無料会員募集中
.国際  投稿日:2025/5/21

ロシア、イスラエルとの交渉を辛抱強く続けられるか?「空回り」するトランプ外交


宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#20 

2025年5月19-25日

失礼ながら、今週もトランプ外交の「お粗末さ」を書かねばならないのか、と思うだけで、執筆意欲は失せていく。月曜日にはプーチンと米露首脳電話会談があるというので、日本時間火曜日の未明まで頑張って起きていたが、案の定、成果らしい成果は皆無だった。今週も寝不足の一週間になることだけは間違いなかろう。

この電話会談につきブルームバーグは「プーチン氏との2時間に及ぶ電話会談後、トランプ氏は自身のSNSで『ロシアとウクライナは、即時に停戦に向けた交渉を開始する』と投稿したものの、米国は恐らく関与せず、制裁の警告も、期限に関する要求も、プーチン氏に対する圧力もなかった」などと報じている。なるほどね。

しかも、欧州の一部には「トランプ氏が戦争終結への取り組みを放棄し、ウクライナとその同盟国を見捨てるのではないか」と危惧する向きすらあるそうだ。これが事実なら、事態は深刻だ。問題はウクライナを「見捨てるか否か」だけでなく、そもそもトランプ自身が外交の難題に取り組む意欲・気力を「維持できるか」が問われるからだ。

ここまで書いて嫌な予感がしてきた。最近のトランプ氏の言動を追っていると、「もしかして、飽きっぽいこの人はウクライナ、ガザ、イランなどの懸案を解決すると大言壮語したものの、過去過去4か月間、プーチンも、ネタニヤフも、ハーメネイも、誰として取引に応じないため、やる気を失いつつあるのでは・・・」とすら思ってしまうのだ。

失礼を承知で言わせてもらうが、マンハッタンの一角を巡る不動産屋同士の「駆け引き」と「外交交渉」は全く異なる。筆者の30年弱の「外交交渉」の経験に照らしても、このような長い経緯のある、紆余曲折を経た末の複雑な交渉を、辛抱強く続けるための知的、精神的忍耐力がトランプ氏にあるとはどうしても思えないのだ。

その好例がガザの停戦交渉だ。トランプ氏にとっては一つの「取引」に過ぎないだろうが、イスラエルやハマースの当事者にとっては「生きるか死ぬか」の大問題。いくら米国大統領からの圧力とはいえ、簡単に譲歩できないのは当然だろう。後述する通り、今回トランプ氏は湾岸アラブ三か国を訪問したが、イスラエルは訪れなかった。

こうしたトランプ氏のあからさまな態度は、分かり易いと言えば分かり易いが、外交交渉とはこんな単純なものではない筈。こうしてイスラエルを邪険にしても、ネタニヤフはトランプの足元を見ており、痛くも痒くもないだろう。勿論、この点はウクライナ、ロシア、イランの指導者たちも同様である。さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

5月20日 火曜日 
ハンガリー、テュルク諸国機構首脳会議を主宰
G7財務相・中銀総裁会合(カナダ、3日間)
欧州委員会委員長、チェコ大統領と会談(ブラッセル)

5月21日 水曜日
米大統領、南アフリカ大統領とホワイトハウスで会談
欧州委員会委員長、オランダ首相と会談(ブラッセル)

5月22日 木曜日
独首相、リトアニア訪問

5月25日 日曜日 
仏大統領、ベトナム・インドネシア、シンガポール歴訪開始(一週間)
ベネズエラ、議会選挙、地方選挙を実施
スリナム、総選挙

5月26日 月曜日 
ASEAN首脳会議開催(マレーシア)

最後にガザ・中東情勢について一言。第一期と同様、トランプ氏は最初の本格外遊先としてサウジアラビアを選んだ。同時に、カタール、UAEも訪問した。かなり重要な訪問だと思うのだが、日本メディアではあまり詳しく報じられていない。ご関心のある方は中東調査会の中東かわら版(最新号)に簡潔な要約があるのでお読み頂きたい。

これを読んで感じるのは、米国の中東外交が大きく変化しつつあること。トランプ氏はリヤドで開かれた「米・サウジ投資フォーラム」で約1時間、如何にもトランプらしい(無駄に長いが無視もできない、と言う意味)大演説をぶっている。この演説のポイントについては今週の産経新聞のWorldWatchに詳しく書いたのでご一読願いたい。

ここでは、その「さわり」だけご紹介しよう。第一は、米国歴代政権が推進してきた中東での「国作り」や「軍事介入」政策をトランプ氏が厳しく批判していることだ。バイデン政権だけでなく、湾岸戦争、イラク戦争で中東を変えようとした歴代共和党政権、特にネオコン的政策への決別宣言とも言える内容である。

第二は対イラン政策だ。トランプ氏は「自分はイランと取引したい。選ぶのはイランだが時間はあまり残っていない。もしイランが提案を拒否し近隣国への攻撃を続ければ、大規模かつ最大限の圧力以外に選択肢はない」などと恫喝している。これをイラン最高指導者は「低レベルだ」と一蹴したそうだ。よくぞ言った!

第三はイスラエルとの関係である。トランプ政権とネタニヤフ首相との関係は今や微妙だ。トランプ氏が対イラン取引にご執心だからだが、仮にイランと合意できても、その結果が「旧核合意」を超えることは想像し難い。されば、トランプ中東外交は地域の「バランスオブパワー」を変えつつも、外交的「空回り」が続くだろう。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

冒頭写真)2025年5月20日 ワシントンDCのホワイトハウスの大統領執務室にて、ピート・ヘグセス国防長官と並んで話すドナルド・トランプ米大統領
出典)Chip Somodevilla/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."