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.社会  投稿日:2023/8/28

米国疾病罹患率・死亡率週報(MMWR)誌に掲載された再感染の「危険性」に関する情報の正しい解釈について


高橋謙造(帝京大学大学院公衆衛生学研究科・ナビタスクリニック川崎小児科)

【まとめ】

・MMWRから、新型コロナXBB系統は重症化率も死亡率も上昇しておりハイブリッド免疫も危ないとの指摘あり。

・ハイブリッド免疫は重症化に対する強力な防御をもたらすとの知見もある。

・自論に有利な証拠のみ並べ、それと矛盾する証拠を隠したり無視することは回避すべき。

 

2023年8月現在、日本国内は新型コロナ感染症第9波の只中にあります。現在の流行主体は、オミクロン株の中でも感染力が比較的強いXBB系統です。感染力は強いのですが、オミクロン系統ということで、致死率(感染した方の中で亡くなる方の割合)は一般的に高くないというのが大方の見解でした。

しかし、「これを覆すような知見がMMWR(Morbidity and Mortality Weekly Report米国疾病罹患率・死亡率週報)から出たようだ。再感染の危険性が論じられていて、重症化率も死亡率も上昇している。これが本当なら、自然感染で獲得した免疫とワクチン免疫の双方を得ているハイブリッド免疫も危ないということにはならないか?」という質問を、ある医療系学生から受けました。MMWRは、米国のCDC(Center for Disease Control)が発信している貴重で権威ある疫学情報報告です。実際にそのような事態が生じたとすれば、根本的にコロナの扱いを変える必要があります。

まだ、世界的なパンデミックを経験してから3年半しか経過していない段階では、「正解は、常に更新され、研究が進み、新たな知見が加わればコロナとの闘い方も変わる。」というのが私のスタンスです。(【コロナ その先へ】⑦完〈医療〉「正解は更新される」 情報読解力高める好機に – 産経ニュース

しかし、彼からのこの指摘には違和感を覚えました。なぜなら、第9波の只中にある日本において、死亡率が急増している事もなければ、病床の逼迫も起きていないのです。臨床の現場に関わる者としての感覚とかなり乖離を感じました。

沖縄で大活躍されている徳田安春先生からも、「その知見は現場と解離していると思います。沖縄の現場では重症人数は増えませんでした。全県での瞬間最大数で15人ですよ。」

そして、情報の出所となったMMWR記事(1)を読んでみました。

基本的に、この報告は、2021年9月から2022年8月にかけてのデータを分析したものでした。確かに、デルタ株流行期とオミクロンBQ.1/BQ.1.1株流行期の比較で、COVID関連入院率は、1.9%から17.0%に、COVID関連死亡率は、1.2%から12.3%に増加していると書いてありました。オミクロンBQ.1/BQ.1.1株が流行の主体であったのは、日本においては第8波でした。第8波での致死率は、0.18%であり、第3波(1.82%),第4波(1.88%)と比較しても、非常に低くなっていました(2)

MMWRには、これらのデータの解釈がDiscussionとして書いてありました。

今回の再感染は、18-49歳の若年層が主たるもので、この年齢層では多要因(ワクチン接種適応が遅くなったこと、ワクチン接種率がそもそも低いこと等)などの可能性があると論じられていました。

更に、再感染は、一般の感染症例と比較して、入院または死亡した人においては発生頻度が低いという点も論じられていました。これは、前回の感染によって誘導された免疫が、その後の感染に対するよりも重篤な転帰に対する防御に優れているというエビデンスと一致していますし、再感染による重篤な転帰のリスクは、ワクチン接種によって減少させることができるとも論じられていました。残念なことに、今回の解析ではワクチンの有効性は評価されていなかったのです。

彼が懸念したハイブリッド免疫に関しては、NEJM(New England Journal of Medicine)誌でも過去の感染と最近のブースターワクチン接種によるハイブリッド免疫が最も強い防御効果を示すと評価されています(3)し、Journal of Infection Prevention誌の最新論文では、ハイブリッド免疫は重症化に対する強力な防御をもたらすという知見もあります(4)。ハイブリッド免疫が危険という懸念も該当しないことになります。

これらを彼に伝えると、「データのつまみ食いはだめなんですね。反省して精進します。」との回答がありました。

最後に彼にお伝えしたのは、自分の考えを支持する証拠だけに注目し、反証を無視する無意識の傾向を確証バイアスということ、これを回避するのが科学者として非常に重要であること等をお伝えしました。自分の思い込みによる論の展開であれ、確証バイアスに基づいた内容であれ、チェリー・ピッキング(数多い事例の中から自論に有利な証拠のみを並べ、それと矛盾する証拠を隠したり無視する行為のこと)(5)は回避すべきであるということです。

(了)

▲写真 帝京大学大学院公衆衛生学研究科・ナビタスクリニック川崎小児科 高橋謙造(筆者提供)

<参考文献>

(1) Trends in Laboratory-Confirmed SARS-CoV-2 Reinfections and Associated Hospitalizations and Deaths Among Adults Aged ≥18 Years — 18 U.S. Jurisdictions, September 2021–December 2022. https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/72/wr/mm7225a3.htm

(2) 新型コロナ第8波 死亡が多くなった要因 専門家の考察や対策は. https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20230224c.html

(3) Effects of Previous Infection and Vaccination on Symptomatic Omicron Infections https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa2203965?fbclid=IwAR2KQ9REqr8Wqh5TKrngGHRxASMqFyaW4KLxcaVNuxb0MtcdfZqgQ77o-ho

(4) Outcomes associated with SARS-CoV-2 reinfection in individuals with natural and hybrid immunity https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1876034123002095?fbclid=IwAR0z6Uocsjnb1AKV7KL23L9VdemBoz77g68Utl0VksCN7zxaOziWTuOydxg#bib26

(5) チェリー・ピッキング https://ja.wikipedia.org/wiki/チェリー・ピッキング

**本記事はMERIC by 医療ガバナンス研究所(2023年8月21日)の記事の転載です。

トップ写真:ファイザーコロナウイルスワクチン接種の注射器を準備する看護師(イメージ ※本文とは関係ありません)2022年1月20日、東京  出典:Photo by Carl Court/Getty Images




この記事を書いた人
高橋謙造帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授

1966年生まれ。兵庫県出身。福島県立磐城高等学校を経て、1994年(平成6年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で小児科研修の後、徳之島徳洲会病院小児科、千葉西総合病院小児科、順天堂大学公衆衛生学教室助手、厚生労働省大臣官房国際課、国立国際医療研究センター国際協力局等を経て、2017年より現職。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は小児科学、国際地域保健学、国際母子保健学、感染症政策等。

高橋謙造

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