フリーランスの記者は害悪で記者クラブこそが正しいのか

清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・フリーランス記者の排除を求める論調は危険、記者クラブは民間の一任意団体に過ぎない。
・記者クラブの記者は専門知識が欠如しているにも関わらず、会見への参加が優遇されている。
・記者クラブは会見を囲い込み、役所と友好的な関係を構築。日本もプレスパス制度の導入を検討すべき。
1月27日から翌午前2時半まで続いた、元タレント中居正広氏(52)の女性トラブルを巡るフジテレビの記者会見でフリーランスの記者に批判が集まっている。SNSでは「きちんとした会社の記者クラブ」メディアだけを参加させるべきだという意見も少なくなく見られた。
一部のフリーランスの記者の行状をフリーランスは全部同じだから、「大きな会社」の記者クラブメディアに任せろというのは極めて危険だ。そもそも会見で問題となった「延々と自説を開帳する」「司会の制止を聞かない」「相手の発言を遮って話す」というような行状は記者クラブの記者である望月衣塑子東京新聞記者も行っていた。彼女の行状までフリーランスのせいにするのはやめて欲しい。フリーランスの記者の一人としていわせてもらえれば、程度の悪い記者はフリーランスにも記者クラブメディアの記者にもいる。防衛省の会見で延々とお気持ち表明をする記者はいる。
そもそも世界で日本以外はジンバブエぐらいにしか存在しない記者クラブが優れたシステムなのか。良いシステムであれば多くの国で採用されているはずだが、日本の影響で記者クラブ制度を持っていた韓国もとっくの昔にやめている。
このような混乱を招いた原因の一つは記者クラブによる会見の囲い込みだ。官公庁や大企業、経団連などの会見は記者クラブが囲い込んでおり、他の媒体やフリーランスを排除している。だからフリーランスの記者が会見で質問する経験を蓄積できない。
他国では公的な機関が一定の水準と実績を満たした記者にプレスパスを発行することが普通だ。そのようなシステムがあり、パス保有者だけを参加させれば今回のような混乱は無かったのではないか。海外の取材ではこの手の公的なプレスパスを求められることが少なくない。そのようなシステムが存在しない先進国は日本ぐらいだ。
筆者はフリーランスだがドイツの防衛専門誌の記者の立場で外務省のプレスパスをもっているので防衛省の会見にも参加できるし、外国での記者として証明として使える。だが不思議なことにこのパスには「このパスはIDではない」と記されている。
そもそも記者クラブは民間の一任意団体だ。ステイタスとしては町内会やマンションの管理組合と同じだ。会員は新聞、テレビ、通信社などに限られる。その「民間の一任意団体」が報道の代表を自称して、非会員メディアやフリーランスを排除して官公庁の会見やレクチャーなど排除して取材機会を囲い込んでいる。例えば経産省や財務省などの会見に「週刊東洋経済」や「週刊ダイヤモンド」などの「専門記者」は参加できない。記者クラブメディアよりも専門性持っている業界紙や専門誌が会見に参加できないのだ。
記者クラブメディアの記者は一般に専門知識が欠如している。単に会社の事例で配属されているだけだ。例えば防衛省記者クラブの担当者は軍事の専門知識はない。海外で軍隊の取材経験もない。配属されてから役所のレクチャーなどで勉強するだけだ。だから役所の説明が事実ではなくてもそれを見破ることができない。別に我々専門記者と同じ知識を持てというつもりはない。媒体特性も対象読者も違うからだ。だが最低限の軍事的な知識と教養は持つべきだろう。
大臣会見に際して事前に質問を事前に提出し、それに対して官僚が答弁書を書いて、大臣はそれを読み上げるだけだ。このような小芝居を外国では会見と呼ばない。
こうすれば役所と有効的な関係、すなわち馴れ合いの関係が保てるからだ。記者クラブのメディアが大臣会見や幕僚長会見で大臣や幕僚長が返答に窮するような質問はしない。そうすることによって独占的に役所から情報が入手できるのだ。メディアの使命は権力の監視だが、記者クラブにはそれができない。むしろ記者クラブは国民の知る権利から役所や政権を守るための防波堤として機能している。
実際筆者は2013年にNHKの政治部の鈴木徹也記者に会見での質問を妨害されたことがある。自分たちがぬるま湯で当たり障りのない質問をしているのに、大臣が窮するような質問をするな、とうことだろう。この件をNHKに抗議しようと電話をしたが交換台は広報につながずに、「視聴者係」につなげた。そこでも広報につなげといっても頑として受け付けなかった。これ以後筆者がNHKから取材を受けることはなくなった。一般には知られていないが防衛省の大臣会見はそんな記者クラブが主催している。
防衛省記者クラブは河野太郎氏が防衛大臣のとき、会見では当たり障りのない質問をして、会見後に非公開の囲み取材で大臣から話を聞いていた。これは記者会見の形骸化ではないと質問したら、この慣習はなくなった。同様にそれまで防衛省は2名のスタッフに記者クラブのお茶くみやコピーを担当させていたが、筆者が一民間任意団体に役所が便宜供与を与えていいかと抗議したら、これもなくなった。
繰り返すが、記者クラブは一民間任意団体にすぎない。その一民間任意団体が、役所と結託して他の報道機関やフリーランスをなんの法的な根拠もなく排除している。率直に申し上げて記者クラブは戦前から軍部と一体化して戦争を煽った大政翼賛会と大同小異の団体である。日本の報道透明性が低いと海外から批判されるのは記者クラブの閉鎖性と、当局との癒着にある。
特に問題なのが警察、検察、裁判所と記者クラブの癒着である。記者クラブはこれらの役所と対立するような記事を基本的に書かない。それは後で意趣返しを受けるからだ。だから警察や検察の裏金問題などは追求しない。その代わり癒着することで情報をリークしてもらう。
2021年に黒川弘務・元東京高検検事長は在職中に知人の新聞記者ら3人と賭けマージャンをしたとして、東京簡裁から賭博罪で罰金20万円の略式命令を受けた。取材対象、しかも不法行為を取り締まる検察とその担当記者クラブの記者があろうことか賭け麻雀をやっていたのだ。これが癒着ではなくてなんなのだ。
記者クラブメディアはこれらの当局からのリークを検証しないで報道する。これが冤罪の温床となっている。メディアが容疑者=犯人と決めつけて報道することによって当局を援護するのだ。例えば経済評論家の植草甚一氏は2004年に品川駅のエスカレーターで女子高生のスカートの中を手鏡で覗こうとしたとして逮捕されが、本件とは関係がない自家用車から女子高生の制服がでてきたなど報道された。この情報を知りうるのは捜査当局だけだったはずだ。これは個人の性癖であり、この暴露はプライバシーの侵害であり、事件とは関係ない話だ。それを面白おかしく報道されたが人権侵害だ。
また1994年長野県松本市でオウム真理教により引き起こされたテロ事件で、長野県警は通報者が犯人と決めつけ、記者クラブメディアは検証も裏付けも取らずに通報者をあたかも犯人のごとく報道した。記者クラブメディアはまるで江戸時代の同心の手下の岡っ引きのような機能を果たしている。
このようなメディアリンチを恐れて無実の被疑者が有罪を認めることは少なくない。我が国では年単位で容疑者を収監できる悪名高い「代用監獄」が公然と認められており、同様に自白の強要なども行われている。このため冤罪の発生率は極めて多いのではないか。
古い話で恐縮だが2005年に発生した福知山線事故のJR西日本の記者クラブ、「青灯(せいとう)クラブ」記者会見において、「遺族の前で泣いたようなふりをして、心の中でべろ出しとるんやろ」、「あんたらみんなクビや」と品性下劣な発言をしていた記者クラブ会員メディアの記者がいた。これが「『記者会見で罵声』を浴びせた『ヒゲの傲慢記者』の社名」という記事が週刊新潮5月19日号に掲載されており、その記者の写真も公表された。この記者は読売新聞大阪本社社会部の遊軍のT記者、とイニシャルで書かれていた。
筆者は独自の調査でこの記者が竹村文之であることを突き止め、ブログで公開したら、非常に大きな関心を呼んだ。
JR西日本記者会見で罵声を浴びせたヒゲ記者の[正体] 読売新聞大阪本社社会部遊軍 竹村文之
同年5月13日読売新聞はこの記者の行状について「記者の不適切発言おわび」と題した謝罪の記事が掲載した。だが、件の記者の氏名を掲載しなかった。新聞は犯罪被害者の氏名までも書き散らして顔写真まで晒す。しかし、自社の記者が犯した「迷惑」に関しては匿名を通した。既に筆者が氏名を公開してネットで話題になったのに、紙面でお詫びしておいて匿名で通すのは滑稽ですらある。
またこの記事の署名が大阪本社社会部長、谷高志氏だった。つまり、これはせいぜい大阪本社社会部止まりの「些細な事柄」で東京の本社が謝罪するべきものではない、ということだろう。本来ならば大阪本社社長ないし、読売新聞グループ本社代表取締役で主筆でもある渡辺恒雄氏(故人)が謝罪すべき問題だったろう。
竹村文之は件の会見で「社長出せや~」と主張していたのだから、渡辺恒雄氏が出てきて謝罪すべきではなかったか。
しかもその後の週刊新潮並びに週刊文春両誌によると読売の竹村文之記者より悪質な記者がいたという報道がなされていた。「みなさまのNHK」の遊軍のS記者なる人物だそうだ。これは青灯クラブに問題が会ったと認識されて然るべきだろう。
筆者は青灯クラブに、そのS記者の氏名を尋ねたが、氏名も教えられなかった。対応にでた事務員に、S記者が不在ならNHKの他の記者、あるいは当時の幹事会社である朝日新聞の記者とお話がしたいといったら断られた。理由は幹事社が「青灯クラブ」の責任者ではないだった。また青灯クラブに取材を申し込んだが拒否された。記者クラブは自分たちが取材対象になると途端に恐慌を来して被害者ズラする。
ここで同業者の団藤保晴記者が援護に現れた。新聞記者の氏名を公開するなというのだ。彼は雑誌「世界」7月号(岩波書店)のご自身の連載「ブログ時評onSEKAI」、「団藤保晴の記者コラム『インターネットで読み解く!』」「ブログ時評」の「 T記者名暴露:新時代象徴なら貧しすぎる [ブログ時評23] 」などで開陳した。
団藤氏は今回の「ヒゲ記者」の実名暴露にする論で、匿名のブロガーなどが記者の実名を晒しまくるのはケシカランといった論調を述べていた。だがご案内のようにそれは事実ではなく、清谷信一というジャーナリストが調査して公開したものだ。
しかも団藤氏は「新聞記取材現場で抑制的に振舞うのは至難である。新しい情報、新しいモノを手に入れるのは取りあえず良いこと」「凄むくらいのことは私でもする」と述べて竹村記者を弁護していた。どんなときでも抑制的に振る舞うのがプロのジャーナリストだと考えている筆者とは考え方が違う。
非礼な「吊し上げ」をしようが、それを批判されようが匿名で逃げるのが新聞記者、記者クラブメディアの特権と考えられているようだ。そのくせSNSなどでの匿名批判は卑怯だと批判する。これを世間では二重基準という。
我々フリーランスは基本的に署名記事を書いて、書いた責任を負っている。対して記者クラブメディアは誤報出そうが、非難されるような行状をしようが匿名に隠れるのが当たり前の権利だと考えているようだ。
これは20年前の件だが、未だに記者クラブメディアの体質はまったく変わっていない。日本とジンバブエにしかないという記者クラブの本性である。彼らは本来はなんの権限もないのに、他の媒体やフリーランスを取材機会から排除して、取材対象を囲いこみ、と馴れ合って国民の知る権利を阻害している。他国のように一定の資格をもった個々の記者に公的なプレスパス制度を導入して、それをもっていれば会見に出られるようなシステムを導入して記者クラブを改革、ないし解体すべきだ。
トップ写真:イメージ(記事とは関係ありません)ⒸJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)
