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.国際  投稿日:2023/7/24

政治とスポーツは“別物”ではない事情 インドネシアの極端なイスラエル嫌い


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

インドネシア、「第二回ワールド・ビーチゲーム大会」を中止。

・大会にイスラエル選手団が参加することが理由。

・インドネシアの「イスラエル嫌い」は、スカルノ大統領の決断による。

 

「政治と芸術は別物」とか「政治とスポーツは別物」として芸術やスポーツの分野に国際情勢、政治的対立などの政治を持ち込むことはタブーというのが一般的理解になっている。

ところがそうではない事例が最近散見する事態になっている。特にスポーツの分野でそれが顕著で、2024年開催のパリ五輪に関して国際オリンピック委員会(IOC)がロシアやその同盟国ベラルーシからの選手団の参加を巡って揺れる事態となっている。

原因は言わずと知れたロシアによるウクライナへの軍事侵攻であり、IOCとしては「政治とスポーツは別物」と考えていたが、ウクライナをはじめとする欧米から反対論が噴出するに至ってロシア、ベラルーシ選手団は国旗や国歌を離れた個人の資格での参加という方法を考慮せざるを得なくなり、最終的判断を先送りしている。

さらに最近はテニスの国際大会でもロシア選手との握手拒否や観衆からのブーイングと国際情勢に揺れる状況が起きている。

こうした中東南アジアの大国インドネシアでも信じられない事態が起きている。8月5日から12日まで国際的な観光地であるバリ島を舞台に開催予定だった「第二回ワールド・ビーチゲーム大会」の中止をインドネシアが発表したのだった。代替地での開催が難しいため今年の大会は中止となった。

同大会はビーチハンドボール、ビーチサッカー、ビーチテニス、ビーチバレーボール、ビーチレスリングなどの競技種目がある。

中止の表向きは「州政府から予算執行の発表がないため」などと財政的理由を示しているが、バリ州知事などは「大会にイスラエル選手団が参加することが理由だ」とはっきりとその理由を挙げている。

世界第四位の人口約2憶6000万人のインドネシアはその約88%がイスラム教徒という世界最大のイスラム人口を擁する国だ。憲法ではイスラム教を国教とする「イスラム国」ではなくキリスト教、ヒンズー教、仏教、儒教も認められているという信教の自由が保障されている「多様性の国家」でもある。

しかし国民の圧倒的多数を占めるイスラム教徒の主張、規範、習慣が往々にして少数派、異教徒の声を抑え込んでしまうという現実があるのも事実だ。

★U20ワールドカップの開催資格もはく奪

イスラエル選手団への異常なまでの嫌悪は何も今回の「ワールド・ビーチゲーム大会」に始まったことではなく2023年5月にインドネシアで開催予定だった国際サッカー連盟(FIFA)が主催するU20(20歳以下)の選手によるワールドカップでも同様の事態が起きたのだった。

インドネシアではサッカーは国民的人気のあるスポーツだけに中東からのイスラエル選手団も参加する大会をインドネシア側はなんとかして開催しようと努力した。

「イスラエルチームの試合は無観客とする」「イスラエルとの対戦だけは隣国シンガポールで開催する」などだが、いずれもFIFAの拒絶に遭い、最終的に開催中止に追い込まれたのだった。

U20インドネシア代表の選手団のみならず、圧倒的なサッカーファンの落胆と怒りは大きかったが政治的判断を覆す国民的運動には発展しなかった。「イスラム教徒」という多数派の意向が何よりも優先された結果だった。

FIFAはインドネシアに代わって南米アルゼンチンで開催した。

★初代大統領の決断が今も根を引く

インドネシアのこうしたスポーツの分野に大きな影響を与える「イスラエル嫌い」は、実は独立の父で初代のスカルノ大統領の決断に基づいている。

スカルノ大統領は同じイスラム教徒であるパレスチナ人を支援するためにパレスチナ独立を支持し「和平が実現するまでイスラエルを承認しない」ことを公言、以後これがインドネシアの対イスラエル政策の原則となったという経緯がある。このためインドネシアとイスラエルは現在に至るまで外交関係はない。

U20ワールドカップ、ワールド・ビーチゲーム大会のいずれのケースもこの原則に従ったものだが、実はもっとドロドロした政治的な背景があるとの見方が有力だ。

スカルノ大統領の長女メガワティ・スカルノプトリさんは第5代大統領であり、現在国会の最大与党「闘争民主党(PDIP)」の党首でもあり、その政治的影響力は大統領職を去った今も絶大だ。

そのPDIPがスカルノ大統領の精神を持ち出してイスラエル拒否を訴えたのだった。ヒンズー教徒が多数を占めるバリ州の知事はPDIPの党員であり、その指示には従う以外の方法がなかったというのだ。

★来年の大統領選も視野か

インドネシアは2024年に大統領選挙を迎える。現職のジョコ・ウィドド大統領は3選禁止規定で出馬でないが母体であるPDIPからは各種世論調査で常に高い人気を誇るガンジャル・プラノウォ中部ジャワ州知事が大統領候補に指名されている。

そのガンジャル州知事はU20開催が中止に追い込まれたことに関して「インドネシアは原則に従ったまでだ」という趣旨の発言をしてPDIPの方針に賛同を表した。

しかしこの発言は無党派層やサッカーファンの反発を招き、ガンジャル知事の人気が一時的に下落する事態を招いたのだった。

ガンジャル知事にしてみれば本人の意向とは別に大統領選で地盤となるPDIPという所属政党の意向に反することはできなかったのだろう。

このようにインドネシアのスポーツ界の反イスラエルという風潮は政党や大統領選も関連するなど根が深く、深刻だ。

トップ写真:2016年ベトナムで開催されたAsian Beach Games閉会式(2016年10月3日ベトナム・ダナン)出典:Photo by Robertus Pudyanto/Getty Images




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