ワクチンで予防できる帯状疱疹
濱木珠惠(医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿院長)
【まとめ】
・水痘ウイルスが潜伏状態から再活性化し、帯状疱疹を発症する。
・帯状疱疹ワクチン接種者の認知症リスクが非接種者と比べ約20%低下。
・2018年に承認されたワクチン『シングリックス』は、帯状疱疹の発症率90−95%減少させる。
読者の皆さんは「水痘」にかかったことはあるだろうか。いわゆる「水ぼうそう」である。数日かけて全身に発疹が出て、それが水ぶくれになっていく。熱は出ることもあれば出ないこともあり、だいたい7日程度で改善していく。水痘にかかったことがあれば、抗体ができて二度とかかることはないと聞いたことがあるかもしれない。
だが実は、水痘のウイルスは、神経に潜伏感染しているので駆除はできていない。脊髄の神経節に潜伏しているのだ。同じウイルスが、初めて感染した時には水痘として発症し、明確な原因はないが、高齢者だったり、若くても疲労や病気で体調を崩したりすると、水痘ウイルスが潜伏状態から再活性化しやすくなり、帯状疱疹を発症する。症状としては、痛みや痒みを伴う水疱が知覚神経の支配域に沿って帯状に出現する。
最近の研究では、この帯状疱疹の予防ワクチンと認知症予防効果との関連性も示唆されている。2023年6月に英国の『ネイチャー』誌に、このウイルスと認知症の関係性を示唆する論文が掲載された。英国のウェールズ地方の約30万人の健康記録を調査したところ、帯状疱疹ワクチン接種者の認知症リスクが、非接種者と比べて約20%低下していたのだという。
アルツハイマー病の発症には、アミロイドβの関連が知られているが、それ以外に、ヘルペスウイルス属の慢性感染が関与することがわかっている。帯状疱疹を引き起こす水痘ウイルスはその一つだ。帯状疱疹ワクチンでこのようなウイルスの増殖を抑制すれば、アルツハイマー病の発症の予防効果が得られるのかもしれない。まだ検証がされていない話ではあるが、幼少期に感染した水痘ウイルスのせいで認知症に影響するかもしれないと言われるとちょっとそら恐ろしい気もする。それが帯状疱疹ワクチンで予防できるかもと言われたら、帯状疱疹と認知症の予防、一石二鳥で接種しようという人は増えそうだ。
ここで少し、帯状疱疹のことを具体的に紹介したい。
先日、午前の診療の合間に、勤務中の40代のナースが診察を求めてきた。ここ2、3日、頭痛がある、特に右耳の後ろが腫れ、痛くてしかたがないのだという。中耳炎か、はたまた耳掃除などで外耳炎を起こしたのだろうか。だが診察してみると、確かに耳の後ろ側の頭部の皮膚は少し腫れぼったいし、耳の下のリンパ節が腫れているのだが、耳そのものに目立った赤みや腫れ感はない。耳にも周辺にも発疹もなかった。耳の中にも目立った傷や滲出液はなかった。鼓膜にもこれといった異常は確認できず、聴力の低下や耳鳴りなどの症状もなかった。それでも耳介に触れると痛いという。彼女と一緒に首を傾げながら、外耳炎で腫れている可能性を考え、念のため鎮痛剤と点鼻薬を処方して様子を見ることにした。夕方、日勤業務を終えて帰ったはずの彼女が、更衣室から戻ってきた。
「着替えていたら、首の付け根に発疹が出ているのに気づいた。朝、着替えた時は出ていなかった。これはもしかして…」
見せてもらうと、鎖骨くらいの高さに、まるでネックレスのように発疹がポツポツと出ていた。それもきれいに片側だけ。一部には小さな水膨れができはじめているものもあった。午前の診察時にはなかったので、昼のうちに出てきたのだろうが、制服で隠れていて本人も着替えるまで気づいていなかったようだ。帯状疱疹であった。
再活性化した帯状疱疹ウイルスは神経にそって出てくる。神経が支配する皮膚分節に疼痛が出現し、2-3日後に発疹、さらに紅斑、小水疱の集まったものが出てくる。帯状の皮膚分節に出現するので帯状疱疹と言われている。左右どちらかの神経に沿って伸びていくので、典型的には片側性で体の正中線を越えることはない。日本では80歳までに3人に1人が発症すると言われている。
帯状疱疹ウイルスは、皮膚や神経に炎症を引き起こす。そのため最初のうちは、病変部にちくちくした疼痛や知覚異常を伴う疼痛が出てくる。皮膚を軽く撫でただけで痛みを感じたり、髪の毛をちょっとかきあげるだけでも痛く感じたりする。若い人だと痒みとして認識することもあるらしい。私の知人の30代の男性が額の帯状疱疹を発症したときは、むしろ痒かったそうだ。そのせいで虫刺されか何かと思って放置していたらしく、私が見せてもらった時にはすでに水疱は潰れてかさぶたができはじめていた。それでも痛みは気にならなかったそうだ。ちなみに当院のナースはC3という皮膚分節に水疱が出ていたが、痛みが出ていた耳はこの神経の支配領域とは異なっている。当院の皮膚科医に尋ねたところC3だと耳の辺りに放散痛を訴える人もいるようで、帯状疱疹で矛盾しないとのことだった。
帯状疱疹の治療は抗ウイルス剤の投与である。診断後早期、できれば皮膚病変発言後72時間以内に開始できることが望ましい。帯状疱疹の合併症として多くの方に帯状疱疹後神経痛が残りやすく、数ヶ月から数年あるいはさらに長期間、再発性ないし持続性の神経痛が残る場合がある。このため抗ウイルス剤とともに早期に鎮痛剤を併用しておくことも重要だ。
水痘ワクチンは1984年から存在している。国内では1987年から任意接種として接種が始まったが, 接種率は30~40%程度と低く、毎年約100万人が水痘に罹患していたと推定されている。1回のワクチン接種でも一般的な水痘の95%は予防できるとされるが米国では2回の接種が推奨されており、日本では2014年10月から水痘ワクチンが定期接種となった。これにより小児の水痘は激減したとされる。
一方で、高齢者にとってはブースター効果(追加免疫効果)が得られなくなったとも言われる。これは一度獲得した免疫機能が抗原に再度接触することによって免疫機能がさらに高まる効果のことである。すでに述べたように、水痘にかかったことのある人は、帯状疱疹ウイルスが体内に潜伏していても免疫機能で抑え込むことができているが、水痘流行が減ることでブースター効果が減るなら、皮肉なことに帯状疱疹の発症リスクは上がるのかもしれない。
それでは帯状疱疹を予防するにはどうするか。米国では以前から高力価の水痘ワクチンを帯状疱疹予防として使うように推奨していた。日本では、2016年から水痘ワクチンを「50歳以上の者に対する帯状疱疹予防」目的で使用できると明記されるようになった。このワクチン接種は任意接種なので、実際には50歳以下の方でも帯状疱疹予防の目的で接種しにくる方はたくさんいた。その後、2018年に乾燥組替え帯状疱疹サブユニットワクチンである『シングリックス』が日本国内で承認され、2020年1月から流通が始まった。このワクチンは2−6ヶ月の間隔をあけての2回接種が必要であるが、帯状疱疹の発症率を90−95%減少させることがわかっている。(水痘ワクチンの予防効果は50-60%だ)
ただ、注射部位がやや痛いのと、人によっては当日ないし翌日に発熱する方がいるので、日程調整をしておくことをお薦めしておく。値段はやや高めで1回25000円前後が多いと思う。発症リスクが高いとされる50歳以上の方に対して、帯状疱疹ワクチン任意接種の費用を補助してくれる自治体も多く出てきている。補助額は自治体ごとに異なり、新宿区のように患者負担額が1万の自治体もあれば、逆に補助額を1万円と設定している自治体もある。いずれにしてもうまく活用してほしい。
また今まで50歳以上に限定されていたが、今年6月から「帯状疱疹に罹患するリスクが高いと考えられる18歳以上の者」に対象が拡大された。50歳以下でも、免疫が低下する病気の人、免疫が下がる治療を受けている人、帯状疱疹が心配な人なども自費診療にはなるけれど、帯状疱疹予防ワクチンを接種することができる。帯状疱疹は、疼痛や皮膚病変、その後遺症などから、日常生活に非常に支障をきたす疾患である。機会があればぜひ予防接種を検討していただきたいと思う。
トップ写真:帯状疱疹ワクチン(イメージ ※本文とは直接関係ありません)出典:AndreyPopov/ Getty Images
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この記事を書いた人
濱木珠恵医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿院長
北海道大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿院長。国立国際医療センターにて研修後、虎の門病院、国立がんセンター中央病院にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。都立府中病院、都立墨東病院にて血液疾患の治療に従事したあと、2012年9月よりナビタスクリニック東中野院長、2016年4月より現職。専門は内科、血液内科、トラベルクリニック。自身も貧血であった経験を活かし、クリニックでは貧血外来や女性内科などで女性の健康をサポートしている。