ナゴルノ・カラバフ問題、EUとアゼルバイジャン関係悪化
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2023#40
2023年10月2-8日
【まとめ】
・10月3日仏外相、アルメニア訪問。
・ナゴルノ・カラバフにおける大規模軍事衝突で、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフをほぼ制圧。
・アゼルバイジャンとEUの関係は既に悪化している。
先週から世界各地で大きな事件が続いているというのに、10月1日に帰国して心底驚いた。日本でのトップニュースは「某アイドル系芸能事務所の社名変更」だったのだから。筆者は芸能レポーターではないので立ち入ったコメントは慎みたいが、今回ほど世界と日本のマスメディアの「ギャップ」「格差」を痛感させられたことはない。
やはり、「日本にはジャーナリストがいない」と言ったNew York Times紙記者の友人は正しかったのか。それはさておき、いつもの通り、まずは欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。
10月3日火曜日仏外相、アルメニア訪問
【アゼルバイジャン西部のナゴルノ・カラバフは、アルメニア正教のアルメニア人(多数派)とイスラム・トルコ系アゼルバイジャン人が暮らす、元々はイラン領だった。その後同地はロシア帝国に編入され、ロシア革命後に独立したアルメニアとアゼルバイジャンは結局ソ連に編入されたが、当時からナゴルノ・カラバフの帰属は常に問題となっていた。91年に両国はソ連から独立するが、アルメニアの支援を受けたナゴルノ・カラバフも「アルツァフ共和国」として独立を宣言したため、ソ連末期に始まった同地での流血騒乱はその後も長く続いた。今回は二度目の大規模軍事衝突だが、アゼルバイジャンがナゴルノ・カラバフをほぼ制圧したため、地域の戦略バランスは急変しつつある。それにしても、相変わらず、フランスは素早い動きを示しているなぁ。】
ロシア外相、アブハジア・南オセチアの指導者と会談
【アブハジア・南オセチアといえば、ロシアがジョージアから奪った土地であるが、アゼルバイジャンによるナゴルノ・カラバフ制圧後、こうした会合が開かれるのは決して偶然ではなかろう。】
欧州議会、ナゴルノ・カラバフ問題を審議
【欧州諸国が関心を持つのは当然だろうが、欧州議会は本年4月にアゼルバイジャンを非難する決議を採択し、アゼルバイジャン側もこれに激しく反発したため、アゼルバイジャンとEUの関係は既に悪化している。今後欧州はどう対応するのだろうか。】
10月4日水曜日 OPEC+石油相、合同モニタリング委員会会合
【OPEC+の事務局長は今後も需要の増大で石油価格は高止まりするだろうと述べたそうだ。だが、需要増大以上に、サウジの減産等も油価高騰の理由ではないのか。サウジアラビアの国家予算は今後赤字となる見込みだそうだから、当分1バレル当たり100ドルは覚悟しなければならないのかなぁ・・・。】
メキシコ、米国と治安問題高級事務レベル会合を開催
【バイデン政権にとって不法移民問題は頭痛の種だが、これで問題が解決するとは思えない。】
10月5日木曜日 IMFトップが政策演説
アルメニア首相とアゼルバイジャン大統領が五者協議に参加
【ナゴルノ・カラバフ問題を議論する五者協議は、アルメニア、アゼルバイジャン、欧州委員会、独仏の五者による協議で、本年6月にモルドバで開かれたが当時は決裂している。今回はアゼルバイジャンによる制圧後の初の会議となるが、成果は未知数としか言いようがない。】
10月6日金曜日 インド中銀、政策金利を発表
10月8日日曜日 ルクセンブルグ議会選挙
アルゼンチン大統領選、討論会
ドイツで州レベル選挙実施
なお、今回の「南欧」旅行で考えたことは、今週の産経新聞WorldWatchとJapanTimesのコラムに書いたのでご一読願いたい。
〇アジア
2日からフィリピン・米海軍が、ルソン島南部沖で12日間にわたり、海上自衛隊を含む過去最多9か国の合同演習を実施する。南シナ海進出を活発化させる中国が念頭にあるのだろうが、それにしても、フィリピンは、デュテルテ前大統領時代とは異なり、対中関係では「吹っ切れた」のだろうか、以前とはまるで違う動きに見える。
〇欧州・ロシア
先月末のスロバキア議会選挙で、ウクライナへの軍事支援の停止とロシアへの制裁に反対する元首相率いる左派野党が得票率で第一党になった。但し、単独過半数ではないため、今後の連立の行方に注目だ。これがスロバキア特有の現象なのか、それとも今後東欧に「ウクライナ支援疲れ」が更に波及していくのか、が気になる。
〇中東
イラクで100人以上が死亡した結婚式披露宴での火災で消息が分からなかった新郎新婦が助かっていたそうだ。「不幸中の幸い」と言っても二人には響かないだろう。イラクは外務省時代に2回も赴任した辛い思い出の多い国だが、戦争や内戦が終わっても、まだイラク人の受難は続くのだろうか。とても悲しい気持ちになる。
〇南北アメリカ
米下院共和党保守強硬派が、民主党と組んで米政府機関閉鎖を土壇場で回避したマッカーシー下院議長の解任動議を提出した。トランプ前大統領は自社資産過大評価による不当利益で提訴され、ニューヨーク州司法当局から日本円で370億円の返還などを求められている。共和党のまともな連中はどこへ行ったのか?彼らに日本のジャニーズ事件は笑えないだろう。
〇インド亜大陸
上記以外に特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:ナゴルノ・カラバフから逃れたNGOから人道援助を受けるアルメニア人 2023年10月1日、アルメニア・ゴリス
出典:Photo by Astrig Agopian/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

