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.国際  投稿日:2024/1/17

「イスラエル・ロビー」とはなにか その7 アメリカ議会の態度を変える


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・1953年米ジャーナリスト、I・L・ケネンが「アメリカ・シオニスト公共問題委員会(AZCPA)」設立。

・「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」、活動目標冒頭にハマスへの敵対を明記。

・AIPACの活動は1973年の第4次中東戦争でも歴史的な成果をあげた。

 

アメリカ国内のイスラエル・ロビーでも最有力組織の「アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」についての報告を続けよう。

この組織が正式のロビー団体として1963年に発足するまでの前身は「アメリカ・シオニスト公共問題委員会(AZCPA)」という名称の政治活動組織だった。このシオニストという言葉はユダヤの立場を守り、主張する思想シオニズムを信奉する人たち、という意味である。ユダヤ問題ではこのシオニズムという用語はきわめて頻繁に使われる。ユダヤ民族側の積極果敢な自己主張だと解釈すればわかりやすい。

このAZCPAは1953年にカナダ生まれのアメリカ人ジャーナリスト、I・L・ケネンによって設立された。ケネンは第二次大戦前からアメリカのジャーナリズムで活躍したユダヤ人で、1948年のアメリカやイギリス主導のイスラエルの建国でも、その後のイスラエル支援でも強い影響力を発揮した。そのケネンがアメリカだけでなく全世界の多様なユダヤ人グループから支援を得て、設立したのがAZCPAだった。この政治組織がアメリカ国内で正式に認知されたロビー団体としてのAIPACへと発展したのだった。

ケネンはAIPACの初代会長となり、アメリカ議会のロビイングに全力を集中していった。その具体的な活動目標としては以下の項目を掲げるようになった。

▽ハマスに率いられたパレスチナ自治政府を孤立化させる。

▽イランの核兵器保有を防ぐ。

▽中東における唯一の民主主義国家としてのイスラエルを守る。

▽イスラエルを将来の脅威からも守る。

▽アメリカで次世代の親イスラエル政治指導者を育成する。

▽アメリカ連邦議会に対しイスラエル支援の宣伝活動を進める。

以上の活動目標の冒頭にハマスへの敵対を明記していた点は注目に値する。イスラエルのハマス敵視、そしてその結果としてのアメリカのハマス敵視もこうした長い歴史を有するのだ。

2024年1月の現在、イスラエルがハマスへの全面攻撃を宣言するなかで、アメリカのバイデン政権が連邦議会の多数派とともに、イスラエルへの徹底支援を揺るがせにしない背景には、こうしたアメリカ内部でのイスラエル・ロビーが果たす役割が大きいのである。

ケネスはこの強力なロビー組織の創設者としてイスラエル政府とも密接な絆を保ち、アメリカの援助、とくに議会でのイスラエル支援をしっかりととりつけてきたのである。だからケネンはイスラエル・ロビーの生みの親、育ての親ともいえるのだった。

AIPACの活動は1973年の第4次中東戦争でも歴史的な成果をあげたとされている。

イスラエルはこの戦争でスエズ運河をアラブ側に奪回され、一時はきわめて不利な状況に追いこまれた。そのためイスラエル政府はアメリカに対して新鋭のファントム・ジェット戦闘機を始めとする総額22億ドルの新たな軍事援助を緊急に要請した。しかし当時のアメリカのニクソン政権は15億ドルが最大限だとして議会に提案した。国務省は15億ドルでも多すぎるという見解を打ち出した。当時の上院外交委員会の委員長ウィリアム・フルブライト議員もどんなにその額が多くても15億ドルだとする意見を明確に述べていた。

ところがAIPAC(アメリカ・イスラエル公共問題委員会)はこの議会の流れ、さらには政府の方針をも変えてしまったのだ。連邦議会上下両院の公聴会に独自の証人を送りこみ、イスラエルへの軍事支援の増額を切々と訴えさせた。各議員への個別のロビー活動も草の根の選挙民を動員して熱心に展開した。その結果、イスラエルの緊急援助は22億ドルという当初のイスラエル政府の切望額をみごとに勝ち取ったのだった。

アメリカの議会が大統領の提示した外国の援助額を削るとは、しばしばある。だが逆に大幅に増額してしまうという事例はきわめて珍しかった。AIPACに象徴されるアメリカのイスラエル・ロビーは伝統的にそんな異様な力を発揮してきたのである。

(その8につづく。その1その2その3その4その5その6

トップ写真:シリアとエジプトがスエズ運河を越えて開始した攻撃を受けてゴラン高原を登るイスラエル戦車(1973年10月8日ゴラン高原)出典:Daniel Rosenblum/Keystone/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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