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.国際  投稿日:2022/7/28

中国医療保険総額とその実態


澁谷司(アジア太平洋交流学会会長)

【まとめ】

中国の昨年の医療保険総額は推計7兆5593.6億元(約151兆1872億円。前年比プラス4.7%)。対GDP比は6.5%(対前年比マイナス0.6%)

コロナ発生以来、病院の総収入は伸び続けているが、診療回数は急減。公立病院の減収分を国家が補助金で補填している構図。

今年に入って7月までに2000余りの民間病院が倒産民間病院1院当たり平均553万元(約1億1060万円)の赤字を出している。

 

今年(2022年)7月12日、北京は「2021年中国医療保健発展統計速報」(a)を発表した(図表参照)。その中で注目されるのは、昨年の医療保険総額が推計7兆5593.6億元(約151兆1872億円。前年比プラス4.7%)だった点である。

▲図表 出典:「2021年中国医療保健発展統計速報」

(1)政府医療保険は2兆718.5億元(約41兆4370億円。前年比マイナス5.6%)で全体の27.4%、

(2)社会医療保険(社会医療費、民間医療保険料、社会医療支出、社会寄付援助等が含まれる)は3兆3920.3億元(約67兆8406億円。前年比プラス12%)で全体の44.9%、

(3)個人医療保険は2兆0954.8億元(約41兆9096億円。前年比プラス5%)で全体の27.7%を占めている。

なお、同総額の対GDP比は6.5%(前年比マイナス0.6%) となる。また、1人当たりの医療保険総額は5348.1元(約10.7万円。前年比プラス4.6%)となっている。

2021年の医療保険総額に関する解説は、今年7月21日付『ヘルス・インサイト』 の記事(b)が詳しいので、抄訳しよう。

前出の通り、昨年の医療保険総額、7兆5500億元(約151兆円)は大きな衝撃だった。コロナ元年の2020年には、同総額が7兆2000億元(約144兆元)で、GDPの7.12%を占めた。だが、昨年、医療保険総額は増加して過去最高を更新したが、GDPに占める割合が低下している。

中国では2021年2月以降、32億回分のワクチンが接種された。ワクチンの費用は主に健康保険基金と国庫が負担し、1200億元(約2.4兆円)以上にのぼるという。

▲写真 新型コロナワクチンの接種(2020年4月15日 中国・武漢市) 出典:Photo by TPG/Getty Images

医療経済学者は、ワクチン接種コストは2つあり、1つはワクチンそのもの、もう1つはワクチン接種の(投与側)人件費だと指摘している。後者1回分の費用は場所によって異なり、3〜10元程度(約60円~200円)である。最高額10元(×32億回=320億元<約6400億円>)とし、上記の1200億元(約2.4兆円)と合算すると、ワクチンのコストは、およそ1500億元(約3兆円)程度になるだろう。

他方、ワクチン接種に比べてPCR検査費用の方が、はるかに複雑である。例えば、「検査しなければならないグループ」と「検査を希望するグループ」という2つの集団では、費用の支払い方法が異なっている。

前者は国庫、医療保険、社会保険が負担し、後者は個人が一部負担するという具合に、医療保険費の負担者が別である。この件については統計がない。

昨年はまだ全国民に広くPCR検査を実施していなかったが、その時点では、PCR検査費用は高く、小さなコストでは済まなかった。

実際、ワクチンやPCR検査にかかる医療保険費以外、中国国内では、何万という医療機関が施設を改修し、コロナ対策に必要な機器や備品を購入した“隠れたコスト”も存在する。これらの費用の大部分は、国からの補助金で賄われた。

▲写真 北京市での集団PCR検査(2022年3月21日 中国・北京市) 出典:Photo by Andrea Verdelli/Getty Images

一方、コロナ発生以来、全国の病院の総収入は伸び続けているが、コロナによって全国の公立病院の診療回数が急激に減少し、収入は大きな影響を受けている(この点は後述する)。なぜ、このような矛盾が生じたのか。

業界関係者によると、政府がコロナ流行期に公立病院への財政補助を強化したためだという。コロナ流行前、公立病院の補助金は10%程度で、それは国庫から捻出されていた。

けれども、2020年には政府補助金が16%まで増え、コロナの流行状況が比較的安定した昨年でも、例年よりはるかに高くなっている。つまり、治療回数の減少による公立病院の減収を国家が補助金で補填している構図である。

しかし、これらの補助金は、病院の“防疫支援”のために使われているので、治療回数に連動した医師の収入や病院の収益には、直接、結び付かない。したがって、多くの医師の収入は減少し、病院も赤字が続いている。

実は、医療保険総額はGDPとよく比較される。

1952年から2018年の間に、中国の医療保険総額は8.5億元(約170億円)から5.9兆元(約118兆円)に急増し、同国GDPの1.3%から6.6%に増加した。

だが、2019年のデータでは、中国の医療保険総額のGDPシェアはWHO加盟国の中、86位、BRICS諸国の中では南アフリカ(9.11%)、ブラジル(9.88%)を下回っている。また、OECD諸国の同総額平均がGDP比約8.8%からすれば、中国の医療保険への投資は少ない。

ところで、目下、中国の公立病院は数兆元の負債を抱えている(c)という。

『2021年中国医療保険統計年鑑』によれば、2020年、公立病院の負債は17.64兆元(約352.8兆円)で、負債比率(総負債/総資産)は約45.75%だった(一般に、負債比率が50%以上になると倒産のリスクが高まる)。

他方、中国国家衛生委員会によると、2021年末現在、全国には公立病院が1万1804院、民間病院が2万4766院存在していた。けれども、今年に入って7月までに2000余りの民間病院が倒産している。ちなみに、民間病院は1院当たり平均553万元(約1億1060万円)の赤字を出しているという。

 

<注>

(a)「2021年中国医療保健発展統計速報」

(http://www.gov.cn/xinwen/2022-07/12/content_5700670.htm)。

(b)『ヘルス・インサイト』 :「医療保険総額7.5兆元 中国は一体『ゼロコロナ政策』にいくら使ったか?」(2022年7月21日付)

(https://mp.weixin.qq.com/s/gnCmHmhgB3sWFZkjfnNO8Q)。

(c)『中国瞭望』:「中国の公立病院は数兆円の負債を抱え、2000以上の民間病院が閉鎖される」(2022年7月24日付)

(https://news.creaders.net/china/2022/07/24/2507797.html)。

トップ写真:コロナ禍の上海の病院の受付の様子(2021年9月11日 中国・上海) 出典:Photo by Hu Chengwei/Getty Images




この記事を書いた人
澁谷司アジア太平洋交流学会会長

1953年東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。東京外国語大学大学院「地域研究」研究科修了。元拓殖大学海外事情研究所教授。アジア太平洋交流学会会長。

澁谷司

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