日本への最大脅威の中国海軍とは(上)アメリカの新刊書が立体的な光を
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・日本の安全保障にとって最大の脅威は中国人民解放軍、特に海軍。
・いまや世界最大の海軍であり、艦艇総数では長年の海の覇者米海軍を上回る
・米中対立の契機となった中国側の軍事動向の先兵が中国海軍だった。
日本の安全保障にとって最大の脅威、そして最大の懸念の対象は中国人民解放軍だといえよう。とくにその中国の強大な軍隊のなかでも海軍の動きがもっとも気になる。中国海軍こそが日本への具体的な脅威をはっきりとみせつけているからだ。日本固有の領土の尖閣諸島への中国側の海軍力での攻勢をみれば、その実態はすぐわかる。
その中国人民解放軍海軍の実態に立体的な光を当てた本がアメリカで書かれ、その日本語版が日本でもこの12月冒頭に発売となった。日本の安全への危機が顕著となるこの時期、知っておくべき有益な資料である。「毛沢東の兵、海へ行く」(扶桑社)という日本語版タイトルの書である。筆者はアメリカの中国海軍研究では第一人者と目されるトシ・ヨシハラ氏だった。
▲写真 トシ・ヨシハラ氏 出典:Center for Strategic and Budgetary Assessments (CSBA)
中国海軍の特徴を改めて報告しながら、この本の骨子を紹介しよう。日本の安全保障にも巨大な影響を及ぼす課題だからだ。
中国人民解放軍海軍はいまや世界最大の海軍である。多様な艦艇の総数では長年の海の覇者とされてきたアメリカ海軍を上回る。アメリカ側の国防総省の最近の報告でも、中国海軍の軍用艦艇の総数は370隻、アメリカ海軍の294隻をはるかに越える。
ただし海軍の実際のパワーはもちろん艦艇の数では決まらない。各艦の持つ火力など性能による。その性能ではアメリカ海軍がなお世界一ではあるが、中国海軍の増強のペースがすさまじい。2030年には艦艇総数440を越え、その構成も航空母艦、潜水艦、ミサイル駆逐艦などの主力を大増強して、アメリカ海軍を圧倒しかねない展望なのである。
この新刊書「毛沢東の兵、海へ行く」はその中国海軍の生い立ちと特徴について詳述している。著者の日系アメリカ人学者トシ・ヨシハラ氏はこの書によって中国人民解放軍海軍の出自や発展のプロセス、さらにはその基本戦略を知ることは、日本の安全保障にとっても貴重な指針を得ることになる、と述べている。なお私も中国の軍事動向を長年、追ってきたという立場から依頼されて、この書の解説を書いた。
現実に中国海軍の実態を熟知することはいまの国際情勢を揺さぶる米中両国の対立でのアメリカ側にとっても自国の存亡にさえかかわるほどの戦略的認識の基盤だといえよう。
中国の海軍力は日本の国家安全保障にとっても最大の脅威となってきた。日本の固有の領土の尖閣諸島周辺に対する中国側の武装艦艇の連日のような侵入は、その象徴である。
日本の領海やそのすぐ外縁の接続水域に頻繁に侵入する中国側の艦艇は先駆が中国海警の所属とされる。だが中国海警という機構は中国人民解放軍の海軍の直轄下にある。しかも実際に中国海警が使って尖閣周辺の日本領海に送りこんでくる艦艇は「公船」と呼ばれるが、つい最近まで中国海軍に所属していた数千トン、あるいは1万トン以上の軍艦なのである。
さらに尖閣周辺の海域では日本側に侵入してくる中国海警の艦艇の背後にはいつも中国海軍の軍艦が控えている。いざという際に日本の海上自衛隊やアメリカ海軍との衝突に備えての布陣なのである。
中国海軍は米中対立のなかでも重要な役割を果たしてきた。アメリカが最大の懸念や警戒の対象とする中国側のアジアでの軍事膨張も現場での主役は中国海軍だった。
中国は2013年ごろから南シナ海で領有権紛争の続くスプラトリー諸島(中国名・南沙諸島)を海軍力で制覇した。フィリピンやベトナムの領有権主張を問答無用として抑えつけての無法な軍事行動だった。
アメリカは当時、民主党のオバマ政権だった。リベラル派の軍事忌避の体質からか、オバマ政権はこの中国の軍事行動に明確な対応をしなかった。だがアメリカ全体としてはやがて中国のこの軍事拡張への警戒を急速に高めていく。
そして2017年に登場した共和党トランプ政権は中国の軍事的野望への正面からの対決を宣言して、米中両国の本格的な対立が始まったのだった。いまや米中対立は全世界に影響を及ぼす一大激動である。その契機となった中国側の軍事動向の先兵が中国海軍だったのである。
ましてバイデン政権下の現在では中国が台湾を軍事攻撃することによる台湾有事が切迫感さえもたらす重大な危機シナリオとなった。台湾有事は当然ながら日本にも国運を左右するような巨大な影響を及ぼす。その台湾有事の最大の主役も中国の海軍なのである。
だから中国海軍の実態を総合的に知ることは日本、アメリカ、さらには全世界にとっても喫緊の戦略的作業だといえるのだ。
本書「毛沢東の兵、海へ行く」の著者トシ・ヨシハラ氏はこの作業には最適の人物であろう。
中華人民共和国という共産党独裁の国家は日本やアメリカの自由民主主義の政治システムと異なり、その現実の動向は秘密のベールに覆われている。対外的な公式発表と実際の動きとが大きく異なる国家活動の領域が多い。そのもっとも顕著なのは軍事だといえよう。軍事についての中国当局の公式言明などからは軍拡の実態はなにもわからない、ということである。
▲写真 「毛沢東の兵、海へ行く」トシ・ヨシハラ著 出典:扶桑社
(つづく)
トップ写真:南シナ海での通信中に中国海警局の船に接近するマレーシア海軍の隊員が通報している(2014年3月15日 マレーシア・クアンタン)出典:Rahman Roslan / Getty images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。