熱い連帯がキーワード〜アメリカの俳優組合ストライキ~
柏原雅弘(ニューヨーク在住フリービデオグラファー)
【まとめ】
・アメリカ俳優-出演者組合のストライキは終わる兆しを見せない。
・AIの発達で、俳優らのコピーが許諾無しに勝手に「無報酬で」出演させられている。
・ストは、新技術に対する俳優たちの「職業の存続を賭けた戦い」。
7月に始まった、加入メンバー16万人のアメリカ俳優-出演者組合・SAG-AFTRA(Screen Actors Guild – American Federation of Television and Radio Artists)のストライキは終わる兆しを見せない。ストはハリウッドを始め、全米各地で今も行われている。
このストは大手映画会社・テレビ局・ネットフリックスなどのストリーミングサービスを行う制作会社で構成される映画・テレビプロデューサー同盟・AMPTP(Alliance of Motion Picture and Television Producers)に対して行われている。
16万人の組合員が、ストによってAMPTP傘下のすべての映画、番組に関連する出演を拒絶しているので、この間、組合の俳優を使った映画・テレビ番組の制作は、実質不可能になっており、この状況が、もう3ヶ月も続いている。
7月に新作「ミッション・インポッシブル」主演のトム・クルーズは宣伝に来日する予定だったが、今回のストの相手である制作会社の宣伝に、組合員であるトム・クルーズは参加することは出来ず、来日は中止になった。ハリウッドの大物俳優はほぼ全員、組合員であると思ってもいい。
余談だが、2021年2月まで、ドナルド・トランプ前大統領も組合員だった。同年1月6日の議会議事堂襲撃を支持したこと、合わせて組合員に敵対する言動を取ったためで懲戒処分が提起され、公聴会が開かれるのを待たずして、自ら辞表を組合に叩きつけた。その後、組合はトランプから仮に再加入の申請があっても認めない、という決定を下している。(参照1)
閑話休題。
映画・テレビ番組などは近年、劇場公開の他は、動画配信サービス(ストリーミング・サービス)で視聴されることが多い。以前のようにDVDなどの、追加の売上、テレビ番組の再放送による二次使用料が出演者に報酬としてカウントされていた頃とは様相が変わった。
視聴による売上の計算方式がちがうストリーミング・サービスでは、仮に作品が大ヒットしても、出演者にはほぼ、何も還元されなくなってしまった。
個人的には、作品の視聴された数で出演料を算出して、出演者に相当の対価を支払うべきだと思うが、配信する側は、なぜか基本となる視聴数の公開を拒んでいる。おまけに、AIの発達で俳優や声優の声の複製が可能になった今、俳優らのコピーが本人の許諾を受けないまま、あちこちの作品に勝手に「無報酬で」出演させられている事態になっており、出演する側が受け取る報酬は、最初の出演時のみ、ということで、俳優らの報酬は激減している。
組合員16万人のうち「スター様」は氷山の一角どころか、針の先ほどもいない。8割以上の組合員は年収2万6,000ドル(円換算で380万円だが、アメリカでの実質生活感覚では260万円)以下で、組合の健康保険に加入できる条件の一つである最低収入の2万7,000ドルを下回っている。
このストは、新たな技術に対する俳優たちの「俳優という職業の存続を賭けた戦い」であり、過去の組合交渉とは比べ物にならないくらい重要な意味合いがある。俳優たちが団体ストという行動に移したのは1980年のストライキ以来43年ぶりであり、皆の悲痛な叫びが聞こえてくる(ちなみに1980年のストの主な争点は当時一般に浸透しつつあった、ビデオの売上に関する利益分配だった)。
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9月も終わりの頃、ニューヨークで俳優組合のデモでも、アジア・太平洋系俳優が中心となるデモがある、と、知り合いのジャーナリストに聞いたので行ってみた。
▲写真 アジア人が多く参加するデモ(執筆者提供)
現場に着いて驚いたのは、アジア人を中心にしたデモのはずなのに、アジア人を上回る数百人の人々がデモに多く参加していたということであった。
この日のデモは、これまでの争点に加え、アジア人などの俳優は歴史的に待遇、収入面で差別されており、これも是正してもらいたいということを訴えるデモであった。例えば、ブルース・リーは60年前、ハリウッドでダブル主役の座を射止めながら同じ立場であるはずの白人主役のギャラの何分の一しか受け取っていなかったが、そういう差別が、どこよりも性差別、人種差別に厳しいはずの今日のアメリカにおいてでも、続いているという。
デモには日本人の俳優も参加していた。
現場にいた、アメリカで活躍する、SAG-AFTRA組合員の日本人俳優、ジュン・スエナガさんに話を聞いた。
ー 今回のデモは、サブスクとAIの問題が大きな争点、ということですか。
ー スエナガさん:加えて、第三の問題として、今の報酬規定はかなり昔に決められたもので、今にはそぐわない。最近のインフレ分も考慮して上げてもらいたい、ということがあります。制作側はこっちも大変、というけれど、ならばトップが得ている収入は異常だと思います。ちゃんと働いている人が正当な利益を得るべきだと思います。
▲写真 デモに参加するジュン・スエナガさん(執筆者提供)
スエナガさんに誘われてこの日のデモに参加したという、同じくアメリカで俳優/ダンサー/モデルとしても活躍する三宅由利子さんはこうも言う。
ー 三宅さん:「違う分野のひとたちがこうやって一緒に声をあげてくれる。数が力になって、自分たちはひとりじゃないんだ、という思いにさせられ、勇気づけられます。日本だと、俳優がデモで声を上げる、などということはまずないので、違いに驚かされます。」
▲写真 (左から)デモに参加する、アクション監督・香純恭さん、俳優/三宅由利子さん・俳優/藤原明子さん(執筆者提供)
日本では昔に比べると、世間を揺るがすような大きなストは近年ないが、アメリカで2023年に起きたストは312件にも上り、デモに参加した人数は453,000人以上で、ストの件数は昨年の倍だという。
今年9月15日から始まった、組合員が90万人以上のUAW(全米自動車労組)の段階的ストなども、賃金をインフレ率と連動させるシステムの採用、EV(電気自動車)製造へ移行することへの雇用不安などへの対処なども争点だ。(参照2,3)
日本においては、ネット上では景気や物価に対するかなりの怒りや、不満の声も聞こえてくるが、大きな行動が起きた、という話は聞こえてこない。日本を離れて長い部外者が何をいうか!とお叱りを受けそうだが、それは諦観なのかあきらめなのか・・・・
(参照1)
Donald Trump Banned From Ever Rejoining SAG-AFTRA – Deadline
(参照2)
Why so many workers are striking in 2023: ‘Strikes can often be contagious,’ says expert
(参照3)
全米自動車労組(UAW)、9月29日からGMとフォードの2工場でストライキ拡大(米国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース
トップ写真:NYでのSAG-AFTRA(アメリカ俳優-出演者組合)のピケ(執筆者提供)
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この記事を書いた人
柏原雅弘ニューヨーク在住フリービデオグラファー
1962年東京生まれ。業務映画制作会社撮影部勤務の後、1989年渡米。日系プロダクション勤務後、1997年に独立。以降フリー。在京各局のバラエティー番組の撮影からスポーツの中継、ニュース、ドキュメンタリーの撮影をこなす。小学生の男児と2歳の女児がいる。