無名新人漫画家がフランスで連載デビュー 大山満千の素顔に迫る独占インタビュー

中川真知子(ライター/インタビュアー)
「中川真知子のシネマ進行」
【まとめ】
・大山満千は、日本での新人賞受賞をきっかけに違法アップロード経由で海外に注目され、フランスで異例の連載漫画『MICHIO』をスタート。
・フランス語への翻訳では、独特なヤクザ言葉や当て字のニュアンスを再現するために、翻訳家と密に連携しながら丁寧に言葉を選んでいる。
・日本では『新宿バッダスベイビーズ』を連載し、情熱的な編集者とともに、日本の漫画文化を守り育てる姿勢を大切にしている。
今、世界中が1人の日本人新人漫画家に注目している。
彼女の名前は「大山満千(おおやままち)」。連載という概念がないに等しいフランスにおいて、暴力漫画『MICHIO』を引っ提げて連載漫画家として華々しいデビューを飾った。女性には珍しいバイオレンス満載のアングラ漫画ということ、さらにフランス漫画界のシステムを変えた存在であることから、メディアはこぞって大山を特集した。
日本ではまだ無名同然の新人漫画家だが、遠いフランスでは大型新人なのだ。
だが、大山はなぜフランスで連載漫画家として活動することを選んだのだろう。日本でのキャリアも浅い彼女が、世界に目を向けた理由とは何なのか。
ヴェールに包まれたミステリアスな漫画家に独占インタビューを敢行した。
(聞き手:中川真知子)

▲写真 ©Machi OYAMA/District Invest
フランス連載までには壮絶なドラマがあった
—大山さんは、2021年の第85回ちばてつや賞ヤング部門で優秀新人賞を受賞されています。その後、日本でデビューし、2025年にはフランスで連載を始められています。いわゆる新人漫画家がフランスで連載を持つのは珍しい印象がありますが、経緯を教えてください。
大山満千(以下、大山):
私は、ちばてつや賞を受賞した『愚狗の子(ぐこのこ)』(講談社)を起点に、『ミチオ』というタイトルで連載デビューしました。この『ミチオ』の連載が始まるや否や、海外の違法漫画アップロードサイトに掲載されたらしいのです。
ある日、さまざまな国籍の方からSNSにメッセージが届くようになりました。最初は訳が分からなかったのですが、調べてみると海外版「漫画村」のようなプラットフォームに違法アップロードされていることが分かりました。私が把握しているだけでも10サイトくらいありました。それらのサイトは無料で読ませているわけではなく、有料でした。AI翻訳を使ったらしい中途半端なクオリティの『ミチオ』が、有料で読まれていたのです。そうやって『ミチオ』は広まっていきました。
—知らないうちに宣伝されていたということですね。どう感じましたか?
大山:
怖いという気持ちもありましたが、それ以上に、自分の作品で誰かが収益を上げていることが腹立たしいと感じました。アップロードのタイミングから考えても、AI翻訳を使っているようです。私の作品のセリフは独特な言い回しが多く、また、ヤクザ文化が根付いた日本だからこその当て字も多用しています。それをAI翻訳がどこまで表現できているのかは分かりません。つまり、それは私が描きたい『ミチオ』ではないのです。それでもお金を払ってまで読んでくれる人がいて、読者から「面白かった」というコメントが寄せられました。『ミチオ』が受け入れられていることは、肌で感じられました。
同時に、世界中の出版社から直接オファーが殺到し始めました。日本の場合、すでに出版社と契約している連載漫画家にコンタクトを取りたいときは、出版社を通すのが普通だと思います。しかし海外では、漫画家に直接連絡するのが一般的なようです。その中でも一際熱量の高いメッセージをくれたのがフランスでした。フランスはコミックジャーナリストという職業があるほど、漫画文化が根付いているのです。
—フランス側の出版社とはどのように交渉されたのですか? フランス語でのやりとりはハードルが高かったのでは?
大山:
フランスの出版社でも、問い合わせや交渉はすべて英語です。私は語学に特別精通しているわけではありませんが、いろいろな国で過ごした背景があるので、多文化や言語に苦手意識があまりないのです。最初はどの出版社も作品に対する感想や海外展開に興味はあるか、といった内容でした。
その中でも、フランスの大手出版社の担当さんは一際熱量高く感想を送ってくれました。とても驚きましたし、文章から、本当に『ミチオ』を気に入ってくれているのが伝わってきました。
しかし肝心の『ミチオ』は、日本の出版社側との方向性にズレが生じ、リリースが難しくなってしまいました。最終的に、お互いの相違点を考慮し、版権を私に移行したのです。
そのような状況の中でもファンからのメッセージはひっきりなしに届きました。私はどうにかして『ミチオ』を存続する術はないかと考え、フランスの出版社にコンタクトを取りました。
担当者はとても喜んでくれて、すぐに契約交渉に入りました。しかし、リリースまでにいくつかのハードルを越える必要があるとわかりました。結局、大きな組織にありがちなフットワークの重さがネックとなり、そこの出版社では『ミチオ』を出せそうにないと判断されました。
ところが、その会社の担当者が「どうしても『ミチオ』をフランスで展開させたい。『ミチオ』をフランスに持ってくるのが私の夢なんだ」と別の可能性を模索し始めたのです。協力者の数は、ひとり、またひとりと増えていきました。これには驚きました。しかし、どんなに協力者が増えたところで、後ろ盾のない新人漫画家がフランスで連載漫画を始めるためにはいくつもの課題をクリアする必要がありました。その課題の大きさに挫けそうになったとき、担当者は「『ミチオ』を殺しちゃいけない。『ミチオ』を殺すな」と私を奮い立たせてくれたのです。
もちろん、私も『ミチオ』を中途半端に終わらせるつもりはありませんでした。そうは言っても、ハードルの高さに挫けそうになったことも一度や二度ではなく、みんなで頭を抱えたこともあります。そんなときは、「『ミチオ』を殺すな」とお互いを鼓舞し合いました。
最終的に、その方々の尽力のおかげもあって、naBanという出版社と契約することになりました。『ミチオ』は『MICHIO』となり、フランス初の連載漫画としてデビューしました。
—なんだかドラマのような話ですね。愛される作品というのは、そこまでしてもらえるものなのですね。フランス初の連載漫画というのもすごい。

▲ ©Machi OYAMA/District Invest
大山:
自分でも驚いています。コミックというのは、ある程度完結した状態で出すのが一般的らしく、連載という形でリリースしないそうです。
―ところで、日本とフランスでは契約に違いがあるのですか?
大山:
まったく違います。日本では出版社に出版権が帰属しますが、フランスでの契約では著作権はもとより出版権も私に帰属します。そのため、『MICHIO』を出版できるのは一社に限られません。私の一存で、他の出版社からも出すことができます。
それと、私はフェアであることを大切にしています。法律上、著作者と出版社は対等ではいられません。しかし、ビジネスの上では、常にフェアであることを望んでいます。そのため、契約には国際弁護士を入れて、お互いが納得できるまでとことん話し合いました。幸い、naBanはそれをしっかりと守ってくれています。
—先ほど、違法アップロードの話をされていたときに翻訳について言及されていましたよね。日本語で連載されていたときの『ミチオ』はヤクザ言葉や、方言、当て字を多用していますが、それらをフランス語に翻訳する際、どんなプロセスを踏んでいるのですか?
大山:
まず、原稿は2種類用意しています。セリフが入っていないものと、セリフと注釈を入れたものです。当て字を使うのは、漢字が持つ意味をセリフに反映したいときなのですが、英語やフランス語に翻訳すると、しっくりこない場合が多いのです。
特にフランスの場合、ヤクザ言葉に相当するのはフレンチ・ノワールのような古い言い回しになるようですが、フレンチ・ノワールと日本のヤクザ文化は異なります。
翻訳は、ピエールという業界で有名な翻訳家さんにお願いしています。本当に優秀な方で、当て字が持つニュアンスまで理解してくれるのですが、それをフランス語に落とし込むのは至難の業です。そのため、『MICHIO』の世界観を表現するために、新しい言葉を作る必要すらある、と話し合っているところです。
—そこまで手間をかけているんですね。
大山:
そうですね。単行本になるときには、さらにブラッシュアップする予定です。
—フランスでは日本の漫画がとても人気だと聞いています。新人漫画家の大山さんがフランスで連載デビューできたということは、日本の他の漫画家さんにもチャンスがあるということですか。
大山:
そう思います。少し前にもSNSで「漫画家募集」という広告を見ましたし。ただ、海外で連載をした方がいいかと言われたら、そう単純な話でもないと思います。
私は漫画だけに集中できているわけではありません。仕事でいうと、漫画家と編集者の両方の役割をしています。さらに外資交渉もあるので、大手出版社でいうところの海外事業部の業務も自分でやっています。弁護士に任せられる部分もありますが、私自身が対応しないといけないことも多いです。それらを全て一人でこなすのは、体力的にも精神的にも大きな負担になります。機会はあるとしても、誰でもできることかといえば、私はそうは思いませんし、簡単に勧められるものでもないです。

▲写真 ブリュッセルブックフェア2025で存在感を発揮した『MICHIO』のプロモーション用巨大看板(写真提供:大山満千)
日本での連載にも強くこだわる熱い理由
—大山さんはフランスで『MICHIO』を、日本では『新宿バッダスベイビーズ』を同時連載されていますよね。将来的に、活動の場を海外にシフトする可能性はありますか?
大山:
海外と日本の両方で漫画家として活動したいです。私は日本人で、第一言語も日本語です。そして、日本の出版文化や連載漫画の形式は他国にはないものなので、大切にしたいと思っています。
連載は漫画家にとって過酷です。しかし今でも連載漫画が続き、世界から評価されているのは、先人たちの努力と熱意の積み重ねがあったからこそだと思っています。編集者と漫画家が、厳しいスケジュールの中で読者に面白いものを届けようと必死に取り組んできた。その積み重ねは、文化を超えた歴史ではないかと思っています。
私の漫画も、その歴史の延長線上にありたい。編集者と一緒に、熱量の高い作品を作りたいです。
—『新宿バッダスベイビーズ』は日本文芸社の『コミックヘヴン』で連載中ですよね。
大山:
はい。2024年5月号から連載しています。編集長の中阪康一さんは、土田世紀先生の『編集王』という漫画を読んで編集者を志した方で、とても情熱的で熱血漢です。ふたりでしょっちゅう漫画談義をするのですが、感情がこもりすぎて涙を流したことも一度や二度ではありません。
漫画を愛し、漫画のために生きる人です。私とは漫画家と編集者という立場ですが、打ち合わせが終われば漫画好きの友人として、とことん腹を割って話しています。お互いに真剣だからこそ本気の喧嘩もします。彼の熱意に応えたいし、彼も私を裏切らないと信じています。そんな編集者と一緒に作品を作れていることは、私の誇りであり、日本の漫画界に惹かれ続ける理由でもあります。

▲ ©大山満千/ 日本文芸社 コミックヘヴン
—そんな熱血編集者と一緒に『新宿バッダスベイビーズ』を作っているのですね。
大山:
そうです。決してブレることなく、漫画家を一番に考えてくれる編集者です。私は徹夜で作業することもあるのですが、あまりにも疲労がたまると、寝落ちというか、気絶に近い状態になることがあります。そんなとき、中阪編集長が電話をかけてきてくれて、作業に付き合ってくれるのです。本来ならしっかり寝て、頭をリフレッシュさせるべきなのでしょうが、印刷所への入稿を考えると踏ん張らないといけない時があるので、本当にありがたい限りです。
伴走者でいてくれるのはとても心強いですし、彼の仕事への情熱を感じるたびに、日本の漫画業界に惹かれます。今では珍しいタイプだと思います。
—正直、大山さんが日本とフランスの両方で異なる作品を連載できているのは、それが比較的簡単だからかと思っていました。例えば、編集者とのコミュニケーションの言語の壁や、漫画のセリフの翻訳はAI翻訳を使えばいいし、そもそもフランスは日本の漫画が人気で配信プラットフォームも整っているので、ハードルが低いからだったのかと安直に考えていました。しかし、それ以上に周囲のサポートや、期待に応えたい気持ちが大きいのですね。
大山:
そうですね。大前提として、私が自分の作品を愛していることがあります。それと同じくらい、naBanの編集者や、naBanに引き合わせてくれた編集者、難しいリクエストにとことん付き合ってくれる翻訳者のピエールさん、そして『コミックヘヴン』の中阪さんたちのことも愛しています。私の漫画を愛し、ファンでいてくれる方たちも心から大切に思っていますし、応援コメントが届くたびに飛び上がりたくなるほど嬉しくなります。
漫画は一人では作れません。私は多くの方々に支えられて、無茶をしながら作品作りをしているのだと思います。

▲ ©大山満千/ 日本文芸社 コミックヘヴン
大山氏は、漫画家としては遅咲きのデビューだという。
だが、心から漫画を愛し、漫画に育ててもらったと語るその姿に、筆者の心も震えた。
「感情がたかぶって泣けてきました」と涙を拭う彼女の横顔からは、『MICHIO』や『新宿バッダスベイビーズ』で描かれる暴力的なシーンは想像がつかない。
しかし、そのギャップこそが、彼女が世界から注目を集める理由の一つなのだろう。
『ミチオ』はMangas.IOで、『新宿バッダスベイビーズ』はコミックヘヴンで連載中。(編集注:それぞれのサイトに飛ぶリンクとなっています)
これからも、大山満千が紡ぐ物語に目が離せない。
トップ写真提供:大山満千
あわせて読みたい
この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー
1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。

執筆記事一覧






























