パレスチナ紛争に見るニューヨークの多様性
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・NYのアラブ系コミュニティー通り「リトル・エジプト」で、パレスチナ系の人々によるデモが勃発。
・同じアラブ系でも立場の違いが見受けられる。
・「イスラエルのパレスチナに対する行いはユダヤ教の教えに反する」として反シオニズムの「超正統派ユダヤ教徒」。
夕飯の支度をしていると、子どもたちと妻が「もう何時間もヘリコプターが上にいてうるさい。なんだろう」と言ってきた。わたしは調理の音でさほど気になっていなかったが、言われてみると確かに我が家の上空にずっとヘリコプターがいるようであった。
近所には高速道路があり、事故などで、上空に報道か警察のヘリがいるのはさほど珍しいことではないが、それにしても、もう2時間近く、場所も動かず、ずっと上空にヘリがいるのは、確かに異常であった。
家族に言われて気になり、犯罪/事件通報携帯アプリ「Citizen」を立ち上げると、我が家から歩いて数分の場所にあるアラブ系コミュニティーの通り「Little Egypt(リトル・エジプト)」で数千人のパレスチナ系の人々による、大規模な抗議デモが行われているとのことであった。通りの中心には大きなモスクがあり、人々はそこに集結、抗議の声を上げているようだった。
テレビをつけてみると、上空から我が家の近辺の様子を伝える生中継のニュース映像が流れていた。地上のカメラでは、いつもドーナッツを買う店の前でレポーターが、生々しいデモの様子を大声で伝えている。
この日、エジプトのエルシーシ大統領は、今回のイスラエルとパレスチナの衝突がきっかけで、シナイ半島にパレスチナ問題が飛び火するのを警戒、ガザからエジプト側に避難してくるパレスチナの人々に対して、ラファの検問所を閉鎖した。検問所の外からも支援物資を積んだトラックがガザ側に入れず、足止めを食らっていた。
このデモはエジプト政府と、イスラエルを支持するアメリカ政府に抗議する、パレスチナの人々による集会であった。
写真:デモへの参加を呼びかける張り紙)筆者提供
先週金曜日(13日)のデモ取材の報告を書いたが、その後もイスラエルによる地上侵攻が懸念される中、NYでは毎日のようにどこかで抗議集会が行われている。
NYのパレスチナ系のレストランが嫌がらせにあっている、という報道もなされている。
ロシアがウクライナに侵攻したときも、NYで「ロシア」の名前を冠したレストランが嫌がらせの攻撃対象(店への落書きなど)となったという話もあった。
いずれもお店の側が毅然とした態度で対処して、大きな実害なないとしているが、今回、そのパレスチナ系のお店のインスタグラムには「テロリスト」など非難の投稿が続き、お店のレビューには星1つの投稿が相次いでいたという。
そんななか、我が地元の「リトル・エジプト」にある中東料理のお店の外には、「ガザを守れ!」のポスターが貼られていた。
写真:近くの中東料理の店)筆者提供
このお店のオーナーがパレスチナの人かは知らない。ネット上のレストランの案内にも「中東料理」としか表記がなく、料理もパレスチナに関連するものを提供する店なのかもわからない。この通りは「リトル・エジプト」と名付けられてはいるが、エジプト料理のみならず、中東料理全般のお店が集まる通りとなっている。
写真:お店の外に貼られた「ガザを守れ」のポスター)筆者提供
数十件にわたるアラブ系のお店が並ぶ通りではあるが、歩いてみると堂々と「ガザを守れ」と意思表示しているお店はここ1軒だけであった。アラブ系であって同じ通りにお店を並べてはいても、それぞれの立場の違いの複雑さが見て取れた。
しかしこのお店、パレスチナ系のレストランが嫌がらせにあっている、との報道を踏まえても、このような意思表示をし続けている、という態度は称賛に値する。そして大切なのは、お店の主張は「ガザを守れ」であって、必ずしもハマスを支持しているわけではないということであると思う。
ウクライナ侵攻のとき、ロシアの店への嫌がらせで、オーナーが仮にロシア人であったとしても、アメリカに住むロシア人が、必ずしも、
ロシア政府を支持しているとは限らないであろう。むしろ、批判的であるケースも多いと思う。
考えてみればわかるが、海外に住む日本人は、日本人だから、という理由で、必ずしも岸田政権・自民党を支持してるわけではない。攻撃する人たちは正直、頭がイカれてるとしか思えない。
話は冒頭に戻る。
リトルエジプトのデモの模様を伝える生中継映像で興味深いものを見かけた。
一種、見間違いではないかと思ったが、驚いたことに、山高帽の超正統派ユダヤ教の人々が、パレスチナの国旗を持って、デモに参加しているのが中継映像に映し出されていたのだ。
実はこの一団は、先週のタイムズスクエアでのパレスチナの抗議集会でもみかけたのである。
この人たちは、対峙するイスラエルの抗議集団の反対側の「パレスチナの集団の中で」パレスチナの旗を振っていた。
無教養な日本人として、NYにいると、ユダヤ人と言えば、よく見かける山高帽の彼らの姿がまず最初に浮かぶ。そしてなぜパレスチナ側に?と疑問が渦巻く。
あまりに意味が分からなさすぎたので、現場ではあいまいな写真しか撮れなかったが、あとで知ったことには、彼ら「超正統派」ユダヤ教のユダヤ人は「イスラエルのパレスチナに対する行いは、ユダヤ教の教えに反する」として反シオニズムの立場で、イスラエルを非難しているという。加えて「マジョリティー」のユダヤ人から見ると、イスラエルにおいて彼らはイスラエルを代表する立場ではないという。
外から見るとそれぞれは、一枚岩に見えて、実際はちがうこともある。
自分はユダヤ人についても、イスラエルについても、パレスチナについても多くを知らない。
いつも思うが、NYにいるといろいろな視点で、多角的にものが見え、今回も学ぶべき点が多い。世界も広いがそれらが凝縮されているNYはまさに世界の縮図。
世界から比べればNYは小さくとも、広くて大きい場所、と改めて思い知らされた今週である。
トップ写真:タイムズスクエアでのパレスチナ人々による集会で、パレスチナの旗を振る「超正統派ユダヤ教徒」の人々。画面下方、イスラエルの国旗にNGマークがつけられている。2023年10月13日 アメリカ・ニューヨーク)筆者提供
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。