自衛隊のヒートマネジメントは遅れている

清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・自衛隊、特に陸上自衛隊では、熱中症対策や装備のヒートマネジメントが不十分である。
・冷房のない装甲車や過酷な防弾ベスト、医官の関与の少なさなど、現場の実情を無視した装備設計が隊員の健康と安全を脅かしている。
・ヒートマネジメントの軽視は、隊員確保や継続的な戦力維持にも悪影響を及ぼしている。
今年も暑い夏がやってきた。温暖化の影響で東京でも6月から最高気温が35度を超える日も出てきている。都会ではもはやクーラーなしでは生活できないだろう。熱中症患者が搬送される報道も少なくない。だが、そんな中、自衛隊の熱中症対策を含めたヒートマネジメントは遅れている。
6月13日の防衛省定例大臣会見で、筆者は中谷元防衛大臣にこの問題を質した。中谷大臣は陸自幹部出身だ。中谷大臣は自身がレンジャー訓練で熱中症にかかって病院に搬送された経験を開陳し熱中症対策の必要性を述べた。
だが、自衛隊、特に陸自のヒートマネジメントはお寒いレベルだ。2021年9月、陸自第8師団(熊本市)所属の30代の男性隊員がレンジャー訓練中に重度の熱中症にかかり死亡するなどレンジャー訓練での死亡事故もあり、富士学校と空挺以外のレンジャー訓練は中止となっている。
一つの原因は部隊長や古参の曹クラスが自分の若いころは我慢していたと根性論で乗り切ろうとするからだ。彼らは自分の若いころの「常識」や根性論にこだわり、温暖化による変化を無視している。例えば適宜水分補給すべきところを「軟弱」だと否定する。
若い幹部がその点を指摘しても、「根性がない」と疎まれる。また部隊での医官の充足率が2割強と少ないことも背景にある。昔はレンジャー訓練に医官が付き添っていたが、現在ではそれも殆どない。更に申せば陸自全体で、どのようにヒートマネジメントを行うかという包括的な対策をとってこなかった。これまた医官の不足も影響している。また現状変化を嫌うという自衛隊の体質も大きく影響している。
だから適宜水分補給をするという初歩的な対策すらとられていない。メディックの専門家によれば水を飲んでもそのまま吸収されるわけではなく、吸収に6時間かかるという。塩分や糖分など加えた経口補水液だと速やかに水分が吸収される。実は陸自にも経口補水液のパウダーが存在するが、多くの部隊ではその存在すら知られていない。また携行している水筒も容量が少ない。せめて2〜3リットルは携行させるべきだ。
装甲車両の冷房化も進んでいない。装甲車の対化学・生物兵器、放射能から身を守る、対NBCシステムが搭載されている場合でも冷房がないと夏場は使用できない。これは装甲車のキャビンに与圧を加えて、外部からの空気を遮断して、フィルターを通した空気だけを車内にいれるシステムだ。真夏に車内を閉め切れば50度以上になるので活動は不可能だ。
最新型の24式装輪装甲戦闘車や次期装甲車として採用されたパトリア社のAMV XPなどには冷房は装備されているが、それ以前の装甲車には冷房が殆どなかった。10式戦車にも乗員用の冷房はない。陸幕も技術研究本部(当時)も要求仕様に含めていなかった。ただし開発した三菱重工と機甲科OBが、それはあんまりだと、自分たちの裁量の範囲で内部の機器を冷却するための冷房の出力を上げて、乗員にも恩恵があるようにしている。
105ミリ戦車砲を搭載した装輪装甲車、16式機動戦闘車も当初冷房がなかった。冷房設備をつけると、重たくなり空自のC-2輸送機で空輸ができなくなるからという理由だった。だが財務省から南西方面で使うのに、冷房なしなら予算を認めないといわれて、軽量化した冷房システムを搭載した。これは大日本印刷の開発した断熱材を内部に貼り、小型クーラーでも十分な冷房効果が得られるようになった。重量増加は300キロに抑えられて、C-2での空輸は可能だ。
だが本来C-2での空輸はファンタジーである。C-2は22機しかなく、有事には弾薬、食糧、衣料品、燃料などの空輸が輸送優先される。16式3両を空輸するならば弾薬、燃料、支援車輛などで6機は必要だろう。しかも重装備を空輸するならば、2千メートル級の滑走路が必要だが、そのような滑走路が南西諸島の前線近くにあるか不明だし、C-2は不整地運用ができないで爆撃されて応急処置をした滑走路では運用できない。16式の空輸は非現実的だ。
同様に19式155ミリ自走榴弾砲もC-2での空輸を前提にしているがこれまたファンタジーにすぎない。19式は5名で運用するが、冷暖房付きのキャビンは3人乗りだ。後の2名の装填手は車体中央の幌付きの座席に座らせられる。当然冷暖房はない。同じクルーで差別的な待遇だし、一番体力を使う装填手が疲弊する。世界でこのような奇特なデザインの自走砲は19式以外存在しない。これも5名乗りのキャブを採用すると重量が増加してC-2で空輸できなくなるからだろう。何しろ試作では搭載していた12.7ミリ機銃すら量産型では搭載されていない。このためドローンなどから自衛する手段はない。

▲写真 19式155ミリ自走榴弾砲 出典:筆者撮影

▲写真 非装甲だが、増加装甲が装着可能である19式の3名乗りのキャブ 出典:筆者撮影

▲写真 砲手2名が搭乗する中央の座席 出典:筆者撮影
そして現在、3年前に比べて、防衛費は約1.6倍に増えているが、既存の装甲車両に冷房をつける計画もない。このため夏場の乗員の疲労は大きく、またNBC環境での戦闘に耐えられない。せめて例えばルーフに断熱材を貼るとか、飲料水タンクを設けるとかはすべきだろう。南アフリカの装甲車両は70年代からほぼ飲料水タンクを内蔵してきた。これは乾燥地帯で活動するためだが、車載の飲料水を使えば下車歩兵は自分の水筒の水に手をつけないで済む利点もある。またイスラエル軍では装甲車に大型のハイドレーションパックを搭載している。これから分岐のチューブが出ており、下車歩兵は車内ではこの水を飲むようになっている。このような追加の飲料水は負傷者の傷の洗浄にも有用だ。
陸自が邦人救援用に採用したオーストラリア製の耐地雷装甲車、ブッシュマスターにはルーフに断熱材を貼り、車内に冷水タンクが装備できるが、陸自がこれを採用したかどうは定かではない。
個人装備も問題だ。2023年度に採用された18式防弾ベストは旧来型の砲弾など破片を防止するための防弾繊維を使ったソフトアーマーと、銃弾を防ぐ防弾板を組み合わせたもので重量は17キロもあり、胴体を広く覆うので夏場に熱中症になりやすい。これを野戦で使うのは無理がある。
他国では防弾板だけを装着した軽量で通気性のいいプレートキャリアを採用している。これはウクライナのゼレンスキー大統領がよく着用していたので、見た方も多いだろう。すでにプレートキャリアは途上国でも標準装備となっているが、陸自はさんざん他国との共同訓練を行ってきたのにその導入を怠ってきた。18式はプレートが諸外国のものより、一桁高い。初年度の2023年度は18式防弾ベスト8千セットが27億円で要求されたが、防弾板のセットは僅か100セット、1.25パーセント分しか調達されなかった。筆者の取材に対して陸幕の担当者は調達がいつ終わるかわからない、調達計画はないと答えた。

▲写真 危機管理産業展で展示された18式防弾ベスト 出典:筆者撮影
2024年5月9日参議院外交防衛委員会で髙良鉄美参議院議員が筆者の記事を元に質問した。このため18式は調達コストの低減やプレートキャリアの導入など含めて改善されることとなり、2025年度予算では18式の代わりに既存の防弾ベスト3型改が調達されることとなった。筆者が記事にしてなければ隊員たちは夏場に18式防弾ベストの着用を強要されていたところだった。
この18式の開発も医官の知見が生かされていれば、最も人間工学に沿った、ヒートマネジメントを意識したものになっていただろう。だが陸幕は医官が防弾別ストの開発に意見を述べると「素人が口を出すな」と嫌う傾向がある。医官から問題点を指摘されて、その解決が厄介だと仕事が増えるからだ。
空自や海自の警備犬の扱いも問題だ。警備犬は、基地の警備や災害時の捜索救助活動などに使用されている。主にジャーマンシェパード、ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノア、ラブラドールレトリバーなどだが、畜舎がコンクリ製で夏場は高温となって少なからず警備犬が死亡している。
更に申せば警備犬は「備品」扱いなので壊れる=死ぬまで酷使される。米軍などでは老齢になれば隊員やその家族などに引き取られるのだが、自衛隊にはそのような仕組みがないので死ぬまで「備品」として使役される。当然老齢犬は体力も能力も落ちており任務遂行上も問題だ。これは消火器やリチウム電池などが耐用期間を過ぎても、形があるから問題ないと更新されないのと同根である。最近は一部の基地で退役犬の里親制度が新設されたりしているが、全国の自衛隊に普及しているわけではない。
これほど温暖化が進んでいるのに自衛隊のヒートマネジメントに対する意識は低い。ただでさえ新規隊員の募集をかけても半分しか採用できず、中途退職者も多い。このような劣悪な環境を改善しなければ隊員の数の維持もままならなくなるのではないだろうか。
トップ写真:16式機動戦闘車 出典:筆者撮影
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)












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