日中間に深刻なパーセプションギャップ
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#20
2024年5月13-19日
【まとめ】
・中国人の対日観と日本人の対中観の「ずれ」が拡大。
・経済面でも対中観は好転していない。
・ところが中国側のパーセプションは全く逆で、根拠なき楽観論がある。
先週は意を決し、5日間中国本土に出張させてもらった。北京で2泊、深圳と広州でそれぞれ一泊という強行軍だった。中国出張は7年ぶりだったが、今回は中国を「再発見」する意義深い旅となった。この場をお借りして、改めて、出張中お世話になった在外公館関係者に深甚なる謝意を表したい。
今回の出張で最も強く感じたことは、日中の一般国民のレベルで、相手側に対する深刻なパーセプションギャップが生じているのでは、ということ。3年間のゼロコロナ政策により、中国人の対日観と日本人の対中観の「ずれ」が従来以上に拡大しているのではないか。確かに、こうしたギャップは昔からだが、今回は特に深刻だと思った。
日本人の対中観は悪化している。典型例は「中国は怖い国。何もしていなくても、スパイ容疑で拘束される、とても安心して旅行に行きたいとは思わない」という懸念だ。筆者自身、多くの友人から「今度は拘束されるぞ」と茶化されたこともあり、長い間、訪中を躊躇していたほどだ。
経済面でも対中観は好転していない。典型例は「中国経済はもうピークを過ぎた。経済は直ちに崩壊はしないが、もう長期高度成長は無理だ。とても安心して投資できる状況にはない」といった懸念である。更に、いわゆる「経済安全保障」問題が追い打ちをかけたからか、対中投資が冷え込んでいるとの見方もある。
ところが中国側のパーセプションは全く逆。政治面では「拘束が怖いというが、中国の法律を守りさえすれば、全く問題ない」「なぜ日本は今や落ち目のアメリカへの依存を続けるのか。なぜ中国の側に付かないのか」と感じている。経済面でも「日本経済はもうオワコン。中国経済は日本のようはならない」という根拠なき楽観論がある。
だが、日中関係に関する限り、真実は必ずしも中間にはないのだろう。この点、詳しくは今週のJapanTimesにコラムを書いたのでご一読願いたい。ちなみに、北京には国際問題を議論できる中国人の友人もまだいると思ったが、今回は敢えて連絡しなかった。彼らを不必要な窮地に追い込みたくないからだ。
今回出張の目玉はハードウエア製造業の躍進が凄まじい深圳、東莞など珠江デルタ地域訪問だった。BYDは年間300万台のEV系車両を生産し、夥しい数の裾野の広い製造業がこれらハイテク企業を支えている。ここは一部製造業がまだ健在の日本経済とも親和性が高く、日中スタートアップ産業誕生の可能性を秘めている。
この点については今週の産経新聞WorldWatchに書いたので、こちらもご一読願いたい。欧米が「中国政府の補助金で過剰生産された製品のダンピング輸出が競争を歪めている」と批判するのに対し、中国側は「過剰生産」そのものを否定しているらしい。だが、恐らく実態はそれほど単純な話ではなさそうだ。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
5月14日 火曜日 韓国外相が訪中(15日まで)
デンマーク、コペンハーゲン民主首脳会議を主催
5月15日 水曜日 スイス大統領訪独、ドイツ首相と会談
シンガポール首相、退任
5月16日 木曜日 バハレーン、アラブ連盟首脳会議を主催
NATO国防大臣会合(ブラッセル)
5月17日 金曜日 アルゼンチン外相訪米、国務長官と会談
ラトビア、欧州外相会合を主催
モルドバ大統領訪独、独首相と会談
5月18日 土曜日 ペルー、APEC貿易大臣会合を主催(19日まで)
5月19日 日曜日 ドミニカで総選挙
5月20日 月曜日 台湾新総統就任式
最後は、ガザでの停戦交渉の行方である。先々週筆者は、
- 今もイスラエルは将来の、より洗練された、ラファ侵攻作戦を準備しつつあるが、
- 米国の対イスラエル圧力も相当なもので、ネタニヤフも妥協せざるを得ないのか
- という訳で、今後ガザをめぐり人質解放と停戦に向けた交渉が動くかもしれない
と書き、先週には
- 一つ間違えると、ネタニヤフは米国のバイデン政権か、現在の保守強硬派連立政権か、人質問題と戦争長期化に不満を募らせるイスラエル国民の支持、のいずれかを失いかねない・・・
と書いたが、今週の筆者の関心事は米イスラエル関係の行方である。このままでは両国間、特にバイデンとネタニヤフの間で「チキンゲーム」が始まってしまう。それを笑うのはイランとハマースであり、中露もそれを大歓迎するだろう。「有事が近付くと誤算の連鎖が始まる」、とは正にこうした事態を指しているのかもしれない。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:深圳の街の様子。2018年7月8日。出典:Photo by TPG/Getty Images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。