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.国際  投稿日:2023/6/28

「史上最弱」李強首相と劉鶴前副首相復活


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・李強首相、欧州訪問で特別機ではなくチャーター便を利用。

・自ら率先し首相の“格下げ”を行った、と注目集まる。

・一方、習主席は、かつての腹心で引退した経済通の劉鶴を引っ張り出して来た。

 

今年(2023年)6月、李強首相は3月の就任後初の外遊となった欧州訪問の際、特別機を使わず“チャーター便”を利用(a)した。異例の出来事である。

近頃、一部のメディアは突如、李強現象に言及(b)し、多くのコメンテーターやネットユーザーの注目を集めている。

李強首相が今までの中国共産党の慣例を破り、自ら率先し首相の“格下げ”を行ったのは、習近平主席に対する忠誠心の表れなのだろうか。共産党幹部らが首相に外遊での“格下げ”を要求した可能性は小さく、李強自らが要求・実践したものかもしれない。

実は、中国国内では驚くべき事態が発生している。

李強首相は6月7日から8日にかけて、呉政隆国務委員兼国務院(内閣)秘書長を伴い、調査のため遼寧省を訪れた。ところが、遼寧省の郝鵬党書記(同省トップ)と李楽成省長が姿を見せなかったのである。

李強は首相就任後、数回にわたって「調査研究」という名目で地方を視察した。だが、いずれも呉政隆国務院秘書長だけ同行し、現地の党政関係者は随行していない。

李強首相は3月21日と22日に湖南省に行き、一度だけ湖南省長の毛偉明の姿が目撃されたという。その後、首相は3月29日に海南省へ、4月12日に北京市へ、4月下旬に広西チワン族自治区と雲南省へ、5月17日から18日にかけて山東省へ調査に出向いた。

首相が地方に行っても地方のトップが同伴しないのはゆゆしき事態であり、党内部の“政治ルール”を破壊したのと同じだ、と専門家は指摘している。党の規則や慣例によれば、首相が現地を訪問する際、必ず現地のリーダーが同行しなければならない。首相が現地のリーダーとの間で即座にコミュニケーションが取れるからだという。

したがって、今のこの状況は“政治混乱”の現れではないかと考えられる。

地元のリーダーは必ずしも李強首相を評価しているわけではないので、首相への不満の表すため、同伴しないのかもしれない。

李強は国家的名声に欠け、国務院での経験もなく、地方のリーダー(江蘇省と上海市トップ)から突然、首相という高い地位に昇りつめた。そのためか、多くの地方幹部は李強と目を合わせないという。とりわけ、省レベルのリーダーは特殊なメンタリティ(羨望と嫉妬?)を抱いているかもしれない。

ひょっとして、中央政府上層部の「習軍団」他派閥が、李強を中傷し、首相を「レームダック化」に追い込んだのかもしれない。あるいは、昨年12月、習主席肝煎りの「ゼロコロナ政策」を終了させたのが李強だという。そのため、主席の怒りを買った公算もある。

すでに李強首相が「レームダック化」したため、「党国体制」全体が崩壊し、首相の政治生命が危険にさらされているという指摘がある。

中国内外は一時、3年間の苛酷な「ゼロコロナ政策」規制緩和後、同国経済の回復を期待した。ところが、経済の復活は未だ見られず、李強首相は本質的な対応策を打ち出せないでいる。

以前、李克強前首相が「史上最弱」と揶揄された(c)事があった。だが、もしかすると李強首相は李克強前首相よりも“力が弱い”のではないだろうか。やはり、首相は主席の単なる“下僕”で終わる可能性を排除できない。

周知の如く、習主席は新人事で能力や経験よりも忠誠心を重視し、党の中央集権的で統一的な指導を目指した(d)。だが、おそらく、幹部らは複雑かつ困難な経済情勢に対処する専門知識や技術を持ち合わせていないのだろう。

そこで、習主席は、かつての腹心で引退した経済通の劉鶴(71歳)を引っ張り出して来た。米ハーバード大学修士号を持つ劉鶴は、今年3月に副総理を辞任し、翌4月には中央財経委員会弁公室主任も退任している。

けれども、劉鶴は国内経済政策と貿易・経済問題について米国とどのように対話するかなど、核心的議題について助言を要請されているという。今こそ、指導部は劉鶴の知識と経験を必要としているのではないか。

米国は、近くイエレン米財務長官をはじめとする数人の米国高官が訪中する予定である。北京の対米戦略にはどうしても劉鶴が欠かせない。実際、劉鶴は、つい最近、開催された「党幹部秘密経済会議」に出席した(e)と伝えられる。

〔注〕

(a)『人民日報』

李強、フランス公式訪問と金融に関する新グローバル融資契約サミット出席のためパリに到着」

(2023年6月22日付第1面)

http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2023-06/22/nw.D110000renmrb_20230622_4-01.htm)。

(b)『万維ビデオ』

「『李強現象』が流行しているが、専門家は『危険だ』と指摘」

(2023年6月21日付)

(https://video.creaders.net/2023/06/21/2619381.html)。

(c)『美国之音』

「李克強から李強へ 中国の経済戦略はどう変わる?」

(2022年10月27日付)

https://www.voachinese.com/a/china-economy-after-the-party-congress-20221026/6806949.html)。

(d)『中国瞭望』

「習近平には使える人材がいない、劉鶴が引退後も重要な役割を果たすと伝えられている」

(2023年6月24日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/06/24/2619931.html)。

(e)『明鏡新聞台』

「劉鶴『復活』!党幹部秘密経済会議に出席」

(2023年6月24日付)

https://www.youtube.com/watch?v=O8sFt0L1Zc4)。

 

トップ写真:ドイツ・ベルリンの首相官邸でメディアに演説する中国の李強首相(2023年6月20日 ドイツ・ベルリン) 出典:Photo by Sean Gallup/Getty Images







この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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