航する中国料理

まず、中国料理のユネスコ無形文化遺産化について餃子の話があった。中国料理をユネスコ文化遺産に登録しようとする中、賛否両論別れるのが餃子である。中国烹飪協会の高炳義氏は、「毎年大晦日の夜に、一家団欒して一緒に餃子を包むことは、中国の大部分の地域の伝統的な習俗である」という。

しかし、「広大な中国では餃子を食べる地域とあまり食べない地域があり、文化遺産に登録しようとすると地方間の利害関係の衝突が生まれてしまう。それによって、ユネスコ文化遺産申請が難航している。」

これは餃子のみならず、多くの中国料理に言えることだ。中国は大国がゆえに、同じ名を持つ料理でも多様な製法や味が存在し、それが日本料理や韓国料理と異なってユネスコ無形文化遺産になかなか登録されていない理由ではないだろうか。「中国料理が文化遺産に登録されるためには国家の後押しが必要不可欠だ」と岩間一弘氏は指摘した。

 

写真)中国東北部の遼寧省出身者が作った焼き餃子 © Japan In-depth 編集部

上記の写真は中国遼寧省出身の調理人が作った焼き餃子である。日本の一般的な餃子と比べてもかなり大きい。別に中国の東北地方の餃子が特別大きいわけではない。同じ地方でも作る人の作り方や慣習によって出来上がる餃子は全く異なる。

 

■ タニシビーフン(螺蛳粉)

次に、岩間氏は中国の国家級の無形文化遺産になっている螺蛳粉(タニシビーフン)について紹介した。うるち米で作ったつるつるのビーフンにタニシを煮込んだスープ、様々な具とラー油をかけて食べる中国広西チワン族自治区の柳州発祥の料理だ。

タニシ風味が効いており、非常にスパイシーながらも癖になる味だ。タニシビーフンは中国の歴史の発展とともに発展してきた料理でもあり、たった40年前にできたにもかかわらず、今や中国の無形文化遺産に登録されている。

タニシビーフンが広まった理由としては、タニシビーフンの専門店だけでなく、レトルト商品にもなったためだ。コロナで巣ごもり需要が高まると同時に、若者も食べるようになった。中国の人民日報によると、2021年に習近平は以下のようにコメントしている。「本当に驚きだ!ビーフンでこんなに大規模な産業をつくるとは、容易なことではなく、研究して総括するに値する」。

今回、講演を受けた後に高田馬場にあるタニシビーフン専門店「螺友(ラ・フレンド)」に行ってきた。ビルの4階にあるお店で、エレベーターに乗った瞬間からタニシビーフンの匂いに襲われた。中国人が経営するガチ中華のお店で、訪れた際にいた顧客も全員若者の中国人だと思われる。注文するには中国のアプリ微信(WeChat)が必要で、日本人にとっては少々不便だ。メニューには様々な種類のタニシビーフンがあるが、今回は汁無しの干炒螺蛳粉を注文した。

辛さ設定を超辣 (激辛) にして料理の提供を待っていたところ、突然店員がくしゃみをし出したのでびっくりした。音に反応して厨房の方に顔を向けると辛さMAXの胡椒の刺激が鼻にきて、私もくしゃみをしてしまった。その後、部屋中に胡椒の匂いが蔓延し、顧客全員がくしゃみをし出すという滑稽な展開となった。店員によると汁なしのタニシビーフンを調理する際には、どうしてもこうなってしまうのだそうだ。

口にすると確かに癖になる味だ。激辛に加えて少し甘酸っぱく、汁なしでもスルスルと食べてしまう。干炒螺蛳粉 1180円にはデフォルトの具として落花生や小松菜、ウィンナー、油揚げが入っていた。決して安くない値段だが、一度食べてみる価値はある。

さて、食レポはこの辺にして本題に移りたいと思う。

 

■ 中国料理の発展史

中国料理といっても一枚岩ではなく、大きく東西南北で分かれている。北京、上海、広東、四川の4大経済圏に地方料理が重なっているのだ。12世紀に中国料理は、北、南 (上海辺り) 、四川料理の3つができた。そこに広東が加わって四大料理になったのは1500年代であった。

ではいかにして中国料理が発展していったのか。岩間氏によれば、「中国における食材や調理法の記述は、紀元前1100年〜1600年頃の詩を集めたとされる『詩経』まで遡ることができる。歴代王朝の皇帝や官僚らが中国料理を発展させた。

特に清朝の乾隆帝は大の美食家で、後の西太后の時代にグルメの頂点を極めた。現在の中国料理の原型はこの時期までに完成していた」。岩間氏が指摘したように、中央集権国家ができると中国の国民料理は整備される。国民国家によって料理が体系化されて初めて、一つの国民料理(National Cuisine)が生まれるのである。

さらに、岩間氏は中国料理の発展に貢献した行事の一つは、国を挙げて宴会を開きおもてなしをする「国家宴会」だという。「料理とパンダが中国のソフトパワーだと言われるほど中国料理の外交への貢献は大きい」。

宴会料理のメニューについて、フカヒレは大事な宴会には出してはいけない食べ物だそうだ。コックの一番の腕の見せ所がフカヒレの調理だが、段々と重要視されなくなっていた。その理由として、環境破壊や動物愛護の観点から西洋を中心に問題視されていることがあげられる。サメのひれだけ取って他の胴体全部捨ててると思われていたのだ。しかし、実際、皮は財布やバッグ、身はかまぼこなどほぼ全ての部分を使っていたという。

周恩来首相は巧みに中国料理を外交に活かした。1972年にニクソンが訪中した際に、米中が国交正常化したが、この頃から既に「四菜一湯」の基準があり、周恩来がニクソン大統領にしたおもてなしは「北京ダック外交」と言われた。

写真)人民大会堂にて会食するヘンリー・キッシンジャー米国務長官と周恩来首相(当時) 中国・北京 1973年11月 出典)Bettmann /GettyImages

ニクソン政権およびフォード政権期の国家安全保障問題担当大統領補佐官、国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャーが「北京ダックを提供してくれたらどんな書類だってサインする」と言うほど北京ダックの魅力は凄まじく、中国外交史において功を奏したと言える。統計によると、周恩来氏は北京の全聚徳烤鴨店に27回も外賓を招いて北京ダックを試食すると同時に視察の仕事を行った。

周恩来がこれほどまで全聚徳烤鴨に愛着を持った理由は、北京ダックそのもののおいしさのほかに、全聚徳という言葉に“全而无缺、聚而不散、仁德至上”という意味が込められているからだ。この12文字はまさに周恩来のもてなしの道と平和への美しい願いを現している。

この12文字の意味はすなわち、「全聚徳」の料理は豊富で品質に優れており、欠点がなく、天下の賓客はここで会食して情を集め、「全聚徳」のお店の人が仁徳の心をもってお客様に誠実に奉仕する理想的な信念を集中的に体現している、ということである。

写真)北京ダック(イメージ) 出典)Lisovskaya/GettyImages

続いて中国料理の海外展開について岩間氏は以下のように述べた。

「水を沢山使う日本の料理と異なり、火を主に使う中国の料理は比較的世界各地で流行しやすい。今や日本食の方が世界で流行しているが、中国料理は昔から世界に伝播していた。火さえあればどんなものでも調理できるのだ」。

中国料理の調理法は主に2つに分けることができ、1つが蒸し調理で、2つ目が炒め調理である。両方とも非常に便利な調理法で、「蒸す」に関しては昔から存在しており、少なくとも2000年の歴史があるという。

一方で、「炒める」のは1000年足らずで「蒸す」に比べて新しい。

他の国民料理には見られない中国料理の特徴として、地方料理が異なる国に伝播し国民食にまでなることだ。中国の各地方の料理が民間を中心に自然と広がり、移民や移民を受け入れたホストカントリーが重要な役割を果たしている。米や野菜、豚肉などの材料と調理法がマッチしたこともあり、東アジア、東南アジアを中心に中国料理が広がる。

例えば、タイのカオマンガイやインドネシアのナシ・アヤムなどは全て元々中国料理である。また、ベトナム料理であるフォーのように中国料理と現地の料理が混じって国民料理となった例もある。ベトナムのフォーはフランス植民地時代、広東料理の湯麺にフランス料理で使われる牛肉片が入って出来た。

写真)フォー(イメージ) 出典)YinYang/GettyImages

中国料理が海外各地に広まるにつれて、現地の料理との区別が難しくなることがある。料理にまつわる偽伝承も数えきれない。しかし、これに対して岩間氏は以下のように見解を述べた。

「食べ物に偽伝承があるのは良いことだ。ストーリーがあった方が料理が盛り上がる。その料理がどんな料理かは作る調理師や食べる顧客によって変化する。何料理かは究極には彼らのアイデンティティーによる」。

最後に、タニシビーフンのような無形文化遺産への登録に加えて、近年ではテレビやインターネットの中国料理のドキュメンタリー番組によって、現代中国の美食文化が中国のソフトパワーとしての存在感を増している。米中デカップリングが深刻化するなか、韓食ブームや日本食の流行に続いて、中国料理が、中国とアメリカ、さらには全世界との交流を促進することを期待したい。

写真)『中国料理の世界史 美食のナショナリズムをこえて』岩間一弘著

© 岩間一弘

トップ写真:干炒螺蛳粉 (タニシビーフン)© Japan In-depth 編集部




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