会計検査院P-1報告書を読む その1

清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・P-1哨戒機は不具合解消の見込みがなく、用途廃止すべき。
・防衛省はP-1の技術的問題を隠蔽し、費用増加が原因と偽っていた。
・国内開発ありきの結論で、P-1は多額の税金を投入されつつも問題が多い。
会計検査院が出した海自の哨戒機、P-1の報告書を読んでいく。結論から先にいえばP1哨戒機が近い将来不具合を解消できる見込みはない。用途廃止すべきだし、このような不具合を長年国民に隠ぺいしてきた防衛省と海上自衛隊は謝罪して責任を取るべきである。
だが、その気は全くないようだ。

写真)次期固定翼哨戒機の開発における防衛省(防衛庁)内の各組織等の役割(平成14年4月1日時点) 出典)筆者提供
まず前書きから読んでいこう。
>「令和5年版日本の防衛(防衛白書)」によると、装備品の高度化・高性能化に伴い、部品の調達単価と整備費用が上昇し、維持整備予算も増加させてきているが、必ずしも十分ではなかったことから、部品不足による非可動が発生しているとされており、その一例として、我が国の領海等における国益や我が国の重要なシーレーンの安定的利用の確保等のために重要な役割を担っている固定翼哨戒機P-1が取り上げられている。
防衛省は上記の記述でP―1には技術的な問題点があることを隠した。費用さえあれば稼働率が上がるといっているに等しい。だが今回の会計検査院の調査でそれが虚偽であることが判明した。
国内開発された固定翼哨戒機(P-1)の運用等の状況について
>P-1の開発、運用等にかかる経費 1兆7766億円(平成3年度~令和5年度)
>P-1の保有機数及び国有財産 台帳価格 35機 1320億8304万円(令和5年度末)
>令和5年度に見積もったP-1 61機の開発、運用等に係るライフサイクルコスト 4兆0907億円
このようにP-1の開発から運用、廃棄までは多額の税金が投入されていることがわかる。

写真)国内開発された固定翼哨戒機(Pー1)の運用等の状況(随時) 出典)筆者提供

写真)国内開発された固定翼哨戒機(Pー1)の運用等の状況(随時) 出典)筆者提供
1 検査の背景
P3 ここでも上記の防衛白書を引用して防衛省が、P-1の稼働率の低さは
>装備品の高度化・高性能化に伴い、部品の調達単価と整備費用が上昇し、維持整備予算も増加させてきているが、必ずしも十分ではなかったこと- 2 から、部品不足による非可動が発生しているとされており、その一例としてP-1が取り上げられている。
と、再度指摘している。大事なことだから2回書いたのだろう。
P4
>防衛省は、海幕における検討結果を踏まえて、次期固定翼哨戒機に求める要求性能として、P-3Cと比較して約1.3倍の速度及び高度で警戒監視活動等に従事できることのほか、静粛化した潜水艦に対する探知能力の向上、より遠方の目標等を探知できることなどを求めることとした。そして、次期固定翼哨戒機の取得方法については、国内開発する案と、当時、外国で運用中又は開発中の固定翼哨戒機との要求性能の満足度、取得時期等を比較して検討を行った。その結果、外国で運用中又は開発中の固定翼哨戒機は、いずれも次期固定翼哨戒機に求める要求性能を満たしておらず、又は、次期固定翼哨戒機が必要となる時期までに取得するのが困難であることから、12年8月末に、次期固定翼哨戒機を国内開発する経費について予算要求を行った。
これははじめに「国産開発あり」の結論があり、それに基づいて要求を書いたものだった。国産装備開発は得てしてこのように結論を決めてから仕様が決定される。だからP-1も世界のどこにもない、あるいは調達が不可能な4発のジェットエンジンを搭載して、低空を哨戒飛行でき、なおかつ進出速度が高い機体を要求することになった。
唯一の例外は英国が開発していたニムロッドMR4だろう。ニムロッドMR4は当時の現用哨戒機だったMR2を近代化したものだった。本機の原型は世界初のジェット旅客機コメットだ。しかし、旧式機であるがゆえに、高高度での性能が悪く、低空での飛行性能が相対的に高かった。また当時はエンジンの出力が小さいために4発エンジンを採用していた。対して米海軍が開発していたP-8ポセイドンは双発旅客機737をベースにしており、低空の哨戒はせず、次期探知装置も搭載しないというものだった(オプションで搭載可能)。
MR4は新世代のターファンエンジンであるロールス・ロイス BR700を搭載し、これを適合させるため胴体の設計を一新。主翼を拡大し、エアバスA340のグラスコックピットを導入した。だが古い機体を使用していることもあり、コストが高騰してMR2全機21機を近代化するはずが、19機に削減され、更に12機、9機まで削減された。しかもデーヴィッド・キャメロン政権により計画は2010年にキャンセルされた。プロジェクトにはキャンセル費用含めて40億ポンドの予算が費やされた。その後英空軍(英国では哨戒機は空軍が運用)は、代用案としてP-8を採用した。
後述するが、P-1試験でパスしない項目があり、本来行うべき試験をせずに、部隊承認を行った。これは防衛省と海上幕僚監部の隠ぺいともいえる。本報告書がでるまでそれを政治家も知らされずに、P-1関連予算をつけていたことになる。これは国会をだましていたことに等しく、文民統制が我が国で機能していない証左であるといえよう。
仮に防衛省と海幕がP-1が所要の性能を満たしておらず、開発費や調達費が高騰したこことを納税者に開示していれば、英国のように調達が中止になった可能性もあるだろう。
海上自衛隊は、ジェット機でありつつ、低空での高い運動性を獲得するためには新しい機体が必要である、と主張した。また海自は既存のこのクラスの機体の旅客機はふつう双発だが、生存性を考えれば4発エンジンが必要であると主張した。
こうして機体、エンジン、搭載システムすべてが新規開発のXP(後のP-1)の計画が進められた。だがコスト的に見合うかは検討されなかった。
確かに理屈で言えばその通りなのだが、すでに述べたようにわずか60機ほどの機体をゼロから専用に開発するのであれば、開発費はもちろん、維持費も極めて高いものになる。その分だけ開発リスクも増える。
「世界どこにもないから作ります」というのは防衛省や自衛隊の常套句である。単発で対艦ミサイルを4発搭載できる機体がないから、F-2戦闘機を開発しました、世界のどこにも44トンという3.5世代戦車がないから10式戦車を開発しました、というわけだ。
国産開発自体が目的なので他国がやっていないニッチな隙間を探して仕様をつくるので、極めて実用性の怪しい装備が開発され、税金をあたらドブに捨てることが恒常化している。
P6〜7
>防衛省は、XP-1が納入される見通しとなったことを踏まえて、20年度予算に次期固定翼哨戒機の量産取得に要する費用を計上するに当たり、改めてXP-1と外国で運用中又は開発中の固定翼哨戒機を比較するなどして、次期固定翼- 6 哨戒機の取得方法を検討した結果、開発中のXP-1を「固定翼哨戒機P-1」として量産取得することとした。
>19年12月の安全保障会議決定及び閣議了解において「海上自衛隊の現用固定翼哨戒機の減耗を補充し、その近代化を図るための次期固定翼哨戒機については、平成20年度以降、作戦用航空機として、P-1 65機を国産により取得するものとする」とされた。
筆者はP-3Cの延命を提案していたが、コストや技術的な過渡期であったことを考えれば、P-3Cの延命、近代化で凌いでその間に新型の開発を検討するなり、P-8の評価を行うこともできたはずだ。近代化で得た知見は新型を開発するにしても無駄にはならなかったはずだ。
だが海自は初めに開発ありだったので、ろくに検討もしなかった。海幕はP-1が必要なのは、P-3Cの寿命が尽きるからだと説明してきた が、それは事実ではない。 我が国P-3Cは80年代から調達が開始され、60年代末から開始された ⽶海軍のそれよりもかなり機体年齢が若い。またP-3Cの定数は80機だが、 それ以外に10機ほどの余剰機があり、これをローテーションで回している。 部品取とりをした機体は⾶べないので、平均⾶⾏時間は決して⻑くない。
ある程度の機体延命措置をおこなえばまだまだ⼗分に使⽤が可能で あり、今後20〜30年程度使⽤し続けることも不可能ではない。実はP-3Cの機体寿命はまだ⼗分にあり、安価な延命措置を施せば まだまだ使えることを紹介した。 主翼桁を替えるだけで6000⾶⾏時間ほどの延命が可能だとい う。また主翼を交換すれば新造の機体とほぼ同じ程度の機体寿命が確保できる。P-3Cのメーカーであるロッキード・マーチン社、及びサードパーティ(P 3Cのメーカー以外の会社)がP-3Cの機体延命を提案している。
関係者によるとP-1の開発話が持ち 上がったとき、海上幕僚監部はP-3C の主翼桁の交換は不可能であり、主翼交 換は新型哨戒機よりも⾼価になる、その 理由は機体メーカーに莫⼤なライセンス 料を払う必要がある。だからP-1の開発がよりリーズナブルであ り、必要だと結論づけた。ところがその当時、⽶海軍ではP-8 完成までのつなぎとして、P-3Cの主翼を新造して、翼桁の交換などもおこない、寿命を延⻑した。このような在⽇⽶軍のP-3Cの機体に対する近代化は川崎重工傘下の⽇本⾶⾏機がおこなった。同社は海⾃のP-3Cの整備も担当 しているが、同社が⽶海軍のP-3Cに施した延命措置が新造機よりも⾼価であるなどと⾔ったことは聞いたことがない。 ⽶海軍機に対する近代化を⽇本企業が担当していたのと同じことが、なぜ海⾃ のP-3Cにできないのか不思議に思うのは筆者だけではあるまい。 主翼の取り換えが新造機よりも⾼いというのは常識的に考えてありえない。
そして実際、P-1の開発と調達遅延のため、海⾃はP-3Cの機体延命を行って対応している。まさに語るに落ちた、というところだ。このP-3Cの近代化もP-1関連の経費として含めるとP-1のライフサイクルコストはさらに跳ね上がる。

写真)Pー1の導入及び開発の経緯等 出典)筆者提供
P7
>P-1の取得数については、令和4年12月に決定された「防衛力整備計画」において見直しが行われており、7年3月末現在の取得予定機数は61機となっている。
多額の費用と10年という月日をかけてもP-1の稼働率が向上しない事実は防衛省や海自内部で共有化されていたはずだ。だがそれは今回の報告書がでるまで顕在化せず、防衛省、海幕はP-1の調達数を64機から61機に減らしただけだった。政治もそれを知らされないまま、毎年の防衛予算でP-1の調達を了承してきたことになる。
エンジンの開発経過についてみてみよう。エンジンの開発と生産を担当したのはIHIである。
P8
>装備庁は、18年度から23年度までにかけて、IHIから納入されたXF7-10エンジンについて技術試験を行い、機能、性能、構造の健全性、耐久性、安全性、耐環境性等を十分に有していることを確認したとして、23年度にP-1に搭載するためのエンジンの開発を完了した。
開発時には同クラスのエンジンは少なかったとはいえ、プラット・アンド・ホイットニーのJT8D-9、GEのCF34-8E、ロールス・ロイスのBR700(ニムロッドMR4に採用)などが存在した。4発エンジンを採用するのであればこれらの競合するエンジンを真剣に精査、検討すべきだった。だがそれは、初めに国産開発ありの結論があったために行われなかった。因みにP-1のXF7-10エンジン4基中、機体側の2基にはGE・アビエーションシステムのカウル開閉装置による逆推力装置を採用している。
そもそもP-3Cですら予算が足りずに共食い整備をしていた状態で、よりコストの高い専用エンジンを開発し、4発の哨戒機を開発することのリスク、ライフ・サイクル・コストが評価されなかったのではないか。信頼性の高い既存のエンジンを採用した双発にしていれば現在のような残念な状態になっていなかっただろう。
国産エンジンを開発したいがために、リスクやコストを軽視してきたといえる。IHIは独自のエンジン開発経験は少ない。仮にIHIがその後国際的なマーケットで、GEやロールスロイスなどに伍して、独自のエンジンを投入して世界のエンジン市場で独自のエンジンでシェアをとるという戦略が国とIHIの間にあったのであれば、そのための「勉強代」だったという言い訳もたつだろう。
だが国にもIHIにもその気は更々ない。基本的に外国のエンジンメーカーの下請けから抜け出す気はなく、防衛費で「開発ゴッコ」をやりたいだけだ。防衛需要であれば民間機のような責任を取らずに済むし、リスクもない。つまり独立したエンジンメーカーに脱皮しようと意欲はない。ひたすら下請けと防衛省のリスクのない商売にしがみついている。
IHIは航空自衛隊の次期戦闘機への採用を想定した最先端試作ジェットエンジン、XF9を開発し、2018年に防衛省に納入世界水準のエンジンの開発が可能であると自画自賛していた。だが当時からXF7-10の問題を抱えており、それでいてより難易度の高い、戦闘機エンジンの開発ができるわけがなかろう。
ところがテクノナショナリズムに毒された日本のメディアは、IHIのいうことを鵜呑みした礼賛記事を書きちらかしてきた。まともな知識とリテラシーがあればこんな胡乱な記事は書けない。以下の記事は概ね、優れたコンポーネントや素材などが作れるからエンジンも作れるという幼稚なものだ。IHIなど日本企業には個々の技術では瞠目すべきものをもっているが、だからといって戦闘機用エンジンを一から開発できわけではない。その理屈なら自動車のコンポーネントメーカーのデンソーやボッシュがトヨタやBMWをしのぐ自動車を開発できることになる。
ついに日の目見た世界最高水準の国産ジェットエンジン
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53545?page=7
次期戦闘機、離陸なるか国産エンジン IHIの先端技術
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34575310U8A820C1X11000/
押っ取り刀の次期戦闘機エンジン共同開発 IHIが抱く一抹の不安
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00289/082400016/
また当時防衛省がF7-10の問題点を開示していれば、これらのメディアがこのようなテクノナショナリズムに毒された記事を掲載しただろうか。防衛省の隠ぺい主義は愚かなテクノナショナリズムを増長させ、それは政治家の判断にもバイアスをかけることになる。

写真)XPー1の機体及びエンジンの設計・試作の流れ 出典)筆者提供
(その2につづく)
トップ写真)P-1哨戒機 出典)海上自衛隊ホームページ
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
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