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.国際  投稿日:2023/9/24

習近平政権の外交的誤算と台湾海峡危機


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

・米国ハドソン研究所、中国共産党が「米国の覇権主義」に対抗できると過信していると指摘。

・米国は、基本的な政治体制や価値観で大多数の国に認められている。

・印は、中台戦争が起きた時、取り得る行動について調査を行っている。

 

米国ハドソン研究所の中国研究センター所長は、中国系アメリカ人学者、余茂春米国海軍兵学校教授である。余は次のように喝破(a)した。

中国共産党の国際情勢に対する最大の誤算は、「米国の覇権主義」に対抗できるという過信である。同党の世界戦略の基調は、「米国の覇権主義」に反対し、アメリカが主導する既存の自由世界秩序を全面的に攻撃することにある。

中国共産党は、アジア太平洋地域では上海協力機構(SCO)、世界的にはBRICS、東欧・中欧では17+1経済貿易圏を形成する。他方、北京は「一帯一路」によって、世界的な「反米同盟」を構築しようとしている。これは、国際情勢に対する誤算と奇抜な発想に基づいた“誤った戦略”である。

確かに、世界には米国を好ましく思わない国が少なくない。だが、だからと言って、そういう国々が中国共産党と結託して世界的な「反米同盟」を組織する意志と能力を持っていない。米国は、基本的な政治体制や価値観という点で、世界の大多数の国々に認められている。

北京は、BRICSや上海協力機構の中で、インドも強い反米感情や反欧米という特別な歴史や政治的伝統を共有するようだと感じている。そこで、習近平政権は、インドを上海協力機構とBRICSに引き入れた。

しかし、インドはどの国よりも中国への反感が強く、北京がニューデリーを引き込んだ事が、むしろ両組織の中で最も大きな障害になっている。

さて、今年8月28日、中国天然資源部は毎年恒例の「国家測量地図法啓発デー」を開催し、2023年版の標準地図879枚を発表(b)したが、そのうち6枚が中国領土に関するモノだった。中国の新しい公式地図が発表されたことで、インドを含む領土主権を争う複数の国から抗議が寄せられている。

ニューデリーは中国の地図が“根拠のなく”インドの領土を覆っていると主張している。だが、北京は「法に従って主権を行使している」と反論し、インド側に「客観的かつ冷静に見る」よう要求した。

地図が対象となる紛争地域は、主にパキスタンが関与するカシミール地方と、中国が南チベットと呼ぶアルナーチャル・プラデーシュ州である(その他、アクサイチンなど)。これらの地域をめぐる中印の主権争いは何十年も続いており、両国関係の宿痾となっている。

同時に、この地図には、中国が長年主張してきた南シナ海の「九段線」に台湾の全領土を加えた「十段線」も含まれており、フィリピン、マレーシア、台湾は不満を表明している。また、インドネシアは国際法に従って線を引くよう要求した。

けれども、このような習近平政権の(魯迅『阿Q正伝』に記された)「精神的勝利法」は、北京の己だけの楽しみで地図を描き、隣国を激怒(c)させている。

実は、インド政府高官は、米国が内々にインドに対し 「仮に、中国が台湾を侵略したら貴国はどうするのか」と尋ねてきたという。目下、インドは可能な対応策を検討している。

2ヶ月ほど前、インド国防省のアニル・チャウハン参謀総長が、米国とその同盟国を巻き込む台湾海峡での戦争の影響と、それに対し、インドが取り得る行動について調査を行ったことを明らかにした。

これは合理的な軍事的シミュレーションである。もし、習政権が台湾海峡で全力投球し、各国連合軍が東南沿海に集結すれば、インドはほとんど無防備な中国国境で、機に乗じて紛争地域を掌握するのは当然のことだろう。

台湾海峡危機が起きた場合、インド軍が考案した選択肢の1つは、インドは後方支援のハブとして機能し、同盟国の航空機や船舶の修理やメンテナンス、中国に抵抗する部隊への食料、燃料、医療機器の提供を行うというものである。

もう1つの選択肢は、より過激なシナリオで、中印国境に沿って新たな戦端を開き、中国が東西両面で戦うことで、インドが“中台戦争”(あるいは“米中戦争”)に「直接介入」する。

インド軍は政府高官からこの計画をできるだけ早く完成させるよう命じられている。評価結果は、モディ首相や他の政治指導者の意思決定に反映されるだろう。

ところで、現在、人民解放軍内には戦争への恐怖心が強く、ロケット軍の一部には習主席に従軍することを嫌がる者もいる(d)という。この時期、主席が「腐敗」を理由に、ロケット軍を一掃する真の狙いは、台湾海峡で重要な戦闘部隊を“自分の言いなり”にさせることにあるのではないか。

 

〔注〕

(a)『中国瞭望』「余茂春:二つの大きな誤算が中国共産党を迷わせる」(2023年9月19日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/09/19/2649767.html)

(b)『BBC中文』「中印紛争と地図紛争:数十年に及ぶ龍と象の境界紛争」(2023年9月1日付)

(https://www.bbc.com/zhongwen/simp/world-66684009)

(c)『中国瞭望』「杭州は卞州だ。 習近平は国が滅びつつあることを知らない」(2023年9月19日付)

(https://news.creaders.net/china/2023/09/19/2649932.html)

(d)『万維ビデオ』「習近平はロケット軍の収拾を反腐敗で一掃するのか、それとも彼らに戦いを強いるのか?」(2023年7月30日付)

(https://video.creaders.net/2023/07/30/2631887.html)

トップ写真:BRICSサミットにて 習近平中国国家主席(左から2人目)とモディインド首相(右から2人目) 2023年8月24日南アフリカ・ヨハネスブルグ 出典:Photo by Per-Anders Pettersson/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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