北京による民間企業への唐突なアピール
澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)
【まとめ】
・中国共産党と国務院、民間経済活性化11の文書発表。
・習政権、経済落ち込み食い止めようと必死。
・中国経済、習主席の「個人的嗜好」で衰退。
今年(2023年)7月19日、中国共産党中央委員会と国務院は民間経済を活性化するため11の文書を連続して発表(a)した。その内容の一部は以下の通りである。
中央政府は、民間企業が自主的に雇用を拡大し、賃金分配を改善することで、従業員が企業の発展成果を享受する水準を高める。また、民間企業が中部、西部、東北部の労働集約型製造業、設備製造業、エコ産業に投資することを支援する。
他方、政府は民間企業のカーボンニュートラル推進を支援する。また、炭素削減技術・サービスを提供し、再生可能エネルギー発電とエネルギー貯蔵のため投資を増やし、炭素排出権とエネルギー使用権取引の参加を支援する。
政府は民間企業がインフラ建設を全面的に参加することを支持し、民間資本が新都市、交通、水利などの大型プロジェクトや弱点を埋める分野の建設へ参加するよう指導する。
また、民間企業が自らの実情に基づき、積極的に核心部品やハイエンド製造品の設計・開発方面に進出することを支持し、ブランド構築を強化し、「メイド・イン・チャイナ」の評判を高める。
政府は民間企業が海外事業を拡大し、「一帯一路」建設に積極的に参加するよう奨励する。また、民間企業が海外プロジェクトへ参加し、現地の法規を遵守して社会的責任を果たすよう推奨する。
さて、これが専門家やネットユーザーの間で様々な議論を呼んでいる(b)。
今回、北京が文書を発表した背景には、(1)中国GDPのマイナス成長、(2)若者の失業率の高さ、(3)外資導入率の低さ、といった危機的状況から中国を救うためと考えられよう。習政権は、中国経済のこれ以上の落ち込みを何とか食い止めるようと必死になっている。
しかし、このような“付け焼き刃”的手法で、果たして中国経済が復活するのだろうか。
実は、中国経済が低迷していた2018年、習近平主席はすでに民間企業に関するフォーラムを開催し、民間企業の発展を揺るぎなく奨励・支援する必要性を強調した。
ところが、実際には、習政権はそれとは全く反対の毛沢東時代へと回帰している。すなわち「改革・開放」政策を放棄し、計画経済を導入し始めた。
独立評論家の蔡慎坤によれば、近年、中国の「国進民退」(国有セクターの伸長と民間セクターの後退)は、正常な市場経済を損ない、民間企業の利益を損ない、民間企業家の決意さえも揺るがしているという。
また、蔡慎坤は国有企業が民衆に与える最大の害悪は、市場を独占し略奪・蓄財することであり、その代価を払うのは国民一人ひとりだと分析する。
早速、テンセントの馬化騰が、習政権の「31ヶ条」支持を表明(c)した。もし、馬化騰がこの方針を支持しなければ、北京から嫌がらせを受けると考えたのではないだろうか。
ところで、中国経済は、習主席の「個人的嗜好」で、衰退の一途を辿っている観がある。
第1に、コロナ流行中、習主席はお気に入りの「ゼロコロナ政策」を実行したが、その効果には大きな疑問符が付いた。
周知の如く、中国では、異様なまでの厳格なPCR検査とロックダウンが行われている。特に、大都市の北京市、上海市、広東省等では規制が厳しかった。そのため、人とモノの自由な移動が制限されたので、経済が回らなくなっている。
一方、地方政府はPCR検査とロックダウン実施のコストで大きな負債を抱えた。結局、昨年12月上旬、李強らが習主席を押し切って「ゼロコロナ政策」をやめている。
第2に、習主席は国有企業を優先し、民間企業には冷徹に接した。
北京はアリババをはじめとする新興のIT産業に対し、冷酷な態度を取っている。同産業からは「共同富裕」という名で寄付を強要した。他方、ゲーム業界や教育産業界へも干渉し、その発展を阻害している。
したがって、今回、習政権が突如「31条」で、様々な形での民間企業支援を謳っても、どれほどの経済人がそれに納得し、発奮するだろうか。
第3に、李克強が首相時代に「屋台経済」を提唱したが、習主席に封じられた。李強首相が前首相の政策を真似て「屋台経済」を実践しようとしたが、やはり主席に阻止されている。
第4に、習主席肝煎りの「戦狼外交」は、米欧との関係を悪化させた。そのため、中国はモノの生産に必要なチップでさえ入手が困難になっている。
また、「(改正)反スパイ法」で、外国人に対し、更に締め付けを厳しくした。これでは、外資がますます逃げて行く。これも、中国経済を衰弱させる要因ではないだろうか。
〔注〕
(a)『中国瞭望』
「本当に緊急だ… 十数通のメッセージが連続して出され、中国は重大な方向性を示唆する」
(2023年7月19日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/07/19/2628304.html)。
(b)『中国瞭望』
「中南海は民間経済を鼓舞するために11文書を連続発信したが、信頼を回復できるのか?」
(2023年7月19日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/07/19/2628603.html)。
(c)『中国瞭望』
「中国が民間企業振興のために『31ヶ条』を推進 馬化騰は急いで支持を表明」
(2023年7月20日付)
(https://news.creaders.net/china/2023/07/20/2628759.html)。
トップ写真:貴陽国際エコカンファレンスセンターで開催された中国国際ビッグデータ産業博覧会2018の「新しいデジタルエコシステムの探索」セッションでテンセント・ホールディングス会長兼最高経営責任者のポニー・マー・ファテン氏が講演(2018年5月28日、中国貴州省貴陽市)
出典:Photo by VCG/VCG via Getty Images
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この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長
1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。