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.社会  投稿日:2024/3/28

麻しん(はしか)の流行に備えるために(後編)


高橋謙造(帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授)

【まとめ】

MRワクチン2回接種を確実に受けているのは2000(平成12)年4月2日以降に生まれた人のみ。

・MMRワクチン、麻しんワクチンが自閉症と関連しているという説は完全に否定されている。

・インフルエンザもCOVID-19の流行もない今の時期がMRワクチン接種のチャンス。

 

前回の投稿においては、世界的に麻しんの流行が見られること、今後日本においても麻しんの流行が懸念されること、対策としては麻しんワクチンが有効なことを中心にお伝えしました。ワクチンの重要性をご理解いただくための補足情報として、今回の後編をお送りします。

1.日本には麻しんに対する十分な免疫を持たない世代がいる

前回の投稿で、成人の感染への懸念についてお伝えしましたが、「今の成人は、ワクチンで免疫をもっているのではないのか?」という疑念をお持ちになった方も多いと思います。しかし、実は免疫を十分に持たない世代がいるのです。

日本で世界標準のMRワクチン(麻しん、風疹混合ワクチン)の2回接種が徹底されたのは、2006年6月以降です。

この2回接種の恩恵を確実に受けている世代は、2000(平成12)年4月2日以降に生まれた方たちのみです。

1990年4月2日から2000年4月1日生まれの世代の方々は、5年間の特例措置として2回目の接種が推奨されたので、もしかすると2回接種を受けていた可能性もあります。母子健康手帳を確認するようにしてみてください。

また、1972年10月1日から1990年4月1日生まれの方たちは、1回接種のみしか受けていた機会がなかった方たちであり、1972年9月以前に生まれている方たちはワクチンを全く受けていない可能性があります。

年齢でみる不足している可能性があるワクチン(キャッチアップスケジュール)

1970年代から80年代には、日本国中で麻しんは普通に流行していたとのことではありますが、今までに全く麻しんの流行を経験せず(つまり麻しんに対する免疫を持たずに)に成人に達している人口がどの程度存在するのかに関しての推計がありませんので、不安を感じた場合にはワクチンを接種した方がいいということになります。もし、過去に実際に感染し、十分な免疫を持っているかどうかを確認したい場合には、血液検査(抗体検査)によって調べることも可能ですし、仮に免疫を持っていたとして、ワクチンを接種してしまっても副反応が増強することもありません。

2.麻疹ワクチンは接種1回だけでも、95%の免疫が得られる

前回からの繰り返しになりますが、麻しんワクチンは1回の接種だけでも接種対象者の95%に対して免疫が定着します。これは、インフルエンザワクチン等の効果と比較しても、非常に高いものです。しかし、逆に言えば、対象者のうち5%の人は免疫獲得から漏れることになります。そのため、2回接種が世界標準になっているのです。2回接種後の免疫獲得率は、低く見積もっても98%と言われています。また、一回目接種の免疫が低下しつつある方でも、2回目接種で免疫力が更に向上しますので、万全の備えとなるのです。

3.麻しんワクチンは自閉症を増加させる?

結論から言いますと、麻しんワクチンによって自閉症が増加するという知見は完全に否定されています。ちょっと長くなりますが、その全貌をまとめます。

そもそものきっかけは、1998年に英国の一流医学誌『ランセット』誌にアンドリュー・ウエイクフィールド(AW)という医師の論文が掲載されたことに端を発しています。この論文では、自閉症の発病にMMRワクチン(麻しん、風疹、おたふくかぜワクチン:日本ではMMRワクチンは現在入手できません)が関連している可能性があるという仮説を提示しています。この論文の問題提起を受けて、英国でも最も権威のある王立医学協会等が緊急調査を行い、「MMRワクチンの導入後に自閉症の増加は見られない」という結論を発表しました。

当時の英首相が、自分の子どもに率先してMMRワクチンを接種し、安全性をアピールしたのは印象的でした。「MMRワクチンの接種率が低下することは公衆衛生上の緊急事態である。」というのが英国政府の姿勢だったのでしょう。その後に、この論文にはデータねつ造が指摘され、さらに、この研究にワクチンに反対する団体から研究費の支給がされていたこともわかりました。

その後も調査は続き、2010年になって『ランセット』誌による論文の全面的削除が決定されました。この論文は、以下で撤回論文(Retracted Article)として掲載されています。

RETRACTED: Ileal-lymphoid-nodular hyperplasia, non-specific colitis, and pervasive developmental disorder in children – The Lancet

その後、英国医療観察委員会(General Medical Council)は、子どもに対する不要な脊髄穿刺や大腸内視鏡検査を行い、根拠のない仮説を提唱したとしてAW氏の医師登録を抹消しました。

4.ワクチン添加物が自閉症の原因であるという説も否定されている

反ワクチングループはAW論文への反論があってもまだ引き下がらずに、一部のワクチンに添加されているチメロサールの自閉症原因説を唱えました。

また、2001年には、「自閉症:水銀中毒の新しい形」という論文を『Medical Hypotheses』誌に発表しました。この学術誌は、実験等による根拠データがなくとも、理論的に筋が通った仮説であれば掲載する、という方針の雑誌です。あくまでも仮説として、水銀中毒と自閉症の増加を結びつけた論文でした。

Autism: a novel form of mercury poisoning – ScienceDirect

この論文には欧米諸国が反応し、チメロサールと自閉症の間には、関連が認められないという論文が2003年から2006年にかけてスウェーデン、デンマーク、カナダ、米国、英国等から発表されました。

そもそも論として、チメロサールは不活化ワクチンに添加されるもので、MMRワクチンのような生ワクチンには含まれていないのです。したがって、MMRワクチンに水銀が含まれていて害になる、という事自体が論外なのです。

以上より、MMRワクチン、麻しんワクチンが自閉症と関連しているという説は完全に否定されているのです。自閉症のお子さんがいらっしゃるママ・パパも、安心してお子さんにMRワクチンを接種して、お子さんを麻しんから守ってあげてください。

5.麻疹ワクチン接種するより自然感染の方が安全?

国内で発信している反ワクチンの方々は、「ワクチンは人工的に作られた異物なので、自然に軽く感染させた方が、終生免疫が付くので安全である。」と主張します。しかし、この主張は本当でしょうか?

まず、「軽く感染させる」とはどういうことでしょうか?この論を主張する方々に聞いてみると、「症状を軽く済ませる。」、「ちょっとだけ感染させる」などと言います。しかし、麻しんに感染すれば、発熱は判で押したように1週間から10日は続きます。

季節性インフルエンザであれば5日間ですから、それよりも長い期間発熱します。「軽く済ませる」ような医学的手法は残念ながらありません。私は過去に200人近い麻しん感染患者さんに接して来ました。その経験から言えるのは、自然感染してしまって、合併症を生じる可能性は低くはないということです。このように「軽く感染させる」というのは耳障りのいい言葉ですが、根拠のないトンデモ論です。

むしろ、ワクチン接種こそが「軽くかからせる」ことになると言えます。実際に、MRワクチン接種後5-10日後に、約2割の人が発熱生じます。 38℃以上の高熱となったりもし、発熱と同時期 に数%の頻度で発疹が出ること がありますが、いずれも2~3日で 安定します。まさに、「麻しんに軽く感染させる」ことで、本当の麻しん感染を防ぐことができるのです。

この「軽くかからせる」話については、ママ医師である相川晴(HAL)先生が上手に例えています。以下のブログの一部を『』で引用します。私は膝をたたきながら読んでしまいました。

https://halproject01.blogspot.com/2016/09/blog-post_55.html?m=1&fbclid=IwAR28JjkSlskeNFjRm8v3vrzOtk3WaCEDDoU7Fj7txAh-Z99hiVC9rblB_Z4#google_vignette

『そうだ、わざとはしかのウイルスを弱らせて、軽く軽くはしかにかかれるようにしたら、もう「はしかパーティ」なんてしなくていいんじゃないか?

そう、それが「麻しんワクチン」なんです!

自然のはしかのウイルスのおそろし〜い毒性を、ごっそりと取り除いてしまうんです。はしかウイルスのデトックス……!

そして、デトックスしたはしかのウイルスを、鶏の卵を使って、じっくりじっくり時間をかけて熟成させて、他のばいきんが入らないようにきれいに小分けにして、、、

ついに「麻しんワクチン」が完成!』

6.ワクチンはいつ接種すればいい?

ここまでで、麻しんワクチンを含むMRワクチンは非常に効果的で安全であることがわかったかと思います。では、いつ接種すればいいでしょうか?この回答は、「今でしょ!」です。

根拠としては、麻しんの感染拡大がいつ生ずるかは予測が不可能な状況において、MRワクチンは接種後2週間で麻しん抗体価の上昇(感染予防力を示します)がみられるからです。

小さなお子さんと一緒の親御さんであれば、1歳過ぎたら、お誕生日プレゼントとしてMRワクチンを接種しましょう。

本当に心配な場合には、生後6ヶ月以降であれば、自費になりますが接種は可能ですので、かかりつけの先生に相談しましょう。

また、特に不特定多数のお客さんと接する接客業の方は、成人であっても接種をおすすめします。例えば、空港や鉄道駅の売店の職員さんなども含まれます。

更に、生ワクチンであるMRワクチンは妊婦さんには接種できません。ですから、妊娠を予定している方にもぜひ、妊娠前にワクチン接種をおすすめしたいです。

欧米での麻しん流行は、COVID-19の影響によるワクチン接種率の低下が原因であったようです。

日本では、COVID-19流行期間中のMRワクチンの大きな接種率低下はなかったものの、インフルエンザもCOVID-19の流行もない今の時期がMRワクチン接種のチャンスです。

前編はこちら)

トップ写真:麻疹が流行したニュージーランドで、ワクチンを打つ医師(2019年9月10日 ニュージーランド・オークランド ※本文と直接関係はありません)出典:Fiona Goodall/Getty Images




この記事を書いた人
高橋謙造帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授

1966年生まれ。兵庫県出身。福島県立磐城高等学校を経て、1994年(平成6年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で小児科研修の後、徳之島徳洲会病院小児科、千葉西総合病院小児科、順天堂大学公衆衛生学教室助手、厚生労働省大臣官房国際課、国立国際医療研究センター国際協力局等を経て、2017年より現職。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は小児科学、国際地域保健学、国際母子保健学、感染症政策等。

高橋謙造

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