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.経済  投稿日:2023/8/1

緩和策と適応策~地球温暖化、人口減少、財政赤字に共通な2つのアプローチ~


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

【まとめ】

・温暖化の対応策には、「緩和策」と「適応策」がある。

・緩和策と適応策は、財政赤字への対応についても考えることができる。

・良いバランスを社会として実現するのは、容易なことではない。

 

温室化ガス排出増加による温暖化への対応策は、大きく分けて2つある。1つは、温暖化そのものを食い止めるべく、温室化ガスの排出量そのものを減らすという「緩和策」だ。

もう1つは、そうは言っても温暖化ガスの排出量は劇的には減らず、したがって温暖化は進行してしまうので、それに伴って発生する個々の問題に対応しなければならないという「適応策」である。

今夏も北半球のあちこちで山火事が起こっている。山火事による消失面積は、平均気温と正の関係があると言われている。そうだとすると、これからも山火事が発生する確率は高くなるのだから、その発生がより増えることを前提に予め対応を準備しておくのが適応策になる。海水面の上昇についても同様で、より高い堤防を作る、居住地区をより内陸に移すといった対応を予め採っておくということだ。

問題の根本的解決は、徹底した緩和策によってしか図れない。しかし、温暖化ガス削減目標の達成に対して、厳しい見方があることも事実だ。そうした現実を踏まえるなら、同時に適応策も施すのが合理的な判断になる。

難しいのは、本質的には緩和策を進めなくてはいけないので、適応策をやって慢心が広まってはいけないという点だ。最大限、緩和策は進めるが、どうしても間に合わないところは適応策で乗り切る。その良いバランスを社会として実現するのは、意思決定も含め、なかなか容易なことではない。

こうした緩和策と適応策のバランス論は、人口減少、さらにはそれも関係する財政赤字についても同様なことが言える。

■人口減少への対応

人口減少によって様々な問題が起こると予想されているし、実際、社会保障費の拡大など既に問題になっていることもある。解決のための根本策は、言うまでもなく人口減少を喰い止めることだが、現実はそれが簡単でないことを示している。

政権としては、異次元の少子化対策と銘を打って対応せざるを得ないが、現在、政策立案に携わっている方々も、この少子化対策が本質的な緩和策になっていると自信を持っては言えないだろう。できる限りのことはするにせよ、人口は当面減少していく。したがって、その人口減少と折り合っていくための適応策も重要になる。

人口減少には、人手不足需要減少という2つの面がある。お客さんが減るのと店員が減るのがうまくバランスしていれば、理屈からすると何も問題は起きない。しかし、ミクロの現場で、すべてがそううまく行くはずがない。事実、現状は人手不足が先行している。そこで適応策としては、デジタル化(DX)、ロボット化さらには外国人雇用などが考えられている。

こうした対応を、個別の政策ではなく、当面、避けることができない生産年齢人口の減少への適応策としてデザインしないと、全体としての最適性は担保できない。DX、移民と個別に考えるのではなく、人口減少の適応策として全体観を持ってみると、正解がみつけ易くなるところもあるだろう。

ところで、人口が減少すれば、需要も減少する点は、日本経済の成長率の実力の判断においても重要な意味がある。もちろん、生産性が改善すれば、人口が減るからと言って成長率が落ちるとは限らない。しかし、親の世代をみても分かると思うが、高齢化も並行して進行するので、一人当たりの消費ボリュームも減っていく。さらには、イノベーションは若い世代が起こすことの方が多いはずだ。そうしたことを考え合わせ、最善の努力の結果として、どの程度、経済全体として成長することができるのか。適応策として金融・財政政策を考える上では、この視点も大事だ。

財政赤字への対応

緩和策と適応策は、財政赤字への対応についても考えることができる。財政再建というのは、当然、緩和策だが、しかし、日本社会の現状からして、財政再建が直ちに実現するとは到底思えない。したがって、財政赤字を持続可能な状態に持っていくのには時間がかかることになる。その間、おかしなことにならないようにどうするかというのが、ここでの緩和策になる。

中央銀行が国債を買い続ければ良いのだから、緩和策は不要だというのが現代貨幣理論(MMTなどの立場だが、古今東西の歴史において、野放図な財政で長く栄えた王家、政権などない。長く将来世代の繁栄を祈るのであれば、緩和策はどうしても必要だ。ただ問題は、今回、いつまでにどれだけ財政赤字を減らせば良いかは、歴史が教えてくれないところにある。客観的な答えのない問いだけに、現役世代の常識が問われる。

いずれにせよ、日本の高水準の財政赤字は、当分なくならない。その当分の間をどう凌ぐかが適応策になる。それは逸に金融市場における円滑な国債消化を維持していくことに他ならない。そのためには、国債という金融商品に対する信認の維持と、それに対して金融市場が適切と考える価格が設定されることが大事だ。

収入に比べて借金の額を増やし続ける主体に対し、金融市場はどこかで資金を融通しなくなる。日本政府は、現在の制度を前提にした将来の税収との対比で、借金の残高をどんどん増やしてきた。ここまでのところ、それでも大丈夫だと金融市場は評価している。しかし、だからこれからもずっと大丈夫ということにはならない。さらにどんどん借金の残高を増やしていけば、どこかで金融市場は愛想をつかす。そんな野放図なことは考えていないという姿勢を、政府は常に金融市場にみせていなければならない。これが信認の話だ。

それでも、やはり危ないのではないかと金融市場が思い始めると、本来、まず起こるのは国債という金融商品の価格の下落だ。ここでは説明は端折るが、国債の価格下落とは、国債金利の上昇と同じことだ。何らかの理由で金利が上がれば、以前の低い金利の国債は人気がなくなるので、価格が下がると考えれば良い。したがって、金融市場の信認を確認する上では、国債金利が金融市場の判断を映して動くようにしておかなくてはいけない。

もうひとつ、国債金利が上がるケースがある。それはインフレ圧力が強くなった時だ。最近、海外主要国の長期金利が上昇したが、これはインフレ率が高くなったことが出発点にある。インフレ率が高くなっても金利が低いままでは、利息の実質購買力が下がってしまう。そうすると、そういう低い金利のままの国債の人気が低下し、上述の理屈で価格が低下し、金利が上がるのである。

最近の日本で起こっているのも、このインフレ圧力の高まりによる国債金利の上昇だ。それを無理矢理、日本銀行が抑えようとすると、そうした国債の買い手は日本銀行しかいなくなる。これが国債市場の機能低下と言われている現象だ。日本の財政赤字は当分なくならない。そうした状況で円滑に国債を発行し続けるためには、国債市場がちゃんと機能しないといけない。日本銀行だけが買い手になったのでは、必要な国債の発行には不十分だ。

財政赤字に対する適応策としては、国債市場に自由な価格形成が行われること、即ち長期金利が金融市場の判断を反映して形成される状態にしておくことが非常に重要になる。

トップ写真:日銀(2023年7月27日東京都・中央区)出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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