推し活が地方工場を救った―播州織ダブルガーゼハンカチの物語

中川真知子(ライター/インタビュアー)
「中川真知子のシネマ進行」
【まとめ】
・SNSでの「推し活」により、播州織ダブルガーゼハンカチがヒットし、兵庫と岡山の工場が復活。
・SHAKUNONEの笏本社長とコンドウファクトリーの近藤氏が連携し、職人たちが活力を取り戻した。
・「日本製」を軸としたSNS戦略と手の届く価格設定が共感を呼び、中小企業のSNS活用と職人文化継承の可能性を示した。
兵庫と岡山にある小さな工場が、SNS発の「推し活」によって奇跡の復活を遂げた。
販売を告知すればオンラインショップのサーバーが落ち、応援コメントが押し寄せるーー。
主役となったのは、播州織を使ったダブルガーゼハンカチだ。
「播州織ダブルガーゼハンカチ」ブームのきっかけは、SHAKUNONEの笏本達宏(しゃくもとたつひろ)社長の第二子誕生にまつわるちょっとしたSNS投稿だった。職人から「赤ちゃんのガーゼは買ったん? 」と質問され、「まだ」と答えると、縫ってくれると言われた、という微笑ましいやり取り。
何気ない投稿は、のちにかけがえのないビジネスパートナーとの出会いを生み、二人の人生を大きく動かすことになる。
Japan In-depthは、一躍時の人となったふたりに話を聞いた。

▲写真 笏本達宏氏のX投稿よりスクリーンショット
■ 職人のお墨付きが「推し活」に
「播州織ダブルガーゼハンカチ」ブームの流れをもう少し詳しく解説したい。
笏本氏のX投稿を見た人は、すぐに「生地」に反応した。シンプルな色合いに日本的なデザイン。そして、常日頃からシルクを扱う職人が褒めるクオリティに興味を持ち、販売の可能性についての書き込みが相次いだ。
期待の声に応える形で、手元にあった生地でダブルガーゼハンカチ(1,760円)の販売を開始すると瞬く間に完売。リクエストが相次いだ。
この動きは、生地の生産者である株式会社コンドウファクトリー代表取締役の近藤良樹氏の元にも届いた。同社は播州織の「clocomi」というブランドを展開している。今回話題になったガーゼハンカチは、clocomiのものだった。両者はすぐに連携し、「生地=clocomi」「縫製・販売=SHAKUNONE」という役割分担で追加生産とバリエーション展開が決まった。
廃業を口にするほど落ち込むこともあった日本の職人が、力を取り戻し、働く喜びを連投する様子を見たSNSユーザーも一気に活気づいた。応援と期待が入り混じるコメントと1万を超える「いいね! 」が続いた。
そして、迎えた「播州織ダブルガーゼハンカチ」再販の日。1500枚を用意したが、販売開始時間前からサーバーはパンクし、最終的に90分で完売に。今やプレミアと化した「播州織ダブルガーゼハンカチ」だが、SNS上では笏本氏と近藤氏、さらにファンの交流が活発に行われている。その様子はまるで「推し活」のようだ。
■ 衰退産業を受け継いだ3代目が運命の出会い
――SNSで話題になったのを受けてSHAKUNONEで300枚試しに販売したところ、あっという間に完売しました。その後、笏本さんと近藤さんがパートナーとなりますが、どんな流れだったのですか。
笏本達宏(以下笏本):
反響が大きかったので私としても増産したいと考えていました。生地を仕入れたことはありましたが、直接の接点はなかったので、近藤さんから連絡をもらってからすぐ、こちらからアポイントを取って次の日には実際に訪ねて行きました。生地の在庫状況を把握するだけでなく、レパートリーや製造の背景も知りたかったので。
話してみると、年齢も近く、廃業寸前の町工場を受け継いだ3代目という境遇も同じ。日本製の服の割合は1.4%しかなく、さらに縫製や繊維業界は高齢化が進んでいます。その中で、私たちのような30代と出会うなんて奇跡に近いのです。あっという間に意気投合しました。トントン拍子に話が決まり、生地は近藤さんのclocomiが担当し、縫製と販売はSHAKUNONEで担うことになりました。

▲写真 近藤良樹氏のInstagram投稿よりスクリーンショット
https://www.instagram.com/reel/DNCH6CMzI2I/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh
=MzRlODBiNWFlZA==
――近藤さんもclocomiのオンラインサイトを持っていらっしゃいますが、そちらでは販売しないのですか。
近藤:
はい。私たちの生地が使われてはいますが、「播州織ダブルガーゼハンカチ」はSHAKUNONEのブランドです。なので、私たちの方では販売しません。
笏本:
私たちとしても最初の300枚を販売するときは迷いがありました。生地は私たちの手元にありましたが、私たちが製造したわけではないし、特徴的なデザインので勝手に販売して良いのか、と。そこで、clocomiを紹介してくれた播州織をやっている知り合いに連絡し、使っても良いものか聞いてみました。すると、「播州織の生地屋さんは播州織を広く知ってもらうことが何よりも嬉しい」と言われたので、製品化に踏み切ったのです。

▲写真 クレジット:近藤良樹氏のInstagram投稿よりスクリーンショット
https://www.instagram.com/reel/DOhrS-okfHz/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==
――実は私も播州織というものを初めて知りました。
近藤:
展示会に出て認知度を広める努力はしていますし、町の支援もあります。しかしそれだけでは十分ではありません。ライブ配信しながら売ることもあるので、そこで生地を知って購入してくれる方も増えましたが、こんなに反響があったのは初めてです。目に触れる機会を増やす重要性を改めて痛感させられました。
――デザインセンスの良さはもちろんですが、やはり縫製職人が認めた手触りと新生児に使わせたいクオリティというのが高く評価されたようですね。
近藤:
笏本さんに連絡したとき、私も同じようなことを伝えたのです。「職人さんにそう言ってもらたことが嬉しい」と。とても感動したのです。
笏本:
私たちは普段シルクを扱っているのですが、シルクって人肌に1番近い手触りの天然素材だと言われているのです。SHAKUNONEでは最高級シルクをしようしていますが、clocomiの生地は最高級シルクに引けを取りません。
■ 職人が絶賛するclocomiの生地
――では、clocomiの生地には元々注目していた、と。
笏本:
近藤さんを前にして言うのは気が引けるのですが、以前clocomiの生地を仕入れて別のプロダクトを作ったことがあるのですが、そのときはうまくいかなかったのです。そのため、日の目をみることなく仕舞われていました。
今回、私の第二子誕生をお祝いするために職人たちが在庫の中から引っ張りだしてきてくれました。そして改めて触った職人たちがざわつき始めて……。普段、最高級のシルクを触り慣れていて、さらに子育て経験のある職人が、「これは良い」と太鼓判を押しました。
実は、私は3年ほど前にclocomiのシカ柄のガーゼで枕カバーを作り、日々愛用しています。ガーゼは弱いイメージを持っていましたが、寝相が悪い私が使い続けても柄もずれず、穴も開かないので、そのクオリティの高さには常々感動させられていました。そのため、clocomiの生地を活かしたいと思っていたのです。ハンカチの構想が生まれたときは嬉しかったですね。

▲写真 Ⓒ笏本達宏
――「播州織ダブルガーゼハンカチ」のヒットはそういった部分だと思います。職人さんを目の前にして伝えるのは気が引けますが、職人さんは営業が下手です。クオリティの高さや製造苦労を伝えるか、全く伝えずに「いつかわかってもらえる」と信じて待つ人が多い印象を持っています。でも、それでは消費者の心には響きにくいんです。今回は、職人のお墨付き、消費者のニーズ、妥当な価格、そして日本職人の喜びの共有が人々の関心に繋がったと感じています。
笏本:
そうですね。私も近藤さんも、自分たちが良いものを作っている自信はあります。でも、それはあまり言いません。営業の仕方もさまざまで、職人の中には、そういうことを言うのは格好悪いと思っている人もいます。伝えるのが苦手なんですよね。 ただ、私はかねてからSNSを活用してSHAKUNONEの認知度を高める活動をしています。近藤さんも最近ではライブコマースを始められていて、お客さんの心を掴んでいる。
近藤さんが楽しそうにしていらっしゃるのを見ると嬉しくなります。
近藤:
楽しいですね。お客さんからも、「楽しそうにしているのをみるのが嬉しい」と言われることがあります。笏本さんと今後について作戦会議をするのも楽しいです。
先日、SHAKUNONEで販売した1500枚があっと言う間に完売しました。購入できなかった方々から「待っています」という声も届いています。受注をうけた分の製造も進めていますが、さらに広めて行きたいので、ふたりで頻繁に「こうしよう」「ああしよう」とアイデアを出しながら積み上げているところです。
――話題になってからの行動が今後の成長を左右すると思いますが、慎重に動くおつもりですか?
笏本:
いえ、結構大胆に動こうと思っているのです。私たちは失うものがありません。逆を言えば、失うものがないから石橋を叩いてわたる必要がないのです。近藤さんと一緒に、市場を確立したいですね。
■ 中小企業のSNS活用――軸は「日本製」
――ところで、笏本さんは以前からSNS発信をされていましたよね。今回のブームのきっかけもSNSでした。戦略はあったのですか?
笏本:
ありがたいことに、Xのフォロワーさんは8万5000人を超えています。Xを始めたのは約4年前ですが、SNS歴は11年になります。その間、1日たりとも発信を止めたことはありません。なので、昨日今日フォロワーさんが増えたわけではありません。
とは言え、転機はありました。発進軸を「日本製」に定めたのです。それまではプライベートや仕事における経験についても伝えていましたが、日本製を中心に伝えるよう仕切り直したらグングン伸びました。そこにきて播州織の投稿がきて、短期間で3万人が新たにフォローしてくださった、と。
近藤:
笏本さんのアカウントはフォロワーさんが急に増えたみたいだったので私もSNS活用の方法を知りたいと思っていました。
笏本:
そこを知りたがる方は多いです。実際、「どんなマーケティング会社に依頼したのですか」「お使いのコンサル会社を紹介してください」「参考にさせてください」といった問い合わせがありましたし、私にコンサルティングをお願いしたいと言ってくださる方からの連絡もありました。
SHAKUNONEは小さな町工場で、コンサルを頼む余裕もないので、全て自分が地道にやっています。日本製が失われつつあることに危機感を覚える方が増え、日本製や日本の職人技術について興味を持つ人も増えていると感じています。
だからこそ、日本製について語るアカウントに方向性を定めたことでフォロワーが増えたのだと思います。「播州織ダブルガーゼハンカチ」は消費者ターゲットが広く汎用性が高くて可愛い。何より素材が良い。そういったものが乗っかった結果、化学反応が起きました。
ただ、この化学反応は計算して起こしたわけではありません。私は打算的なところもあるので戦略的行動をとることもあります。しかし、今回の件はノリで始めたものが、みなさんの心に届き、近藤さんを巻き込めた。再現しろと言われてもできないでしょう。
近藤:
日本製といえば、私のSNSのコメント欄にも変化がありました。これまでは「かわいい」「ほしい」といったコメントが大半だったのですが、今は「日本製にがんばってほしい」といった書き込みが多く寄せられます。「かわいい」と言ってもらえるのも、もちろん嬉しいです。でも、「日本の企業にがんばってほしい」という言葉は、いつも胸を熱くしてくれます。嬉しくてたまらないのです。
――消費者という立場ではなく、応援してくれるようになったのですね。私が、一連の流れを「推し活」のようだと感じたのもその部分にあります。
笏本:
日本製を守るために「もっと値段を高くしてください」という意見もあります。それは嬉しいのですが、私たちはそうしようとは思いません。
誰もが手の届く価格で提供したいのです。それでも「高い」と言う方もいますが、手が届く人は多いと思います。
商売として成り立って、多くの方に届けられるバランスを保ちたいのです。工場からミシンや機織りの音を消さないことが1番です。作業場から音が聞こえなくなった寂しさは、私も近藤さんもよくわかっている。例えようもない悲しみに包まれます。

▲写真 Ⓒ笏本達宏
小見出し:日本製が盛り上がらない理由とは
――日本製を求める人が多いにも関わらず、日本のアパレル業界がいまいち盛り上がらないのはなぜだと思いますか。
笏本:
アパレルだけでなく繊維関係全般が分業制で、上から流れてくるものを扱うけれど、関わっている方々と交流する機会はほとんどありません。
アパレルブランドの歴史や物語を知っていても、そこに使われているマテリアルは細分化された分業の上に成り立っているので、マテリアルひとつひとつは語られにくいし、ストーリーもできにくいのです。すると、盛り上げようと話題にしてくれようとしても、ドラマティックに語れることがないのです。
近藤:
私と笏本さんがやっていることは、本当に珍しいことなのです。真似しようと思ってもできない人の方が多いでしょう。だからこそ、私らが先頭を切って、職人同士の繋がりを作ることでやれることが増えるという事実を作って見せて行きたいと思っています。

▲写真 近藤良樹氏のInstagram投稿よりスクリーンショット
https://www.instagram.com/p/DN6vbbQEqCb/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==
――大胆に動くとおっしゃっていましたが、具体的な計画を聞かせてもらえますか。
笏本:
今回のことで課題もいくつか見えました。まず、ほしいと言ってくださる方に買ってもらうことができなかったことは、本当に申し訳ないと思っています。しかし、田んぼに囲まれた小さな町工場で生産できるハンカチの数には限りがあります。また、サーバーがパンクしたことも課題です。こうなる前に強化はしていたのですが、足りませんでした。
それらを踏まえ、枚数販売というより、期間限定受注販売を考えています。受注生産より、常に在庫を持つより、その期間だけなら受注できると定めるなら私たちのような町工場でもできるかもしれないと思うのです。

▲写真 Ⓒ笏本達宏
――最後に、おふたりを推している方々に一言もらえますか。
近藤:
みなさまには本当に感謝しかありません。播州織を知ってくださったこともそうですが、笏本さんとの縁を下さったことにも感謝しています。ハンカチを待ってくださっている全員に絶対に届けたいです。
笏本:
私も同じ気持ちです。待ってもらわないといけないのは心苦しいし、常に申し訳なく思っています。それでもほしいと思ってくださる方がいることに感謝しかありません。そして、反省すべき点に気づかせてくださった方にも感謝しています。次に生かします。
みなさんの支えがあれば、なんでもできると思っています。成長も失敗も、少しダサいところも見せると思いますが、ものづくりを楽しんでいる姿を見て、一緒に楽しんでほしいです。
小さな町工場の音を絶やさないための「推し活」。そのともしびは、SNSを通じて日本各地に広がりつつある。
トップ写真:Ⓒ笏本達宏
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この記事を書いた人
中川真知子ライター・インタビュアー
1981年生まれ。神奈川県出身。アメリカ留学中に映画学を学んだのち、アメリカ/日本/オーストラリアの映画制作スタジオにてプロデューサーアシスタントやプロダクションコーディネーターを経験。2007年より翻訳家/ライターとしてオーストラリア、アメリカ、マレーシアを拠点に活動し、2018年に帰国。映画を通して社会の流れを読み取るコラムを得意とする。

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