世界に冠たる大麻漬けドイツ(?) たまにはタバコの話でも その5
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・独政府は大麻合法化法案を閣議決定。流通を管理し闇市場を壊滅させるため。
・法案成立ならイタリアなど周辺諸国に与える影響は小さくない。
・大麻合法化に向かう国の本当の狙いはタバコに代わる「内需」と税収増?
「大麻を取り締まる諸政策は、遺憾ながら全て失敗に終わった。かくなる上は合法化するしかない」
冗談みたいな話だが、ドイツではこれがネタでもなんでもなく、与党政治家の間で大真面目に議論され、そして、大麻を合法化する法案が閣議決定された。今月16日のことである。
ドイツ発の、複数の外電が伝えたところによれば、最大500人までの会員を募って大麻の栽培と販売を行う団体を登録制で合法化し、また、個人でも18歳以上であれば25グラムまでの所持と、3株までの自宅での栽培も合法になるという。
冒頭の発言は、オラフ・ショルツ首相自身のもので、流通を管理することを通じて闇市場を壊滅させ、粗悪品による健康被害から若者を守るという、一応は大義名分のある法案だという論理だ。
当然ながら反対論も噴出しているようだが、ドイツと日本とを行き来して暮らしている、本誌でもおなじみのサンドラ・ヘフェリンさんによれば、
「近年の政党状況から見ますと、法案が成立する可能性は結構高いように思います」
ということらしい。彼女も個人的には大麻の合法化には大反対だそうで、理由は、
「やはり、英語で言うGatewayになりますからね」
とのことであった。
2020年、港区に高輪ゲートウェイ駅が開業したが、つまりは「表玄関」と訳せる。
大麻は「ドラッグ・ゲートウェイ」であるというのは、前々から言われていることで、純日本風(?)に述べるなら、地獄の一丁目、とでもなるだろうか。
具体的にどういうことか、サンドラ・ヘフェリンさんの言葉を借りると、
「重度の麻薬中毒で身を滅ぼした人たちは、まあ全員が全員というわけではないですけど、多くの場合、興味本位で大麻を吸ったのが、破滅の入り口だったわけです」
とのこと。彼女はドイツの大麻事情には、非常に敏感になっているようで、
「おかしな話ですけど、目の前で吸っていなくても、なんとなく、この人は(大麻を)やってるな、と分かるようになってきました。目が肥えてきたんです」
などと言って笑っていた。骨董品じゃあるまいし、と私もつられて笑ってしまったが、
「そういう人からは、今度日本に行ったら泊めてね、と言われても、適当にあしらうようにしています。日本の私の家に大麻なんか持ち込まれたら、冗談ごとで済みませんから」
と言葉を継がれると、それはたしかに笑い事ではない、と納得する他はなかった。警察が動く事態となれば、彼女までが屈辱的な検査を受けさせられるリスクがあるわけで。
ドイツ保険局が2021年に実施した調査によれば、18歳から25歳までのドイツ人のうち、これまで一度でも大麻を経験したことがあるという人は25%に達しており、10年前と比較して倍増しているそうだ(ロイター電などによる)。
さらに問題なのは、このような傾向がドイツ特有のものではない、ということだ。
実際にドイツ政府のこのような動きを伝えた外電によれば、法案が成立した場合、イタリアなど周辺諸国に与える影響も決して小さなものではないだろう、と見られている。
英国が「喫煙者に対するジェノサイドか!」とツッコミを入れたくなるような法律の導入を検討していることは、前回述べた通りだが、これとても(あくまでもひとつの可能性だが)、次世代の若者が、
「タバコがなくても大麻があるさ」
という発想を持たないという保証はどこにもあるまい。
シリーズ第2回で、私が喫煙者であった理由はニコチンの誘惑より、むしろタバコが一種のファッションアイテムであったから、と述べたが、21世紀ヨーロッパの若者にとって、大麻はオシャレなのではないだろうか。またしてもサンドラ・ヘフェリンさんの言葉を借りるなら、昨今のドイツでは、
「今時、大麻を悪く言うのはダサい、みたいな発想は、間違いなくあると思います」
ということになる。
ヨーロッパの若年層に大麻がここまで浸透し、合法化を求める政治的圧力を持つまでに至った理由を掘り下げて行くと、タバコと同様、
「リラックス効果があるし、そもそも格好いい」
と思われているという要素があるのではないだろうか。
もうひとつ、ドイツ発のこの方に接した私が抱いた率直な感想は、
(来るべきものが来た、ということなのだろうか)
というものであった。
唐突だが、1987年に公開された『ハワイアン・ドリーム』という映画をご存じだろうか。
監督・脚本の川島透、主演のジョニー大倉が、いずれも鬼籍に入ってしまっているが、日本でヤクザともめた末、ハワイに逃れてきたチンピラ二人組(相棒役は時任三郎)が、今度はイタリア系マフィアとトラブルになる、といったストーリー。全編ドタバタのB級映画と言えばそれまでだが、なかなか面白い。
トラブルの原因とは、近い将来マリファナ(=大麻)が合法化されると見越した大手タバコ会社が、ホノルルの顔役となっているマフィアを抱き込んで、利権の独占を目論む。
そして、離島で密かに大麻草を栽培していた、二人組の資金源にして友人であった白人が殺害され、畑は焼き払われる。
復讐を誓った二人組は、かつて2世部隊に加わって戦火をくぐってきたという、老日系人たちの力を借りて軍服と武器、そしてオンボロの軍用トラックを調達し、タバコ会社が土地買収のために用意してきた現金強奪を企てる。繰り返しになるが、荒唐無稽なドタバタながら、結構面白かった。
ここで見ておきたいのは、こうした映画が作られた背景には、1980年代には早くも、
「そう遠くない将来タバコは大麻に取って代わられるだろう」
と考える人たちが現れていたということである。
日本では、時折有名人が大麻に手を出してスキャンダルとなる程度で、合法化と言われてもさほどリアリティーを持てないが、政治家もメディアも大好きな「世界の大勢」のベクトルは、いささか異なるものであった。
さらに言えば、オランダでは大麻はとっくの昔に合法化されている。
このためロンドンのヒースロー空港では、アムステルダム発の便から降りてきた者には、税関の荷物検査がひときわ厳しくなるというのは、知る人ぞ知る話であった。
だからと言って、オランダの若者が皆ラリっているのかと言われたならば、まあ当たり前の話だが、断じてそのようなことはない。大麻はタバコよりも中毒性が低い、と考える人たちもいて、これが大麻合法化の論拠のひとつとなってもいる。
そうではあるのだけれど、お世辞にも健康によいとは言えない物を、あえて解禁しようという発想には、やはりついて行けないもの感じる。
あくまでも私個人の考えであることを明記しておくが、どうも大麻の合法化に向かう国々の本当の狙いは、タバコに代わる「内需」と税収増なのではあるまいか。
そう考えざるを得ない背景については、最終回で。
トップ写真:ドイツ・ベルリンで行われた恒例の大麻合法化を求めるパレードで、大麻を模したコスチュームを着て大麻禁止に反対する横断幕を掲げる参加者。(2023年8月12日 ドイツ・ベルリン)
出典:Photo by Omer Messinger/Getty Images