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.社会  投稿日:2023/11/30

消費税という壮大なインチキ(下)こんな日本に誰がした その5


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・トマ・ピケティの金融資産に課税すべきとの税制改革案を真剣に検討すべき。

・日本、大企業や富裕層からしっかり税金を取り立てなかったせいで消費税の税率が上がり続けた。

・消費税など日本の税制が不公正であると、有権者は気づきはじめている。

 

本誌の読者には、毎度初歩的に過ぎる説明かも知れないが、消費税という呼称は日本独自のものである。

諸外国ではVAT(Value Added Tax=付加価値税)との呼び方が一般的で、英語圏以外にも普及しているが、フランスではレシートなどにTVAと表記されている。英仏の語順が違うだけで意味は同じだ。

これもこれで、いささか分かりにくい表現だが、要は商取引に対して課税することにより、安定した財源を確保したいという発想であった。

モーリス・ローレンというフランスの大蔵官僚が考案したとされるが、本当は米シカゴ大学のシャウプ博士の論文から想を得たものだと見る向きも多い。

戦後ほどなく来日し、復興の財源として「公平・中立・簡素」な税制を導入すべきだとする報告書=世に言うシャウプ勧告で知られる人物である。また、小売り事業者を対象とした間接税のアイデアも、たしかに開陳していた。

ただ、フランスが世界に先駆けてVATを導入した(1954年)のに対し、米国はOECD加盟30カ国の中で唯一VATを導入していないので、フランスこそが本家だと考える人がいても、さほど不自然なことではないのかも知れない。

ちなみEUでは1995年以降、全ての加盟国がVATを15%以上とする、というガイドラインが設けられており、実際に18~25%という国が多い。軽減税率やその対象となる品目は、国によってまちまちである。

わが国では1989年4月1日、時の竹下内閣のもと、税率3%の「消費税」が導入されたわけだが、誰がこのネーミングを考えついたのかは定かではない。

おそらく、零細自営業者までが納税義務者となるVATとは趣が違うとの印象を与え、反対論の矛先をかわしたい、との発想だったのであろう、と考える人が多いが、前回同様、税理士やエコノミストたちの間で囁かれる「業界の噂」であると明記しておく。

その詮索はさておき、フランスなどのVATとわが国の消費税とを見比べたならば、たしかに「似て非なる」面は存在する。と言うのは、すでに述べた通り、日本の消費税は取引の全課程にそれぞれ課されているので、メーカーから消費者まで「駅伝のタスキ」のように納税義務が受け渡されて行く。

この点フランスはじめヨーロッパ諸国のVATは、インボイス制度で完結している。仕入れに際して受領したインボイス(領収書)と、販売の際に発行したインボイス(請求書)の差額が利益として課税されるだけなのだ。

シンプルで分かりやすいが、シンプルであるがゆえの問題点もあると言われている。

つまり、インボイスが税金を安くするためのツールと言うか、一種の金券としての機能を持つので、裏社会に流れるといった問題が前々から指摘されているのだ。

しかし、そんなことを言うなら、わが国の企業社会でも、領収書が節税(有り体に言えば脱税)ツールとして機能していた。

最近はどうなのか知らないが、今世紀の初め頃には、金券ショップの中にたちのよくない店があって、領収書が売買されていた、という目撃証言を私は得ている。

国税局査察部で働く女性を主人公にした『マルサの女』(1987年)という映画では、裏社会とも繋がっている金満実業家が敵役となるが、その彼のもとに、裏金を表に出してやる(公然と使えるようにする)と称して、5000万円分の宝くじ当選券を5500万円で売りつけようとする男が現れる。そのシーンでは、

「領収書買う場合は1割ですよね」

という台詞があった。蛇足ながら宝くじの当選金は非課税だから、ストーリーとしてちゃんと成立している。

昭和のサラリーマン生活を生き生きと描いた、山口瞳の作品の中にも、経費の精算の仕方もろくに知らないフリーランスの青年に対して、著者の投影とおぼしき主人公が、

「僕が領収書を集めてきて、代作して上げるけどね」

などと諭す描写があった。早い話が、表社会(?)のサラリーマンでも、罪悪感など抱いていなかったということか。

日本でインボイス制度を導入した大義名分は益税(消費者が支払った消費税分を小売業者が納税せず、利益としてしまうこと)を一掃して税負担を適正化する、というものだが、実際には上記の通り、領収書がインボイスに取って代わるだけのことで、その気になれば「消費税を着服する」方法などいくらもある。真面目な納税者だけがインボイス作成の手間と増税に苦しめられることになるのだ。

さらに言うなら、輸出企業はどうなるのか。

日本の消費税は、ほぼ全ての商品やサービスに対して課せられているが、輸出に際しては免税の特典がある。

これも前回紹介させていただいた拙著の中で述べていることだが、一般的には売り上げに消費税率を乗じた金額が課税対象となる。ところが大手輸出企業は、海外の消費者からは消費税が取れないという理由で、売り上げにゼロをかけてしまうのである。売り上げ自体が何百億、年千億あろうとも、ゼロをかけた金額=課税対象額はゼロなのだ。

海外旅行の経験がある読者も少なからずおられようが、空港などのいわゆる免税店では、最初からVATを除いた金額で買い物ができるし、街中の店でも、ひとまずはVATを払わされるが、出国の際に書類を提出すれば、後日振り込みで還付されることをご存じだろう。

いわば、この制度を逆用している輸出企業は、内部留保を増やし続けている。

再びフランスのVATに話を戻すと、前述のように1954年に導入された制度だが、その理由についても見ておく必要がある。

1945年以降、戦後復興のためには輸出産業を振興するのが早道だということで、時のフランス政府は助成金を出していた。

ところが1947年にGATT(関税及び貿易に関する一般協定)が成立すると、この補助金制度は自由貿易の精神に反する、と問題視されるようになったのである。

そこで考え出されたのが、商取引に間接税(=VAT)を課して財源を確保する一方、輸出企業には免税処置をとることで、事実上の特権を与えることであった。間接税とはすなわち「間接的に輸出企業を援助する税制」の意味でもあったのだ。

GATTは1995年1月1日をもって発展的に解消され、現在のWTO(世界貿易機関)となったわけだが、こうした輸出企業の免税特権だけは立派に(?)引き継がれている。

フリーランスの一人として、前回紹介したインフルエンサーに一言もの申したいのは、本当に「消費税を着服していた」のはどこの誰か、ということである。

ならばどうすればよいのか、という話だが、私は今年の新年特大号において、フランスの経済学者トマ・ピケティが『21世紀の資本』という著作の中で提唱した、金融資産に課税すべき、との税制改革案を真剣に検討すべきであると述べた。一部再掲させていただくと、2021年のデータによれば、日本の大企業の内部留保の総額は500兆円を超えている。仮にこの10%を税金として国庫に納めることができれば、国家予算の半分をまかなえて消費税は不要になるのだ、と。

この著者はまた、続編たる『資本とイデオロギー』(邦訳はみすず書房)という本の中で、1980年代以降、先進資本主義国がこぞって累進性の低い税制にシフトしたことが、格差を拡大させた原因であると喝破している。

これはまったく正論で、日本において、大企業や富裕層からしっかり税金を取り立てなかったせいで消費税の税率が上がり続けていたのだということは、データの上からも明らかなのだ。

冒頭で述べた通り、岸田首相は「増税メガネ」などと呼ばれて、支持率は低迷している。

単に増税だけが問題なのではなく、消費税を含めた日本の税制がきわめて不公正であることに、有権者は気づきはじめているのではないだろうか。

夢物語だと言われることを覚悟して述べれば、税金の役割とは国庫の財源ともうひとつ、富の再分配であるということに首相が気づいて、思い切った財政改革に乗り出すことはできないものか。

財界からは「累進課税メガネ」などと呼ばれる可能性が高いが、後世の評価はまったく違ったものになるはずである。

トップ写真:イメージ(本文とは関係ありません)出典:Hakase_/GettyImages




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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