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.国際  投稿日:2023/9/6

習近平、G20に出席できない理由


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#36

2023年9月4-10日

【まとめ】

・習近平、内憂外患でG20に出席どころではないのではないか。

・過去30年高度経済成長を享受してきた中国でも成長率低下始まる。

・中国国民は閉塞感を強め、共産党への信頼が揺らぐ可能性すらある。

 

今週月曜日はアメリカのレイバーデーで休日となる。先週お休みを頂いた「欧米から見た今週の世界の動き」は今週もお休みとなる。ご容赦願いたい。

さて、筆者の今週の関心事はやはりASEAN首脳会議からG20首脳会議へと続く一連の主要国首脳外交の行方だ。先ほど中国外交部は「習近平国家主席がG20には出席しない」と発表したらしい。過去10年間必ず自ら出席してきただけに、習国家の欠席は、各国政府・メディアとも、かなりの驚きだったのではないか。

でも何故、出席しないのか。いや、出席「できない」のではないか。

内憂外患」で出席どころではない、というのが筆者の見立てだ。今中国経済は低迷している。その理由は、輸出の減少、不動産市場の低迷、個人消費の回復力欠如、過剰債務問題など。コロナ禍流行が峠を越えても、中国経済は簡単には再生しそうにない。

問題は経済というよりも、むしろ社会政治的なものである。過去30年間高度経済成長を享受してきた中国でも、ついに成長率の低下が始まった。しかも、人口はこれ以上増えない。されば、これまでのような経済成長も、生産の増大も、消費の拡大、雇用の拡大も今後は期待できないだろう。

このままでは中国国民は閉塞感を一層強め、共産党への信頼が揺らぐ可能性すらあるのでは・・・。しかも、中国では森羅万象が「政治化」されており、政治、経済、社会の重要決定は習国家主席にしか下せない。こんな状態でG20に出席しても国際的に面子を潰されるのがオチだから、内心は恐らく「行きたくない」のだろう。

経済悪化で最も打撃を受けるのが少数民族だ。習国家主席は先週BRICS首脳会合の帰路、何とウイグル自治区に立ち寄った。同地訪問は過去二年間で二度目、新疆で何かが起きていると考えるのは意地の悪い妄想だろうか。前回書いた通り、特に驚いたのは習主席が再び言及した「イスラム教の中国化」なる概念である。

預言者ムハンマドの言葉をまとめたコーランはアラビア語で書かれているが、イスラム教には「国籍」などない。イスラム教は一神教であり、その宗教の教義や神学などを「中国化」するという発想自体、中国共産党の指導部が「イスラム教」を理解できていない証拠だろう。

一神教の本質は、被造物たる人間と絶対神との契約であり、その内容は普遍的なものだ。この神との契約から生まれたキリスト教とイスラム教は、基本的に世界共通であり、特定の国家に従属することはない。21世紀の世界でイスラム教を「特定の国家のオリエンテーションに変質させる」ことなど、そもそも不可能なのだ。

こう考えれば、先週書いた通り、今回の日本に対する「非科学的」批判もイスラム教の「中国化」政策も、コロナ後の中国社会で高まりつつある「共産党失政」への民衆の不満を逸らすため、としか思えない。今後とも、中国国内の動向には目が離せないだろう。国内の不安定は中国自身だけでなく、世界全体にとって有害である。

〇アジア 

今週のASEAN首脳会議では南シナ海問題が議論され、一部加盟国は中国が最近公表した領土・領海を示す新地図につき問題提起する方針だという。それにしても、多くの国を敵に回すような地図をなぜわざわざ首脳会議直前に発表するのか。そうした圧力が逆効果になることを中国共産党の幹部はなぜ分からないのだろうか。

〇欧州・ロシア

トルコ大統領がロシア南部ソチを訪れプーチン大統領と会談し、ウクライナ産穀物の黒海経由輸出合意への復帰を直接働きかけたらしいが、結果は不調だった。7月にロシアが同合意から離脱して以来、ロシアの強硬姿勢は変わらない、というか、ロシア側も相当切羽詰まっているのではなかろうか。

〇中東

中東訪問中の林芳正外相にヨルダン副首相兼外務・移民相が福島第一の処理水について、「日本が国際的基準を順守して実施していくことを信頼している」と述べたそうだ。当然ではあるが、先代のフセイン国王の時代からヨルダンは良識の国だと思う。こんな話を聞くたびに如何に中国が理不尽な国か良く分かる、ということだろう。

〇南北アメリカ

米紙WSJの世論調査では、今年既に4度起訴されているトランプ氏が大統領選の最有力候補と見る共和党有権者が4月の48%から59%に増えたという。起訴でトランプ氏に投票する可能性が高まったとする人は48%だそうだ。「極端な候補者は予備選で勝っても本選では負ける」というジンクスはトランプには通用しないようだ。

〇インド亜大陸 

特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:大クレムリン宮殿での調印式で演説する中国の習近平国家主席( 2023年3月21日 ロシア・モスクワ)出典:Contributor/Getty Image




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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