麻しん(はしか)の流行に備えるために(前編)
高橋謙造(帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授)
【まとめ】
・世界では、麻しん(はしか)の流行が起きている。
・感染すればほぼ100%麻しんを発症してしまう。
・麻しんワクチンを接種した覚えがない人には積極的に受けることをおすすめする。
今、世界では、麻しん(はしか)の流行が起こっています。
「コロナみたいなことにはならないだろう。昔からある病気に騒ぎすぎだ。」という声も聞こえますが、麻しんの流行可能性に医療業界は戦々恐々としています。
麻しんが流行すると、肺炎、脳炎等の重症化や死亡例が生ずる可能性があります。決して子どもの病気ではなく、成人でも重症化、死亡例はあります。また、麻しんは感染力が強く(飛沫感染、空気感染も生じます!)、十分な隔離が出来ないと、院内で感染が拡大してしまう可能性もあります。
1.麻しんはやっかいな感染症
麻しんの発熱初期には、麻しんの診断を付けることができません。
麻しんの初期症状としては、38度程度の発熱、鼻汁、咳などの症状のみです。麻しんに特異的に現れると言われているコプリック斑という白い斑点(麻しんを疑う決め手の一つになります)も、発熱初期には出現しません。つまり、単なる風邪と診断されてしまう可能性が高いのです。そもそも麻しんの可能性を疑ってかからないと診断は付きません。疑うことができさえすれば、発熱初期でもPCR検査等で確定診断をつけることができるのですが。
2.なぜ、我々医療者が、戦々恐々とするのか?
理由は2つあります。感染拡大が容易に生じてしまう可能性と、そもそも診断がつけられない可能性です。
1つ目は、もし、一人麻しんの患者さんが受診して来た場合に、周囲に十分な免疫を持たない人が10人いたなら、そのうち9人の人が麻しんウイルスに感染します。そして、感染すればほぼ100%麻しんを発症してしまうのです。ということは、麻しん患者さん一人の受診によって、医療施設が感染源となってしまう可能性があるのです。
実際に、1999年から2001年にかけての麻しん大流行時には、院内感染した麻しんの方がたくさんいました。流行の主体が2つあって、1歳以下の児と成人にピークがありました。成人で感染して、具合が悪く受診した人が外来の待ち時間にウイルスを撒き散らし、その場にいた免疫のない児に感染させました。また、感染した児が発熱して小児科外来等を受診する結果、ここでもウイルスの伝播が生じます。当時は1歳台でもワクチン接種前の児がたくさん感染していました。また、1歳未満のそもそも接種対象になる前の児も、やはり感染していました。
また、2つ目の理由、診断がつけられない可能性に関しては、多くの医療者が麻しんを診断した経験がないことが理由にあります。流行の時期に臨床医を経験していた医師なら、麻しんの診断は決して難しいことではありません。しかし、麻しん患者の診療経験がない若手医師には難しいことは間違いがありません。
3.流行は生じうるのか?
2016年に生じた麻しんの流行では、MRICで記事を掲載していただきました。
この時には、空港を起点として感染拡大が生じました。
Vol.204 麻しん(はしか)対策:妊婦さんにも、子どもにも感染させない!( http://medg.jp/mt/?p=7001 )
この時と全く同じような状況が、また再現されてしまう懸念があるのです。
世界では中央アジアを含む欧州地域等での流行が見られ、米国CDC(Center for Disease Control)では、現在の状況を「世界的麻しんのアウトブレイク(Global Measles Outbreaks)」であると警告を発しています。
つまり、世界各地で麻しん患者が発生しているため、麻しん感染した人たちが国内に麻しんウイルスを持ち込んで来る可能性があるのです。実際に、2024年3月11日時点までに日本で確認された患者11人のうち8人までが、関西国際空港に到着した国際線の乗客でした。
はしかの感染拡大懸念 海外で流行、国内患者は11人―専門家「ワクチン接種が重要」
もし、麻しんウイルスが海外から持ち込まれたとしたら。そして、上で述べたように医療機関でウイルスが拡散されてしまったとしたら。十分に懸念される事態なのです。
4.予防にはワクチンが決め手!
麻しんには有効な治療薬がなく、ただただ、重症化しないように、サポート療法を行う以外にありません。医療施設に入院した成人の麻しん患者さんの親族からは、「本当に大丈夫か?命に関わるのではないか?」と再三質問される医師がいたほど重症感が強いです。
しかし、予防策に関しては、ワクチンという最強の武器があります。麻しんワクチン(現在流通しているのは麻しん風疹(MR)ワクチンのみです)は、一回接種するだけで約95%の人に免疫が付きます。約5%の人に免疫獲得漏れが生ずるため、2回接種するのが世界標準になっています。一方、自然感染してしまえば終生免疫が付きます。つまり二度と麻しんにはかからないのです。しかし、その代わりに、重い症状に苦しみ(特に成人は重症感が強いです)、さらには周囲にウイルスを播種してしまうことにもなります。
もし、「お前は、過去にはしかにかかっているから、心配ない。」と親に言われたとしても、信用しないことです。それは、水痘(みずぼうそう)に感染したエピソードを、麻しんに感染したと勘違いしているケースが時たまあるからです。
「水ぶくれがたくさんできて、最後に黒いかさぶたになった。」という話であれば、まちがいなく水痘感染です。麻しん=発疹というイメージが強い人ほど、水痘の記憶とごちゃまぜになっているようです。
もし、麻しんワクチンを接種した覚えがない方がいたら、成人であっても積極的にワクチンを受けることをおすすめします。特に空港や交通機関関係で働く方はワクチン接種をおすすめします。
(後編につづく)
トップ写真:イメージ(本文と直接の関係はありません)出典:Singjai20/GettyImages
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この記事を書いた人
高橋謙造帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授
1966年生まれ。兵庫県出身。福島県立磐城高等学校を経て、1994年(平成6年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で小児科研修の後、徳之島徳洲会病院小児科、千葉西総合病院小児科、順天堂大学公衆衛生学教室助手、厚生労働省大臣官房国際課、国立国際医療研究センター国際協力局等を経て、2017年より現職。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は小児科学、国際地域保健学、国際母子保健学、感染症政策等。