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.国際  投稿日:2023/9/8

比司法長官が南シナ海問題で中国に警告 国際法遵守できないなら国連脱退せよ


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比、中国に「国連を脱退せよ」と強い主張を展開

・中国の「2023年標準国土地図」も周辺国の猛反発を招く。

・ASEAN首脳会議、G20会議の習主席の欠席はASEAN諸国やインドからの反発を回避する狙いか。

 

フィリピンのクリスピン・レムア司法長官は9月5日、南シナ海で一方的な主張や活動を続ける中国に対して「国連海洋法条約(UNCLOS)などの国際法を遵守するべきである」と改めて求めるとともに「国際法が守れないなら国連を脱退するべきだ」との考えを明らかにした。

南シナ海南沙諸島のフィリピンの排他的経済水域(EEZ)で座礁船に兵士を駐留させて実効支配を続けるアユンギン礁へのフィリピンの補給任務に対する中国側の度重なる妨害行動に加えてフィリピンのEEZ、領海までも自国の領域であることを示す官製地図を作成して公表したこともフィリピンはじめ周辺国、関係国から一斉に非難を浴びている。

こうした最近の中国による一方的な自国の海洋権益の主張とそれに基づく行動が目に余ることからマルコス内閣の閣僚として「国連を脱退せよ」というこれまでにない強い主張を展開する事態になったのだ。

★軍事的対立、緊張は望まず

フェルディナンド・マルコス・ジュニア大統領は前任のドゥテルテ大統領の親中一辺倒の政策を2022年6月の大統領就任直後から見直し、経済面では中国による支援を受けながらも安全保障問題では米国に接近して同盟関係の強化を図って来た経緯がある。

マルコス政権は2023年4月に米比が2014年に合意した防衛協力強化協定(EDCA)に基づきフィリピン国内で米軍が利用可能な基地、拠点5カ所に新たに4カ所を追加した。

これは台湾有事とともに南シナ海(比名・西フィリピン海)での中国を牽制するもので、米政府によるフィリピンの安保問題への強い関心とコミットメントを象徴するものとなった。

しかしその後も中国による一方的な海洋権益の主張に基づくフィリピン沿岸警備隊巡視船やアユンギン礁へ向かう補給船などへのレーザー照射、放水、進路妨害が後を絶たない状況が続いていた。

★中国は国連を脱退するべきと主張

こうした事態にレムラ司法相は「中国は国連の加盟国である以上国際法である国連海洋法条約などを尊重し、何を尊重するか、何を尊重しないなどという選択はできない」としたうえで「国連海洋法条約は全ての国連加盟国によって認められた遵守すべき法である。中国は国連が求めた法を守れないのであれば国連を脱退する必要がある」と厳しく中国を批判したのだった。

フィリピンと中国は共に1982年採択、1992年発効の国連海洋法条約の署名国であることを踏まえて「国連加盟国として国際法を尊重するべきである」との基本的姿勢を強調、中国に法を守ることを求めたのだった。

この発言に対する中国側の公式反応はこれまでのところないものの、強く反発することが予想されている。

★仲裁裁判所の判断無視する中国

中国の国際法無視は常套手段で自らに不利あるいは都合の悪い法や判断はあれこれと難癖をつけて遵守しないのは珍しいことではない。

2014年に当時のベニグノ・アキノ大統領が南シナ海に中国が一方的に設定した「九段線」の主張が不当だとしてオランダ・ハーグの「常設仲裁裁判所(PCA)」に訴えを起こした。PCAは審理の末2016年に「九段線とその囲まれた海域に対する中国が主張してきた歴史的権利は国際法上の法的根拠がなく、国際法に違反する」との判断を下した。

しかし中国は「判断の背後に政治的影響がある」などと言いがかりをつけてPCGの判断を一切無視する姿勢を現在まで取り続けている。こうした中国の一方的で頑なな姿勢が今回レムラ司法相による国際海洋法を守らないことへの指摘になっているのだ。

フィリピンは南シナ海での中国の国際法無視の行動に対して外交的抗議をこれまでに400回以上行っている。しかし中国側は無視あるいは反論して耳を傾ける姿勢を一切示していない。

★新たな地図も反発招く

さらに8月28日に中国が発表した「2023年標準国土地図」が周辺国の猛反発を招いている。

地図では中国の領海、領土、主権が及ぶ範囲として南シナ海の大半が含まれ、これまで9本の破線で囲った「九段線」に1本加えて台湾を自国領土する「十段線」に拡張している。

自国の領土、EEZが中国の権益が及ぶ範囲として示されたフィリピン、マレーシア、ベトナム、インドネシア、台湾が猛烈に反発、受け入れを拒否する事態となっている。加えて領有権争いが残るインドと中国の国境地帯も中国領と記されたことにインドも抗議しているのだ。

5日からインドネシアで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳会議、そしてその後続くインドでのG20会議に中国の習近平主席は欠席を決めたがASEANメンバーやインドからの反発を回避する狙いもあったのではないかとも言われている。

トップ写真:外務省での記者会見中に、中国海警局の船がフィリピンの補給船に対して放水銃を使用する映像が放映された(2023年8月7日 フィリピン・マニラ)出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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