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.国際  投稿日:2023/11/2

グローバルサウスの盟主狙う バーラト(インド) 


佐々木倫子(文筆家/金融アナリスト)

「佐々木倫子の世の中診断 ~人新生を生き抜くヒント~」

【まとめ】

・G20サミット、晩餐会招待状差出人は「インド大統領」ではなく「バーラト大統領」。

・3期目を目指すモディ首相、バーラトを打ち出しRSSの支持を固めるためのパフォーマンス

・中国台頭の今、アジア・太平洋地域の安定はインドにかかってきた。

 

 20か国・地域首脳会合(G20サミット)の話題が主要国首脳会議(G7サミットを含め、ここまで大きく報じられたのは久しぶりではないだろうか?

 今回、一線を画した現在の世界情勢を象徴した出来事が起こる。それは、第18回G20サミットがインドのニューデリーで9月9日、10日に開催される直前のことだ。9月4日、インド大統領府から参加者に送られた晩餐会の招待状がSNSに投稿されたことが発端だった。

招待状の差出人には「インド大統領」ではなく「バーラト大統領」と記され、インドの一部の野党政治家が疑問を呈しはじめた。さらに、モディ首相が座る議長席の前に置かれた国名札には、「バーラト」と示され世界的な物議に発展したのだ。

 インドは国名をインド憲法で英語の「インド」とサンスクリット語でインドを意味する「バーラト」の双方を正式名称と定めているが、国際的場面や政府の公式サイトや肩書は英語の「インド」と表現してきた。

バーラトはインドが英国の植民地になる以前から使われており、モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)の支持母体のヒンズー至上主義団体「民族義勇団(RSS)」は、インドではなくバーラトの名称を広く使っていくべきだと主張している。そのため、来年前半に行われる総選挙で3期目を目指すモディ首相が、G20サミットでのバーラトを打ち出しRSSの支持を固めるためのパフォーマンスとの見方が正しいようだ。

 

 裏を返すと、今回の出来事はインドがこのサミットに照準を定め、活発な外交を展開しそれが実ったことが示されたともいえる。インドは中国との国境問題やカシミール地方をめぐるパキスタンとの紛争を抱えている上、ロシアとは武器調達の依存から非常に近い間柄だ。さらに、中国の存在感が高まるにつれ、地政学上インドが重要視されるようになったことも大きな要因の一つだ。

そのため、欧米を中心にインドを取り込もうと躍起になっている。その一方で、2001年にロシアと中国が発足させた上海協力機構(SCO)に7月、正式に加入した。様々な国の思惑が交差する中でインドは自信をつけ、イギリスに支配された積年の鬱憤をはらすべく外交に邁進している。

 また、今回のサミットで象徴的だったのは、インドがグローバルサウスと呼ばれる新興・途上国の盟主への布石を打ったことだ。ロシアのウクライナ侵攻をめぐる参加国の対立で調整が難航していた首脳宣言をグローバルサウスが一丸となり、インドが採択に導いた。背景には、中国とロシアが主導するBRICSに軸足を移すことを阻止する狙いから、西側諸国が譲歩せざるを得ない状況にあった。

 インドは、元々中立外交の国で、その立役者はイギリスから独立後に初代首相を務めたジャワハルラル・ネルー首相だ。1940から50年代はネルー首相が、世界的に存在感を放ち、アジア、アフリカのスポークスマンを務めるほどだった。そして、米ソ間の争いに巻き込まれないよう非同盟政策を掲げ、冷戦時代に先駆的な役割をはたした人物でもある。

 実はネルーが15歳の時、ロシアがアジアの小国日本に敗れたことを知り、日本に尊敬の念を抱く。それは、政治家になっても続き、日本とは緊密な関係が続いた。当時日本の首相を務めた岸信介は日本政府として戦後最初のODA(政府開発援助)を実現させたいと考え、ネルーが受け入れた経緯もある。日本との親しい関係はモディ首相の代になっても続き、安倍晋三・元首相の国葬にモディ首相が参加したほどだ。

ネルー時代以降、徐々にインドの影が薄くなり、日本がアジアの中心となっていったが、近年は再びネルー時代のように台頭してきた。今後の動きを考える上でもネルー首相時代からのインドの動きは押さえておきたい歴史の一つだ。

 現在のインドの強みとして、昨年11月に中国を抜き世界最大の人口(14億2860万人)を有する国となったことがあげられる。国際通貨基金(IMF)は7月に2023年度(2023年4月─2024年3月)成長率見通しを6.1%に上方修正するほど、成長著しい国でもある。

 インドは今後も積極的な外交を繰り広げ、国際社会での存在感を強めて行くものと思われる。日本はインドとの関係においては、2014年に「戦略的グローバル・パートナーシップ」から特別戦略的グローバル・パートナーシップに格上げ。2016年には、「自由で開かれたインド太平洋戦略」という外交方針を打ち出し、2018年に対中戦略から「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」に名称を変更した。さらに、日米豪とインドで構成される日米豪印戦略対話(Quad)」を組み、合同軍事演習などを行っている。

 中国が台頭する今、アジア・太平洋地域の安定は、インドにかかってきたと言っても過言ではなくなってきた。日本がネルー時代から培ってきたインドとの絆をさらに強固なものにしていくことは、日本のみならず世界が安住できる施策の一つとなる。今、日本の覚悟が問われている。

 

トップ写真:G20首脳会議で、リシ・スナク英首相と2国間会談を行うインドのナレンドラ・モディ首相。(2023.9.9 インド・ニューデリー)

出典:Photo by Dan Kitwood/Getty Images




この記事を書いた人
佐々木倫子文筆家/金融アナリスト

日系銀行、シティバンク、日興シティ信託銀行の勤務や、ITベンチャー企業でのIR・広報などを経て、金融に強みを持つライターとして活躍。過去の歴史や経緯を含めた執筆を得意とし、食等幅広い分野の執筆も手掛ける一方で、政治、経済を中心としたコラムに関わる仕事やキー局のラジオ番組制作にも従事。さらに、日本ウズベキスタン協会理事として中央アジア・ウズベキスタンと日本の友好にも尽力しており、ウズベキスタンの国営放送に出演した経験もある。



これまでのキャリアで培った金融の知識と、企業経営の視点、ニュースを複合的に織り交ぜたファンダメンタルズ分析を得意とし、最先端の取引環境を提供するFXブローカーを表彰するGlobal

Forex Awardsを連続で受賞しているFXブローカーのアナリストとして金融マーケット分析コラムの執筆経験あり。



また、銀座の老舗商店主の方々と共に、古き良きものの継承にも携わっている。

趣味は、読書、おいしいものを食べる、着物、日本の伝統音楽(一中節など)、銀座散策など



Twitter: https://twitter.com/Nolita21

佐々木倫子

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