台風5号による中国の被害と習主席への風刺
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・7月末から8月上旬にかけて、台風5号が中国大陸に襲来、各地に被害。
・最も深刻なのは、「北の大サイロ」黒竜江省五常市の災害ではないか。
・習近平主席、李強首相さえ河北省被災地に姿を現していないことを揶揄する論評も。
今年(2023年)7月末から8月上旬にかけて、台風5号が中国大陸に襲来した。そのため、河北省保定市の涿州市と涞水市(中国では市の中に市が存在する場合がある)は洪水で浸水(a)した。
特に、涿州市は7月31日から大規模な洪水が発生し、市内一部では水深が7メートル以上に達した。多くの村が水没し、行方不明者も多数出ている。
他方、涞水県は、8月1日、大雨で鉄砲水を引き起こし、いくつかの村が失われた。実際、涞水県湯家荘村西坡根だけで14人が死亡したという。
その被害状況を視察していた陸軍第82集団(?)と保定市政府関係者を乗せた軍用ヘリコプターがパトロール中に涞水で墜落した。同乗していた16人全員が死亡したという。軍人が13人、地元政府関係者3人だった。
死者のうち1人は保定テレビ局の李一凡記者で、他には保定市交通局の李建英副局長、保定市緊急管理局の局長である。あとは、駐屯地の副参謀長、副旅団長を含む軍関係者だった。
墜落原因だが、当時、濃霧でパイロットの技量不足のためか高圧線に触れて墜落した公算が大きい。ヘリコプターが墜落した際、水中で感電死した人や溺死した人がいたという。目下、SNS全体がこのニュースをブロックしている。
一方、中国東北部(遼寧・吉林・黒竜江)も台風5号により甚大な被害を受けた(台風6号でも、若干、影響を受けたかもしれない)。
例えば、8月3日、吉林省舒蘭市人民武装部大佐で政治委員の周昆訓(46歳)が、被災者救出中に殉職(b)している。
だが、最も深刻なのは、黒竜江省五常市の災害ではないか。黒龍江省は「北の大サイロ」として知られ、毎年豊富な食糧を国に供給している。とりわけ、五常米は全国的に有名である。
2022年現在、東北穀物唯一の「北大荒グループ」が12年連続で400億斤(1斤は0.5kg。2000万t)以上を生産してきた。
8月4日、五常市の被害面積はすでに4万0963畝に達し、そのうち、稲作面積は3万6549畝である。15畝が1ヘクタールなので、後者は2436.6ha(=24.366㎢)となるだろう。今年の収穫に大きな影響を与え、場合によっては、中国全体の食糧不足につながりかねない。
五常市だけで、これほどの被害が出ている。おそらく、黒龍江省の他地域でも似た状況ではないだろうか。
さて、台風5号が河北省を通過する頃、毎年恒例の北戴河会議(同省)が行われていたはずである。だが、習近平主席はもとより、李強首相さえ河北省の被災地に姿を現していない(c)。
そのためか、習主席を揶揄する論評が突然、発表されている。
台湾の中央社(CNA)は『人民日報』海外版傘下の新メディア組織の微信(WeChat)が8月9日、「人が率先しなければ人は従わず、人が先にしなければ人は信じない–総書記の古典の知恵」と題するニュース記事を掲載したと報じた(d)。
この記事は同日夕方、『人民日報』など中国の主要メディアによってリツイートされている。
実は、2020年1月8日、習近平主席は「初心を忘れず、使命を心に留める」教育総括会議での演説で、次のように述べた(e)。
「人が率先しなければ人は従わず、人が先にしなければ人は信じない。指導機関と指導幹部が率先して先頭に立ち、先にやることが、わが党の成功に向かう鍵である」。
更に、8月10日付『人民日報』はその第1面で「決定的な場面で最前線に立つ——大部分の党員と幹部は、治水と洪水救援の最前線で戦うという使命を肝に銘じている」という長文の記事を掲載(f)した。
この表現では、「大部分の党員と幹部」という部分に注目したい。裏返せば「一部の党員と幹部」は最前線で戦う使命を忘れていると指摘したのではないか。これは、どう考えても習主席に対する“あてつけ”であり、“高級なブラックユーモア”ではないかと受け取れる。
思えば、胡錦濤時代、災害が発生した際には、胡主席の名代として温家宝首相がいち早く、現地に駆けつけていた。ところが、習近平時代になって、(李克強前首相は別にして)主席本人がすぐに災害現場へ駆けつけた事がない。これでは、人心を掌握するのが難しいのではないだろうか。
〔注〕
(a)『万維ビデオ』「河北軍用機が被災地に墜落、最新の内幕はこれだ」(2023年8月9日付)
(https://video.creaders.net/2023/08/09/2635562.html)
(b)『中国瞭望』「東北部の大洪水、なぜ誰も気にかけないのか?」(2023年8月13日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/08/13/2636724.html)
(c)『万維ビデオ』「遠回しに悪口を言う 『人民日報』のこれは逆か?」(2023年8月12日付)
(https://video.creaders.net/2023/08/12/2636317.html)。
(d)『詩華日報』「習近平は災害時に一度も姿を現さなかったとほのめかしているのだろうか? 『人民日報』で2つの記事の連続掲載は“高級なブラックユーモア”だとの指摘」(2023年8月13日付)
(https://news.seehua.com/?p=1033019)
(e)『中国新聞網』「『人は率先しなければ従わず、我が身が先でなければ人は信じない』総書記の古典の知恵⑤」(2023年8月10日付)
(http://www.chinanews.com.cn/gn/2023/08-10/10059251.shtml)
(f)『人民日報』「決定的な場面で最前線に立つ」(2023年8月10日第1面)
(http://paper.people.com.cn/rmrb/html/2023-08/10/nw.D110000renmrb_20230810_1-01.htm)
トップ写真:収穫を祝い稲の刈り入れを行う農民、2020年9月22日中国・黒竜江省佳木斯(ジャムス)市 出典:Photo by TPG/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。