鮮明化した中国経済の低迷
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国、7月の輸出前年同月比14.5%減少、7月の輸入前年同月比で12.4%減少。
・不動産市場長期悪化、輸出需要減少、消費支出低迷等が景気浮揚妨げている。
・1990年代に日本経済を悩ませた「流動性の罠」が発生する恐れ。
2020年6月1日、李克強前首相が山東省を視察した際、「屋台経済」を称賛した(a)。だが、すぐに、それを習近平主席に否定された(b)。その後、中国経済復活の契機がほぼ完全に失われた観がある。
今年(2023年)に入り、中国の景気が更に後退していると本サイトでもしばしば指摘してきた。だが、ここに来て、一般のエコノミストもようやく中国経済の停滞を認め始めたようである。
第1に、7月の輸出(2818億米ドル)が前年同月比14.5%減少(c)した。前6月の12.4%よりさらに悪化した。
他方、7月の輸入(2012億米ドル)は前年同月比で12.4%減少し、ロシアからの輸入でさえも、2021年2月以来初めて前年同月比でマイナスとなった。
そのため、中国を産業資材、食品、消費財の最大市場の一つと見なす世界の輸出業者にとって打撃となっている。
結局、7月の貿易黒字は20.4%急落し、806億米ドルにとどまった。
第2に、7月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は49.3で、好不況の節目の50を下回った。4月から6月までのPMIはそれぞれ49.2、48.8、49.0と4か月連続で縮小し続けている。
一方、中国の7月消費者物価指数(CPI)は前年同期比0.3%下落し、2021年2月以降初めて下落(d)した。注目すべきは、7月のCPIとPPIが共に前年同月比マイナスとなったのは2020年11月以来である。
つまり、中国経済はデフレに陥っていて、(1)不動産市場の長期悪化、(2)輸出需要の大幅な減少、(3)消費支出の低迷、等が景気浮揚を妨げている。
第3に、今年6月末までに、中国への海外投資は、生産高の約0.4%まで減少(c)した。コロナ発生前の5年間の平均1.6%と比較すると激減している。25年前に記録を取って以来、最低レベルになった。
以上の結果、投資者らは、軟調な輸出入データ等を見て世界2位の経済大国の景気回復見通しへの懸念を増幅させた。そのため、人民元の為替レートと(上海市場と深圳市場で海外個人投資家が自由に投資できない中国人向け)A株、香港株が相次いで影響を受けている。
実は、目下、中国の消費者と企業は長期定期預金ブームの真っただ中(e)にあるという。
最新のデータによると、中国の金融機関は、今年第1四半期に5.5兆元(約110兆円)の3年定期預金を発行したが、2015年に同商品が発売されて以降、単一四半期としては最高を記録した。
これは大量の資金がほとんど流通しないという事である。1990年代に日本経済を悩ませた「流動性の罠」(金融緩和により金利が一定水準以下<例えばゼロ金利>に低下した場合、伝統的金融政策が効力を失う)と同じ事態が発生する恐れがあるだろう。
「流動性選好説」によると、投資で儲けが期待できない時に、人は現金を好む傾向を持つ。そのため、金融緩和政策の下、貨幣供給を増大させても、人々は金銭を蓄えるので、景気刺激策にならない。
現在、中国当局が経済状況を好転させるために金利を引き下げ、銀行に貸し出しを増やすよう促している。けれども、この1年で、中国個人投資家は不動産や株式市場から撤退し、長期定期預金に殺到した。また、今年に入ってから企業も加わり、景気の足を引っ張っている。
つまり企業や個人が投資するよりも、(割と流動性の高い定期預金で)貨幣を貯蓄していることを意味する。
実際、180社のA株上場企業が、今年定期預金に投資(というよりも貯蓄)したと申告している。ある中国国有銀行の行員は、定期預金への需要が例年より高いことを認めた。
現在、中国の家庭や企業は定期預金やその他の安全な金融商品へ流れている。これでは、当局が減税や不動産支援策を通じて需要や消費を喚起しようとする政策の効果を損なう公算が大きい。
北京を拠点とする政府系シンクタンク「国家金融発展研究室」が発表した報告書によれば、家計債務の対GDP比率(レバレッジ比率)は、2022年末の61.9%から第2四半期には63.5%に上昇した。以前、国際通貨基金(IMF)が金融リスク警告を発したレッドラインの65%に近づいた。2008年末時点で中国の家計債務のレバレッジ比率は17.9%に過ぎなかったのである。
国際決済銀行(BIS)は、中国の家計負債は2022年末までに10兆7600億ドル(GDP比61.3%)に達したと予測している。この比率は、2022年末時点ですでにドイツとインドを上回っており、米国の74.4%、日本の68.2%に接近している。
〔注〕
(a)『中華人民共和国中央人民政府』「李克強が屋台経済、小規模店舗経済を称賛:それは世界の花火、中国の活力だ」(2020年6月1日付)
(https://www.gov.cn/xinwen/2020-06/01/content_5516569.htm)
(b)『紅厨網』「一流都市が突然、屋台に『ノー』を突きつけた時、失業中のシェフにとって何を意味するのか」(2020年6月11日付)
(http://www.chuyi88.com/a/2020/0611/19127.html)
(c)『中国瞭望』「悪循環が始まった」(2023年8月8日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/08/08/2635224.html)
(d)『中国瞭望』「中国は2020年末以降、一度も見られなかった光景を演出」(2023年8月8日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/08/08/2635305.html)
(e)『万維ビデオ』「クレイジーだ!チャイナマネーはどこに向かうのか…」(2023年8月6日付)
(https://video.creaders.net/2023/08/06/2634182.html)
トップ写真: オークランド港に誘導される輸送用コンテナ。2023年の最初の5か月間で米国の中国からの輸入は1年前の同時期と比べて24%減少した。(2023年8月7日カリフォルニア州オークランド)出典:Photo by Justin Sullivan/Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。