無料会員募集中
スポーツ  投稿日:2023/10/15

日本よフェアプレー大国たれ スポーツマンシップ2023 最終回


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

アジア大会、北朝鮮の危険プレーにも冷静さ失わず戦い抜いた日本代表。

・北朝鮮の振る舞いは、もはやスポーツマンシップへの挑戦

・勝ち負けよりも、品格ある振る舞いを重んじるような日本人でありたいものだ。

 

10月1日、中国・杭州で開催されているアジア大会でのことである。

サッカーの準々決勝において、日本と北朝鮮が戦ったのだが、北朝鮮側のラフプレーと劣悪なマナーが世界的な批判を受けることとなった。

この試合、日本は来年開催予定のパリ五輪をにらんで、22歳以下、なおかつ大学生も招集していた。北朝鮮側は24歳以下の選手が中心になっていたと聞く。

キックオフから20分くらいは、高さとパワーに物を言わせる北朝鮮の前に、日本の若手たちがタジタジとなる場面も見られたが、後半6分、日本の内野が先制ゴール。

その後、一度は同点とされたが、相手ゴールキーパーの反則(ペナルティーエリア内で、日本選手の足を手で払って倒した)によりPKを獲得。これが決勝点に結びついた。

この反則もそうだが、明らかにボールでなく日本選手の足下を狙ったタックルや、背後からの危険なタックルを繰り返し、実に6枚ものイエローカードを出された。中には、ピッチサイドで日本スタッフが持ってきたクーラーボックスから水(言うまでもなく日本代表のための物だ)を奪い取り、スタッフと口論になりかけるや拳を振り上げて威嚇する、という行為に対して出されたカードもあった。

最終的には2-1で日本が勝利を博したわけだが、試合終了後も北朝鮮の選手たちは主審に詰め寄り、日本選手が握手を求めても拒否した。まったくもって、スポーツマンシップの欠片もない。いや、監督のコメントまで、「公正な審判であったなら、我々(北朝鮮)が勝っていた」というもので、ここまで来ると、もはやスポーツマンシップへの挑戦と言うべきではないだろうか。

世界的な批判を受けたと述べたが、英国やドイツでは複数のメディアが北朝鮮代表を批判する記事を掲載したし、韓国でも「これでは〈いじめサッカー〉だ」という記事が出た。韓国代表もラフプレーが目立つので、私などは常々批判的に見ているが、その韓国からでさえ、ひどすぎる、と酷評されたのだ。

中国ではメディアによって意見が分かれるようで、大半は北朝鮮に批判的であったが、中には「前半は(北朝鮮が)日本を圧倒していた」「最後まで闘志満々のプレーを見せた。我らが代表にも参考になるだろう」などという記事も出たようだ。

参考になどされてたまるものか、と言いたくなるが、日本サッカー協会も黙ってはおられず、アジア・サッカー連盟に対して意見書を提出した。ただ、具体的な内容は公表されていいない。

外交の観点から、デリケートな問題だと判断されたことは想像に難くないが、日本のファンに対する説明責任については、どう考えているのだろうか。

また、複数の北朝鮮ウォッチャーは、今次の試合について、金正恩総書記から

「手段を選ばずに勝て」

といった指示があったに違いない、と開陳している。

社会主義国たる北朝鮮ではサッカー・クラブも全て国営。選手は例外なく、いわゆるステート・アマで、彼らにとって最高指導者とは金正恩を指す。

遺憾ながら、日本でも一部には同様の考え方をする人が見受けられるのだが、スポーツの国際試合は「国威発揚の場」に他ならず、

「勝てば英雄、負ければ国賊」

という扱いを受ける。実際、北朝鮮のナショナルチームに属する選手は「国のためになっている間」は徴兵免除など様々な特典を与えられる一方、もしも「国の体面を汚す」ことがあれば、炭鉱送りだと前々から言われていた。

これは、一種の都市伝説だと受け取る向きもあるのだが、脱北者の証言や、韓国では炭鉱送りはともかく、スポーツの代表選手は徴兵を免除されるというのは結構有名な話なので、基本的には事実なのだろうと考えざるを得ない。

女子サッカーでも、決勝で北朝鮮と日本が激突したが、こちらは4-1で日本が圧勝した。

前にも紹介させていただいたが、サッカーでは一般に3点差がつくと、相手を粉砕したとかされたと表現する。

この試合の途中、4点目を奪われた北朝鮮のゴールキーパーが交代を命じられ、ベンチに下がって号泣する、という映像が流された。中継でも、

「これは懲罰的な交代でしょうか」「あまりよいことではないと思いますね」

といったやりとりがあったが、状況から、私も同様に判断せざるを得ない。

野球でもサッカーでも、怠慢プレーをした選手に対する「懲罰交代」は時折見られる。

しかし、この試合における北朝鮮のキーパーは、4ゴールのうち3本まではボールに触っていたし、むしろよく頑張っていたと言ってよい。こちらもネットでは、帰国後の処遇が心配、という声が目立った。若い女性には甘いのか、と思える投稿もかなり見受けられたが、その詮索はさておき。

男子に話を戻すと、決勝戦の相手は韓国であった。日本代表が前述のように来年の五輪を見据えて、大学生を含む若いチームで臨んだのだが、韓国はA代表経験者も含む陣容できた。アジア大会のサッカーは、24歳以下の選手に出場資格が与えられている。

結果はすでにご承知の読者も多いと思われるが、日本が予想外の先制点を挙げたものの、フィジカル・経験値ともに勝る相手に同点・逆転を許し、1-2で惜敗。2大会連続の準優勝となった。

この結果は「想定内だが期待以上」と言えるものであったが、なにより嬉しかったのは、北朝鮮が立て続けに危険なプレーを仕掛けてきても、冷静さを失わずに戦い抜いた若き日本代表の姿である。

一方、日本代表を賞賛するのはよいが、北朝鮮のラフプレーと、私自身も開陳した、韓国サッカーにも同様の問題が見られる点をあげつらって、

「半島の民度の問題」

などと書き立てた人たちもいた。まったくもって感心しない。

5年ほど前に、日大アメリカンフットボール部が「悪質タックル問題」に集中砲火を浴びたことをお忘れなのだろうか。

規模において比較にはならないが、パワハラ体質の組織が勝利至上主義に傾斜したならば、ルールやスポーツマンシップなど一顧だにされなくなってしまうものなのである。

アメリカンフットボールでは日大と言えば名門であったが、そうしたプライドが誤作動したことも、勝利至上主義に傾斜した要因ではないだろうか。

今年に入って、同じ日大アメリカンフットボール部の寮で、薬物が押収され部員が逮捕される事態が起きたが、こういう「懲りない人たち」を日本の大学生の全体像のように言われては、たまったものではあるまい。

これは『ロングパス』(新潮社)でも述べたことだが、歴史をひもとけば、東アジアにおけるサッカーの歴史は、疑いもなく朝鮮民族の手で切り開かれてきた。日本のサッカー者としては、いささか悔しい事実だが、しかしそれが事実である。

そうした自信がいつしか過信になり、一方では急激に台頭して、今やヨーロッパの強豪にお引けを取らなくなりつつある日本に、敵意を隠しきれないという面は、否定しがたいと私自身も思う。

そしてこの問題は、いつ日本に降りかかってくるかも分からない。

私が前回、日本のサポーターに対して「原点に戻れ」と呼びかけたのも、このことが頭にあったからである。

勝ち負けよりも、品格ある振る舞いを重んじる。

サッカーのフィールドでも言論の世界でも、そのような日本・日本人でありたいものだ。

トップ写真:ソウルで行われた「統一サッカー」の試合で、ボールを奪い合う韓国(青)と北朝鮮(赤)の選手たち(2018年8月11日韓国・ソウル ※本文とは関係ありません)




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."