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.国際  投稿日:2024/6/27

「トランプ陣営の世界戦略がさらに明るみに」その4 中国とはディカップリングも


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・過去のアメリカ側の対中政策こそ中国をアメリカにとって最も危険な存在にした。

・トランプ政権時代に中国への政策を歴史的とも呼べるほど根幹から修正。

・中国への経済面での依存をなくすための戦略的ディカップリングが欠かせない。

 

つまりは過去のアメリカ側の対中政策こそが現在の中国をアメリカにとって最も危険な存在にしてしまった、というのである。そのうえで報告書は2017年から発足したトランプ政権こそがこの過去の危険な対中政策を全面的に改めたことを強調していた。

確かにアメリカ側の長年の対中政策はトランプ政権時代に大転回、大逆転した。それまでの中国に対する関与政策を失敗だったと宣言して、強硬な対決姿勢を打ち出したのだった。関与政策とは中国をより豊かに、より強くするように支援すれば、中国はアメリカ主導の国際秩序に普通の一員として入ってくるし、国内での非民主的な弾圧が減るだろうという期待を踏み台とする政策だった。

その背後には対中関与策は当時のアメリカの主敵のソ連に対する牽制にもなるという願望もあった。だがこの種の期待や願望はまったく外れたのだった。中国はアメリカの関与政策によって反米の姿勢を固めながら、それを隠し、実際にはより強く、より豊かになってしまったのだ。アメリカとすれば、敵となるモンスターを育てたともいえよう。もっともこの点ではわが日本は中国に巨額の経済援助まで与え続けたのだから、もっとひどかった。

とにかくアメリカはトランプ政権時代に中国への政策を歴史的とも呼べるほど根幹から修正した。後継の民主党バイデン政権もその対中強硬策の主要点はそのまま引き継いだのである。

こうした経緯をみれば、2025年1月に再登場するかもしれない二期目のトランプ政権が強固な対中政策を続け、むしろその内容を強化していくという展望は自明といえるだろう。報告書はその対策としてまず以下の点を強調していた。

「トランプ陣営の新対中政策はまず東アジアでの“熱い戦争”もありうるという有事想定を基礎に国家安全保障を強化する。そのためにはアメリカの国民とシステムとの固有の強靭さによって抑止の力を強化すれば、悲惨な結果を招く軍事衝突も避けられる」

「基本的にはアメリカの成功は経済繁栄、安全なサプライ(供給)チェーン、エネルギー自立、文化の弾力性、そして軍事面での抑止力によって達成され、保持されてきた。この総合的な強さが中国の脅威を骨抜きにして、戦争を回避することを可能にする」

この点は日本にとっても重大な指摘だといえよう。トランプ陣営は中国のいまの脅威から最悪の場合には米中戦争も起きうるとみているのだ。中国側の軍事面での大増強、そして攻撃性の強い戦略構成からみてアメリカとの闘いも辞さずという構えがあるとの米側の認識はとくにトランプ陣営でなくても、示唆されている。

だからトランプ陣営としてはいまの中国との対決が軍事衝突にまで発展する危険を秘めているとみて、その防止、抑止の手段を現実的に考える、というわけだろう。

報告書はさらに中国への対応について書いていた。

「戦争の抑止の基本は相互主義にもある。中国共産党の当事者とその関係者には米側の土地やインフラの保有、知的財産の取得、教育の機会、ソーシャルメディアへの参加などを中国側が自国内で米側に許している以上には認めてはならない。中国共産党はこれまで一方的に米側の資産を使用し、取得し、アメリカの経済や安全保障を侵食してきたのだ」

この点も重要である。中国は自国内でアメリカ人だけでなく、外国人一般に土地やインフラの保有に類する活動を許していない。

同報告書はさらにアメリカがこれまでに政府が保つ国民への年金用の巨額な公的資金を中国側の企業への投資や融資に回していたことを指摘し、もうやめるべきだと提起していた。

報告書はまた供給チェーンについても厳しい警告をする。

「中国はグローバル規模で重要産業分野のサプライチェーンを独占している。特定の鉱物、化学製品、医薬品、医療機具、リチウム電池、太陽発電パネルなどの独占に近い状態は中国に国際的な地政情勢を操り、他の諸国への恫喝的、強制的な外交を展開することを可能にしている。

アメリカの真の自立や安全の保持のためには、この種の中国への危険な依存から脱却することが絶対に必要である。中国のサプライチェーンからの脱却には供給源をアメリカ国内に移すことや、中国以外の友好諸国、民主主義諸国へと変えることなど多様な方法がある。いずれにせよ中国への経済面での依存をなくすための戦略的ディカップリング(decoupling切り離し)が欠かせない

やはり「ディカップリング」の主張なのである。報告書はトランプ陣営が究極的には最も危険視する中国の軍事力大増強についても改めて「前例のない歴史的な大軍拡」という見出しの項目を設けて警告を発していた。

「中国はアメリカとの経済関係で強化した国力を基礎にわずか2、30年の間に世界でも最大級の軍隊を築きあげた。2023年度の軍事費は公表部分だけでも前年の7.5%増と大幅に増え続けた。中国は海軍の艦艇数が世界一、空軍は戦闘機が1000機以上、戦略爆撃機が数十機、米側の空母や戦艦を撃沈できる多数のミサイル、さらに規模と機能が発展し続ける核戦力など、中国軍の増強は世界史でも他に例のないほど急速に進んだといえる」

「中国軍は核戦力では大陸間弾道ミサイル(ICBM)、戦略爆撃機、核ミサイル搭載潜水艦という3つの柱をいずれも急激に拡大し、強化している。米側の情報では中国はすでに400個以上の核弾頭を保有し、2035年までにはその数は1500となる。地上配備のICBMの基数は中国はすでにアメリカを越えた。さらに極超音速ミサイルなど新兵器の開発も活発である」

(その5につづく。その1その2その3

*この記事は総合雑誌「月刊 正論」2024年7月号に掲載された古森義久氏の論文「トランプ陣営の『世界戦略』を知る」の転載です。




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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