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.経済  投稿日:2022/12/27

日本銀行の金利操作見直し 「利上げ」なのか?


神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)

「神津多可思の金融経済を読む」

 

【まとめ】

・日本銀行は、12月20~21日の金融政策決定会合で、長短金利操作の運用を一部見直すことを決定。

・金融市場の判断次第では、今後10年もの国債の流通利回りは-0.5%まで低下し得る。

・今回の日銀の運用見直しを通じて、長期金利の決定においては金融市場の判断も重要だということが思い出される。

 

日本銀行は、12月20~21日の金融政策決定会合で、長短金利操作の運用を一部見直すことを決定した。これを利上げとする報道も多いが、日本銀行は、「市場機能を改善することで、これまで続けてきたイールドカーブ・コントロールを起点とする金融緩和の効果がより円滑に波及していくようにするためのもの」と説明をしている。「利上げ」ではないという立場だ。どう考えれば良いのだろうか。

 

・長期金利の変動幅拡大の意味

 今回の具体的な見直しの内容は、10年もの国債の流通利回りの変動幅を、これまでの0±0.25%から、0±0.5%に拡大するというものだ。このところの世界的な長期金利上昇の中で、上限の水準が+0.5%にまで広がったことを取り上げて、利上げと言っている訳だが、もし経済環境が変化すれば、-0.5%まで低下することも許容されたことになる。

2023年は世界景気が後退するとの見方もある中で利上げなどとんでもないという論調もある。しかし、金融市場の判断次第では、今後は10年もの国債の流通利回りは-0.5%まで低下し得る。その意味では、緩和の余地が広がったとさえ言える。

そもそも先頃まで、日本銀行の超金融緩和姿勢が日本の国債市場の機能低下を招いており問題だとの報道が多々あった。それが是正されたのであるから、正しいアクションがとられたという評価になるはずだが、日本銀行が運用を変えたら変えたでそれは大変と盛んに言うもの何とも釈然としない。

コロナ禍対応の、いわゆるゼロゼロ融資の手仕舞いが始まりつつあり、金利上昇は不良債権予備軍を増やすとの見方もあるが、日本銀行は短期の金利についてはこれまでのスタンスを全く動かしていない。したがって、短期の銀行融資において今回の見直しがどう影響するかも俄かには分からない。

 現在の世界的な長期金利の上昇は、主要国の中央銀行の政策がインフレ抑制により重点を置くようになったことが大きく影響している。ここで良く考えるべきは、今後インフレ率が本当にかつてのような低水準にまで下がるかどうかだ。例えば米国、欧州の2%の目線、あるいは日本の0%近傍の目線、それが戻ってくるだろうか。

そうした目線は、ロシア、中国も含め、まさに地球規模でサプライチェーンが急速に拡大した下で実現したインフレ率の実績を踏まえてのものだ。これからは、ロシアを外し、中国とも分断気味になる。その中で、少なくとも、グローバル化のスピードがこれまでと同じと考えることは難しい。その下で、定常的な、即ち労働市場の完全雇用に悪影響を与えないインフレ率はどれくらいの水準になるだろうか。

 さらに、そのグローバル化のスピード・ダウンは趨勢的な成長率にも影響を与えるかもしれない。成長率が高まっていく展望が拓けないとすると、企業は返済を前提にした債権と自己資本の比率、即ちレバレッジを見直す必要に直面する。企業の現在価値がこれまでのように拡大しないという予想になるからだ。

 そのディレバレッジが、現在まさに国際金融市場で進行している。それは、債券全般の人気がこれまでのように高まらないことを意味し、したがってこのこともまた長期金利をこれまでよりは高めのものとするかもしれない。現在の長期金利高の一部は、一時的とされる足元のインフレに対応した中央銀行のアクションだけでもたらされたものではない可能性がある。

 もちろん、先行きのことは、はっきりとは分からない。インフレはやはり一時的なものかもしれない。しかし、本当に経済環境が悪化したら、日本の長期金利はこれまでの下限よりも低い-0.5%まで下がり得るのだ。日本銀行は、金融市場の判断をより尊重するスタンスになったというのがフェアな評価ではないか。

 

・期待に働きかける金融政策の難しさ

 そうは言っても、ついこの前まで日本銀行は、変動幅の拡大は利上げと同じことで、適切ではないと言っていたではないかと言い返したくもなるだろう。しかし、国債市場のように、本来、金利が自由に形成され、先物市場もあるマーケットにおいては、先行きの思惑が現在の金利を動かす。したがって、日本銀行が、将来の運用のあり方の変更をほのめかした途端に、それを先読みした金利形成になってしまう。そのため、変更は突然せざるを得ないという面もある。

また、近年、期待に働き掛ける金融政策ということが言われてきた。サプライズで金融政策の効果を出すのではなく、中央銀行と金融市場参加者の間のコミュニケーションを通じて、激変がおきないよう市場環境を推移させる。そういうイメージだろう。その観点からすると、中央銀行がそれまでやらないと言っていたことを急にやることに対して、違和感が生じても仕方がない。

金融市場の参加者の期待に有効に働き掛けつつ、しかし決定はあくまで事前にスケジュールが公表されている会合において行うというのは確かに難しい。昭和の昔であれば、公定歩合はいつ変わるか分からず、かつその変更について日本銀行総裁は嘘をついても良いとまで言われていた。

金利が自由化された今日の金融市場においては、金利形成に期待が重要な役割を果たす。したがって、もう期待を軽視した政策運営はできない。理屈としては、今回のような運用の変更についても、変更しないこと、変更すること、双方のプラス・マイナスを予めフラットに述べた上で、意思決定のタイミングについては不確実なままにしておくということも理屈上は考え得る。しかし、実践的な言葉のやり取りを想像すると、本当に可能なのかという気もする。関係者の間で、現状認識は共有されるが、しかしアクションをとるタイミングの不確実性はなくならないという状況に至るまでには、まだ試行錯誤が必要なのだろう。

 

・短期金利についての金融市場の判断

 ところで、異次元緩和が続く下で、長期金利を決めるのは中央銀行だという予断が強まり過ぎた気がする。今回の日本銀行の運用見直しを通じて、長期金利の決定においては金融市場の判断も重要なのだということが思い出されるのではないだろうか。

では短期金利についてはどうか。日本の準備預金制度では、民間銀行は、法律上必要な準備預金を1か月の平均として日本銀行の当座預金に積めば良い仕組みになっている。その準備預金の積み期間(16日から翌月の15日)において、短期金融市場では、資金が余剰の日も不足の日ある。政策金利が正であった頃は、政策目標である無担保コール市場のオーバーナイト(今日から明日への1日分の資金の貸し借り)の金利は、日本銀行の誘導目標を中心に資金過不足に応じて一定の範囲で上限に変動していた。

無担保コールのオーバーナイト金利は、現在でも細かく変動してはいるが、緊急時ではないと判断されるのであれば、短期の金融市場の参加者の判断でもっと幅のある変動を許容しても良いのかもしれない。市場機能の改善は、何も長期だけの話ではない。もちろん、現在の経済環境を踏まえれば、「利上げ」の正当化が難しいことは言うまでもない。しかし、現在の目標である-0.1%を中心に、上下±0.1%くらいの変動を許容し、積み期間を平均して-0.1%程度とすれば良いという点を明確にしてみてはどうだろうか。

金融市場の期待が金利形成に大きな影響を与える。その期待とは、本当のところどうなるか分からない明日という未来をどうみるかということだ。その未来をみる金融市場の力が磨かれることは、日本経済を元気にしていく上で是非とも必要だ。それは、長期だけでなく、短期についても言えることだ。

トップ写真:日本銀行

出典:Photo by imagenavi




この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト

東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト


1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。


関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。

神津多可思

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