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.社会  投稿日:2023/6/27

入管法改正こそ国の恥 住みにくくなる日本・その4


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

改正入管法、改正反対派も賛成派も「特殊の一般化」という論理の落とし穴にはまっている。

・立法事実がデタラメ、難民認定の基準が不透明、収容施設の待遇や医療体制が劣悪。

・入管の組織改革はなされないまま、その権限だけが拡大へ。



本誌の読者に限らず、圧倒的多数の日本人は、「両親ともに日本人で、日本で生まれ育ち、生まれながらに日本国籍を持っている」という存在であろう。

 したがって、出入国管理及び難民認定法(以下、入管法とは、国内で暮らしている限り、日常から最も遠い法律であるかも知れない。

その入管法の改正案が9日、参議院本会議で可決され、成立した野党の反対を押し切っての強行採決で、れいわ新選組代表の山本太郎議員などは、採決を阻止すべく委員長に飛びかかろうとしたが、この際に自民党の議員2名に打撲傷を負わせたとして、与野党から懲罰動議まで出された。

 

だが、各党の足並みが揃わず(共産党が難色を示したと聞く)、最終的には「本人も反省している」として、懲罰は見送りになっている。強行採決はすでに行われたことなので、会期末の今、ややこしい話を蒸し返されたくない、と言っているようにしか聞こえないのだが、本稿の主題はそのことではない。

今次の入管法改正では「送還停止効」の一部に「例外規定」が設けられ、難民申請を二度却下された人については、三度目を申請中でも本国に強制送還できることになる。

人種・国籍・宗教もしくは政治的信条などを理由に、本国内で迫害を受けたり、もしくはその危険に直面しているということで、逃げ出してきた人を難民と呼ぶわけだが、こうした難民の人権は、国際条約でもって保護されることが決まっており、日本もその条約を批准している。ちなみに6月20日は「世界難民の日」だ。

ただ、私は難民です、と申し立てれば無条件で入国・滞在が認められるわけではなく、難民申請という手続きが必要である。そして「難民認定」されたならば、はじめて大手を振って(とまで言えるか否かはともかく)日本で生活することができるという仕組みである。

問題は、この難民認定率が1%程度と、欧米諸国に比して異様に低いことで、山本議員のみならず一部マスメディアにおいても、

「国に返されたら(強制送還されたら)殺される、と訴えている人が大勢いる」

「こういうことだから、日本は人権意識の低い国だと思われる」

といった論調が見受けられる。

デリケートな問題ではあるが、海外で働いた経験もある立場から言わせていただくと、これは物事の一面しか見ていない。

そもそも論から言えば、国境の内側に入って(もしくは留まって)よい人と、そうでない人を国家権力の一部が選別するというシステムは、ほぼ全ての国が備えている。私の最初の単行本である『英国ありのまま』(中央公論社・中公文庫・電子版アドレナライズ)の第一章は「ビザを取るのも楽じゃない」というタイトルで、かの国の入国審査がいかに煩雑で、在英日本人の間でも評判が悪いかを描いた。

そういうことになる理由のひとつには、正規の手続き(具体的には労働許可証の取得)を踏むことなく、英国に住みつこうとする人が後を絶たないからで、実際に9年も不法滞在した挙げ句、最後は強制送還された日本人を知っているし、伝聞ながら、パリで暮らし続けたい一心で、「自民党一党独裁の日本から、社会主義フランスに亡命したい」などとフランス当局(当時は確かに左翼政権だったが 笑)に申請した者もいたと聞く。

話を日本国内に戻して、入管法改正が必要だと訴える人たちの言い分もこれに近くて、単に犯罪に手を染めて逃げてきた偽装難民や、日本で働きたいとか、あわよくば生活保護を受けようといった了見の連中を放置しておいてよいのか、といったところである。


そのような人間も絶無ではないだろうが、いずれにせよ、反対派も改正賛成派も「特殊の一般化」という、論理の落とし穴にはまってしまっている、と私は考える。ごく一部の、例外的と呼んで差しつかえないような事例を引き合いに出し、それが全体像であるかのように思い込んだ上で、声高な主張を繰り返すのだ。

とは言え私も、今次の強行採決については、きわめて遺憾だと言わざるを得ない。

第一に、立法事実がデタラメである。

大学法学部出身の読者には釈迦に説法であろうが、

「現状このように不都合な事実があるので、事態を改善すべく、法律を新設もしくは改正する必要がある」というデータをきちんと示さなくてはならない。

ところが、今次の入管法改正を発議するに際して示された立法事実のひとつは、入管(出入国在留管理庁)による、「正当な理由も示さずに帰国を拒む人が増え続けている」という報告であったが、ならば具体的に、どのくらい増えているのか、と問われると、「統計を取っていないので分からない」というのが答えであった。国民をバカにするにもほどがあるのではないか。

第二に、こちらは一部の野党議員や識者がすでに指摘していることながら、法改正より入管の組織改革が先だろう、ということだ。

先ほど、日本の難民認定率は1%にも満たないと述べたが、もう少し具体的に見ると、2021年度に難民認定を受けられたのは74人。申請者の0.7%にとどまっている。

ちなみにこの年、米国は2万0590人(認定率32.2%)、ドイツは3万8918人(同25.9%)、カナダに至っては、人数こそ3万3801人とドイツと大差ないが、認定率は62.1%である。申請者の過半数が認定されているのだ。

こういうことになる理由のひとつとして、前々から問題視されているのは、そもそも難民認定の基準が不透明だということで、たとえば本国で迫害を受けたと申し立てても、その迫害の事実を「客観的に証明すること」が求められたりする。

さらには、難民申請者であると、いわゆるオーバーステイであるとを問わず、収容施設に送られるケースが多いが、ここの待遇や医療体制がきわめて劣悪だ。

2021年に、名古屋の入管施設に収容されていたスリランカ人女性が、体調を崩して飲食物が喉を通らなくなり、病院に連れて行って欲しい、と繰り返し訴えたにもかかわらず、入管が必要な手を打たなかったため死亡するという事件が起きた。その最期の状況がいかに悲惨なものであったか、遺された監視カメラの映像が公開されて社会に衝撃を与えた。

海外、例えば英国にも、こうした施設は存在する(あろうことか〈七つ星ホテル〉などと呼ばれている)けれども、収容者がこのような悲惨な最期を迎えたなどという話は聞いたことがない。なにしろ1日13時間の自由時間があって、所内には音楽室や美術室まであり、

「正門から勝手に出て行くこと以外、最大限の自由が保障されている」

という環境だ。なおかつ収容日数の上限も(ケース・バイ・ケースではあるが)定められていて、日本のように処分が決まるまで無期限に身柄を拘束できる、というようにはなっていない。まあ、ご多分に漏れず、施設の老朽化や人手不足の問題も漏れ聞くことはあるが、日本の収容施設が「まるで刑務所」であることに比べれば、ホテルに近いとは言える。

前回=2021年には、法案が提出されるのと前後して、くだんのスリランカ人女性の死亡事案が起きた上に、東京五輪の開催を控えて、国際的な批判に晒されかねない法案は通しにくいし、総選挙にもよい影響は期待できない、といった事情があって、廃案になった。

それを、今さら強行採決で成立させ、入管の組織改革はなされないまま、その権限だけが拡大する。

こんなことでは、いずれまた無辜の命が失われるのではないか。日本は、そのような国にだけは、なってはいけないのではないか。

トップ写真:成田空港の入国管理の様子(2007年) 出典:Photo by Junko Kimura/Getty Images











この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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