中国の対日糾弾はなぜ「贈り物」なのか
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米の中国専門家、「中国の日本水産物輸入禁止は日本への贈り物」と論評。
・中国の主張は科学的根拠がなく、あまりにも理不尽。日中の攻防の逆転のために絶好のチャンス。
・中国は、日米韓の防衛連携強化・台湾有事関与の不満を募らせ、経済不況の国民の不満をそらそうと計算している。
「中国の日本水産物輸入禁止は日本への贈り物」――
えっと、思わず驚かされるような論評がワシントンで出たことを報告しておこう。主題はもちろん東京電力福島第1原子力発電所からの処理水の海洋放出に対する中国政府の反応である。国際的にも安全性が証明された日本の処理水に対して、世界でもほぼ唯一、中国政府が「汚染水」だと断じて、日本の水産物すべてをボイコットする。こんな動きは日本に被害をもたらし、水産業を傷つけるというのが、現実だろう。
ところがアメリカ側の中国問題専門家からはその中国の措置を日本にとっての「ギフト(贈り物)」だと評する意見がまじめに表明されたのだった。なぜそうなのか。
日中関係をいま緊迫させる最大課題は福島第1原発処理水の放出への中国の糾弾であるという認識には反対はそうないだろう。表面だけみれば、正面から衝突する、白か黒かの日中両国政府の主張は他の第三国からはどうみられるのか。まず気にはるのは超大国のアメリカの反応である。
この点、アメリカの政府や議会という公的機関が日本の態度を全面支持していることはすでに明確となった。だがアメリカ側で中国の動向を詳しく追う専門家たちはどうなのか。ワシントンで何人かのそうした専門家たちに見解を尋ねてみた。
「今回の中国の措置は冗談ではなく日本への贈り物(ギフト)です」―こんな論評をしたのは中国の軍事戦略や対日政策を研究する日系アメリカ人学者のトシ・ヨシハラ氏だった。
アメリカ海軍大学で中国学の教授を長年、務め、いまはワシントンの大手研究機関の戦略予算評価センター(CSBA)に所属して活動するヨシハラ氏は全米でも有数の中国研究者である。中国の軍事戦略、とくに海洋政策を中心に外交や対外政策全般をも専門に分析し、歴代政権への政策提言などをしてきた。
そのヨシハラ氏が中国の今回の主張には科学的根拠がなく、あまりに理不尽なことが国際的にも明白だから日本側が攻勢に出て、中国の日本やその他の周辺国への年来の無法な言動を正す好機にできる、というのだった。日中の攻防の逆転のために絶好のチャンスだから、贈り物だともいえる、と指摘するのだ。
そのヨシハラ氏の主張の骨子は以下のようだった。
・まじめに考えても、今回の中国政府の態度ほど日本側の中国への警戒を健全な方向へ加速させる動きはないだろう。こんな理不尽な対応こそ中国による年来の日本の国益の侵害に対し、日本側の官民を結束させ、中国に反撃しようとする姿勢をほぼ決定的に強化する効果をもたらすと思う。
・日本は中国に対してこの日本糾弾がどれほど事実に反するか、そしてさらに中国こそが汚染水放出的な環境破壊の措置をどれほど多くとっているか、を指摘すべきだ。中国が日ごろ対外的な防火壁を設けて隠している環境破壊的なシステムの実態をあばくことも適切な対応だろう。
・日本はさらにこの機会に処理水の扱いに象徴される自国の日ごろの環境保護施策の透明性や開放性を国際的に広く伝えるべきだ。中国の施策とは対照的な実態を国際広報する好機だ。日本こそが国際社会での模範市民なのだと強調して、中国へのパワフルな発信とすべきだ。
・日本はこの機会に中国のこの種の不当な日本断罪は逆に中国自身にとって不利になり、苦痛をももたらすことを思い知らせるべきだ。同時に日本は国際舞台での活動を強め、名声を高めて、中国共産党首脳部に日本への今回のような措置をとることには慎重にさせるべきだ。
ヨシハラ氏はさらに中国の日本水産物ボイコットという不当な措置が日本側の官民の対中態度を硬化させ、中国共産党政権の真実の姿を認識させる効果があるとも指摘した。要するに中国の主張にこれほどの欠陥や非が明確な現状では日本が強い立場になった、ということだろう。確かに中国はこの案件では国際的に孤立し、日本国内の中国への反発は強固きわまりない。
なぜ中国がこんな動きに出るのかについては、ヨシハラ氏は共産党指導部が最近の日本の米韓両国との防衛連携の強化や台湾有事への関与の姿勢に不満を募らせていることと、中国内部での経済不況などへの一般国民の不満を日本叩きでそらそうと計算していること、という2点をあげるのだった。
(終わり)
トップ写真:海洋放出設備を視察する岸田首相(2023年8月20日)出典:首相官邸
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。