「元気なバカ」を見習っては? 家にいるなら邦画を見よう 最終回
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
【まとめ】
・SNSがない時代にも、犠牲生む深刻被害をもたらしたデマがあった。
・匿名での誹謗中傷のうっぷん晴らしは、デマ拡散と同じつまらぬ行為。
・陰湿さがない「馬鹿馬鹿しいが元気が出る映画」から元気をもらえ。
新型コロナ禍による「自粛」もようやく一息ついたが、その途端に九州で集団感染の第2波が報告され、まだまだ先が見えないのだと、あらためて思い知らされた。
家に押し込められるストレスが、様々な事件を誘発しているようであるし、経済のことも考えると、いつまでもこんなことを続けてなどいられまい。そう思う反面、皆がおとなしく家にいるから、諸外国に比べて日本では感染率も死亡率も低いのだということは、やはり事実として認めざるを得ないわけで、痛し痒しでは済まされないジレンマである。
さて、本題。
シリーズの最終回ということで「私が選ぶ邦画ベスト10」みたいなことをやろうかと、当初は考えていた。
どのみち自分の好きな映画しか取り上げていないのだが、私は生まれつき謙虚なので、自分の嗜好が結構偏っていることは自覚しているし、そもそも映画の好き嫌いなど人それぞれでよいではないか。どんな選び方をしても異論反論炎上は必至だし笑。
したがって最終回も、
「馬鹿馬鹿しいけど元気が出る映画」
を紹介させていただくことにする。こうした映画を推奨することにした理由は、本当はもうひとつあるのだが、これについては最後に述べさせていただく。
まずは『ビー・バップ・ハイスクール』(1985年)。
1983年から2003年まで、講談社の『週刊ヤングマガジン』に連載されていた、きうちかずひろ氏の漫画を実写化したもの。
私立愛徳高校という架空の学校を舞台に、学力・出席日数ともに不足してダブり(留年)となった二人の「高校二年生」トオルとヒロシを中心に、狂暴かつスケベなツッパリ高校生たちの日々が描かれている。ツッパリという表現だが、連載開始時にはまだ昭和の世で、もっぱら使われていたのだが、漫画の中では「不良」と呼ばれている。その後、前世紀の終わりごろから「ヤンキー」という呼称が定着したらしい。
実写版映画(つまり、アニメもある)では、トオルを仲村トオル、ヒロシを清水宏次朗、二人が憧れる秀才女生徒役を中山美穂と、今思うとなかなか豪華なキャスティングである。ちなみに中山美穂は、これが映画初出演だとか。
実はこの他に、若き日の小沢仁志が敵対する高校の番長役で出演している。前に紹介した『二代目はニューハーフ』の企画・脚本・監督を手掛けた他、数多くのVシネマで大物ヤクザを演じている。
さらに「実は」を重ねると、他のツッパリ高校生たちも順当な成長(?)を遂げたらしく、これまた前に紹介した『極道の妻たち』に、清水宏次朗らがチンピラヤクザの役でそろって出演していたのには笑った。
仲村トオルは、なにを血迷ったか警察官となり、1986年から日テレ系で放送された『あぶない刑事』シリーズで、なかなか味のある演技を見せてくれていた。
もう一本は『ドロップ』(2009年)。
お笑いコンビ・品川庄司の品川ヒロシの手になる同名の小説が原作で、こちらは2006年に出版されている。
▲写真 品川ヒロシ(2014年10月23日 東京国際映画祭)出典:Dick Thomas Johnson
全寮制の私立中学に通っていた主人公・信濃川ヒロシが、不良にあこがれてドロップアウトし、狛江市の公立中学に転入したことから巻き起こる、ドタバタと言うかスラプスティックと言うか、とんでもない喧嘩騒ぎの連続。
著者の品川自身が監督・脚本を担当したのが、この映画だ。
つまりは自伝的小説が基になっているわけで、検索してみたところ、彼は確かに、高名な美容家を親に持つ「いいとこの子」らしいが、その半生にとりたてて興味はないので、私は原作までは(漫画も含めて)読んでいない。
映画だが、主演の成宮寛貴、水嶋ヒロはじめ、女子も含めた主要キャストが誰一人として中学生には見えないという欠点はあるものの、そこに目をつぶれば、とにかく面白い。
調布市の、暴走族メンバーでもある中学生(これがまた、本職のヤクザにしか見えないが、実は礼儀正しい一面もある笑)に派手に痛めつけられ、仕返しに行くシーンがある。
当然ながら無免許運転で、乗用車でもって暴走族のたまり場に突入し、何人か「死なない程度に」轢いた後、鉄パイプを振り回して大暴れという、まあ「よい子は真似してはいけません」では済まされないが、映画の乱闘シーンとしては出色の出来であった。
▲写真 映画『ドロップ』で主役を務めた成宮寛貴(2015年4月12日 第75年桜花賞表彰式) 出典:Ogiyoshisan
いずれにしても、こうした映画に描かれているのは、
「目が合っただの、足を踏んだだので喧嘩がはじまり、そこで勝ち残るのが本物の不良」
などという非常識な価値観であり、無法な暴力沙汰、しょうもない近所迷惑の連続である。けれども、そこに陰湿さはない、という点だけは、救われると言ってよいのではないだろうか。
どうして唐突にこのようなことを言い出したかは、読者ご賢察の通りで、女子プロレスラーの木村花さんが、SNSで執拗な誹謗中傷を受け、それが原因と思われる自殺に追い込まれたからである。これが、こうした映画を薦める、もうひとつの理由だ。
元KARAのク・ハラさんが同様の最期を遂げた際は,、私自身の経験も踏まえて、世にいうネットいじめの陰湿さを糾弾する記事を書かせていただいた。
▲写真 木村花さん(左)とク・ハラさん(右)出典: Yoccy441(木村花さん) / HeyDay(ク・ハラさん)
今次の木村花さんの件については、安倍宏行編集長が、有名人に対する嫉妬が根底にあるのではないか、との見解を開陳し、在米ジャーナリストの岩田太郎氏は、SNSを悪者にすることの危険性を指摘している。
お二方の論評を支持するものだが、さらに申すなら、新型コロナ禍によって引き起こされた社会不安と「自粛」によって蔓延した閉塞感にも、一因を求めることができるのではないだろうか。
SNSそれ自体が悪いわけでは決してない、という点では、お二方とまったく同意見だ。
1923年の関東大震災の直後、様々な流言飛語があったと記録されているが、中でも、
「朝鮮人があちこちで暴動を起こしている」
というデマは、深刻な被害をもたらした。パニックの真っただ中にいた人々は「自警団」を組織し、朝鮮人にリンチを加えるなどしたのである。この結果、何の罪もない人々が6000人も犠牲になった。当時、SNSなどあったのか。
2011年の東日本大震災の直後にも、
「中国人窃盗団が被災地を荒らしている。石巻では警官が刺された」
というデマが広まったが、この時は宮城県警本部が、打てば響くように、
「そのような事実はない」
と配信したことにより、大きなトラブルには発展しなかった。多くの人が同時に情報を共有できるネット社会は、諸刃の剣なのである。
ク・ハラさんや木村花さんの一体何が気にらなかったのか知らぬが(私も『テラスハウス』などという番組は見たことがないので、詳細はよく知らない)、匿名での誹謗中傷でうっぷん晴らしをしたとすれば、それはデマを拡散させるのと同様の行為でしかない。
つまらないこにエネルギーを使わず、ツッパリ中高生の派手な喧嘩を見て、元気をもらうことをお勧めする。ただし、くどいようだが、よい子は真似してはいけません。
トップ写真:暴走族の服装(特攻服)イメージ(コスプレ) 出典:Mike
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。