金正恩、反米戦線拡大で窮地からの脱出狙う
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・金正恩委員長は露のウクライナ侵略での苦境を利用しプーチンとの首脳会談を取り付けた。
・今回の会談で、対北朝鮮非核化政策は有名無実化され、第2次世界大戦後の「核不拡散」は事実上崩壊。
・北朝鮮は、朝ロ軍事協力強化とイランとの連携で、反米戦線を拡大させ、四面楚歌からの脱出を図ろうとしている。
北朝鮮の金正恩総書記は、経済の破綻と国防5カ年計画の未進(技術力不足)、米韓日協力態勢強化による安保危機から脱しようとして、ロシアのウクライナ侵略での苦境(特に弾薬、通常兵器の枯渇)を利用したプーチンとの首脳会談を取り付けた。この会談で金正恩は求心力回復を図る一方、朝ロ軍事協力を強化し、そこにイランなど反米国家を引き込み、世界的反米戦線を形成しようと企んでいる。
■ 朝ロ首脳会談で金正恩の求心力回狙う
金正恩は、この会談の「成果」を金正恩の偉大性と結びつけて国
内外に大々的に宣伝している。9月20日の党中央委第8期第16回政治局会議では「今回の訪問を契機に朝露関係が新時代の要求に応じて新しい戦略的高さに上がり、世界政治地形において根本的な変化が起きた」と報告した。また9月26~27日に開かれた14期9回最高人民会議でもこの成果を強調する演説を行い、自身の求心力回復を狙った。
■ ロシアとの軍事協力強化で先端軍事技術を導入
この会談では、対露武器供与とロシアからの食料支援、軍事技術の導入などが協議されたと取り沙汰されているが、会談の詳細は発表されていない。ただ軍事協力が中心議題であったことは、李炳哲(リ・ビョンチョル)党軍事委員会副委員長、朴正天(パク・チョンチョン)党軍政始動部長と軍首脳、朴泰成科学技術書紀、趙春龍軍需工業部長などが総出動したことからも明白だ。崔善姫外相も同行したが、これは外交儀礼の範囲と見られる。また軍事オタクの金正恩が、ロシアの最先端武器と技術の説明をメモする姿にもそれは現れた。
会談の狙いについて、アメリカ・ホワイトハウスのカービー戦略広報調整官は、すでに8月3日、ウクライナへの侵攻を続けるロシアが、北朝鮮から武器を購入することが目的だったと指摘した上で、「ロシアは砲弾の購入などを通じて北朝鮮との軍事協力を強化することを目指している」と述べている。
反米戦線拡大で米軍事力の分散促進
朝ロ会談の冒頭、プーチンは「経済協力と地域情勢について協議しなければならない」と言明。一方で、金正恩は「帝国主義と対抗していくために結束を維持できると確信している」と述べ、反米共同戦線強化を訴えた。今回会談によって、対北朝鮮非核化政策は有名無実化されただけでなく、第2次世界大戦後に構築された「核不拡散」などの秩序は事実上崩壊したといえる。
それに加え、北朝鮮はイランとの協力関係も強化し、米国の軍事力の分散を促進しようとしている。イランが後ろ盾となっているパレスチナ武装組織ハマスが、10月7日未明にイスラエル南部全域に約5000発のロケット砲を奇襲発射し、ハマス-イスラエル戦争を勃発させしたことも、その動きの一環とみられている。
これで米国は、緊張が高まる朝鮮半島、ロシアのウクライナ侵略、新たに勃発した「ハマス-イスラエル戦争」の3つの戦線に軍事力を割かねばならなくなった。
北朝鮮国営メディアは10月10日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスとイスラエルの軍事衝突について初めて見解を示し、イスラエルが流血の事態を引き起こしたと非難した。
米国内ではすでに、ウクライナ支援への疲労感が累積している状態だが、そこに中東での武力紛争激化が重なれば、バイデン政権は苦しい立場に追い込まれる事になる。米議会が9月30日に通過させた臨時予算案からは240億ドル規模のウクライナ支援予算が抜けた。ひょっとすると来年の大統領選挙で、金正恩が望むトランプの大統領復活があるかも知れない。
■ 核保有路線を永久化で米韓日を圧迫
金正恩は、ロシアとの「蜜月」を誇示することで、危機の突破を探る一方で、さらなる核武力の強化で米韓を圧迫しようとしている。
北朝鮮では9月26、27両日に最高人民会議第14期9回会議が開かれたが、そこで、核武力政策の強化を誇示するための憲法条文(第4章第58条)が追加された。今後いかなる事があっても非核化交渉には応じないとの立場を鮮明にしたのである。
北朝鮮は、すでに憲法序文で「核保有国」と明記し、昨年9月の最高人民会議では核武力使用を法制化したが、今回の会議で、それをさらに推し進め、「核保有国として国の生存権と発展権を担保し、戦争を抑止し、地域と世界の平和と安定を守護するために核武器発展を高度化する」ことを盛り込み、核保有路線を永久化すると宣言した。
金正恩は演説で「核武力を質・量ともに急速に強化する」と強調し、核兵器生産の増大や核打撃手段の多角化、各種戦力の実戦配備を指示した。
いま金正恩は、朝ロ軍事協力を強化し、「反米国家」イランとの連携で中東での「ハマスーイスラエル戦争」を長期化させ、世界的反米戦線を拡大させることによって四面楚歌からの脱出を図ろうとしている。
トップ写真:プーチン大統領との会談のためにロシアを訪れた金正恩委員長(2023年9月13日ロシア・ツィオルコフスキー)出典:Photo by Contributor/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統