ベトナム戦争からの半世紀その２７ 北はついに「サイゴン総攻撃作戦」へ
古森義久（ジャーナリスト／麗澤大学特別教授）
「古森義久の内外透視」994回
【まとめ】
・1975年3月31日、北ベトナム労働党政治局は1か月以内に南ベトナム政府を軍事的に壊滅させる総攻撃を決定。
・中部海岸や高原の主要都市が次々と北軍に制圧され、南ベトナム軍は崩壊的敗退を続けた。
・4月初旬、総司令官ズン将軍は南部戦線の秘密司令部に入り、サイゴンへの最終攻撃が目前に迫ったことを示した。
北ベトナムの軍事、政治の最高機関である労働党政治局は１９７５年３月３１日にさらなる歴史的な決定をくだした。翌４月末までに南ベトナム政府への総決戦を進め、最終勝利をおさめるという目標の決定だった。そのつい２週間前の３月１７日には北ベトナムは新たな軍団を南北境界線を直接越えて進撃させ、南ベトナム北部を一気に席巻するという重大な決定を下したばかりだった。その時点では最終勝利の目標は１９７５年いっぱいとか、さらに翌７６年にもかかりうるとされていたが、わずか２週間のうちにその目標達成が大幅に早められたのだった。
つまりベトナム共和国という正式名称の南ベトナムという国家、そして政府を軍事攻撃により壊滅する作戦の決定だった。南ベトナムの首都サイゴンへの総攻撃を意味していた。しかもその目標をわずか一ヵ月で達成することを誓っていた。
この新決定の最大の要因は南領内での戦場での南ベトナム軍の敗退ぶりだった。３月３１日という時点では南ベトナムの北部での軍事要衝ダナンの北軍による完全占拠がちょうど確認されていた。北ベトナム軍大部隊の進撃は文字通り、とどまるところを知らなかった。
４月１日から３日にかけて北ベトナム軍の大部隊は中部海岸沿いに残されていた南政府側の中級都市をつぎつぎに制圧していった。中部海岸は南シナ海に面して、ダナンから南へほぼ一直線で首都サイゴンへの方向へ伸びている。１日にはビンディン省の省都クイニョンが北軍に占拠された。クイニョンはダナンから南へ、３２０キロほどの位置にあった。同じ日にビンディン省のすぐ南のフーエン省の省都ツイホアも制圧された。そのまた南のカンホア省の省都ニャチャンも同様だった。ニャチャンは美しい海岸で有名だった。戦争の最中でも南ベトナム市民たちの憩いの場となっていた。
北ベトナム人民軍のバン・チエン・ズン参謀総長が公表した戦記によると、中部海岸を超スピードで席巻していったのは中部高原で大勝利を得た人民軍各師団だった。北ベトナムから新たに直接、南北境界線を越えて、フエやダナンを攻略した第３０４師団、第３２４師団などの第２軍団とは別個の部隊だった。バンメトート攻略で活躍した第３２０師団は国道７号線沿いに敗走する南軍部隊を追撃してさんざんに痛打を浴びせ、その勢いでツイホア市になだれこんだ。
ニャチャンを制圧したのは中部高原から国道２１号線を下ってきた第１０師団だった。北軍の先遣隊はニャチャンの全市制圧に先だって市内の刑務所を破り、２０００人もの収容者に武器を与えて、南軍への反抗をあおった。収容されていた側には革命勢力支持の政治犯もいて、その動きが市内の秩序をさらに崩した。
ニャチャンでは南ベトナム軍の第二軍管区のファム・バン・フー司令官がいた。優秀とされた軍人で、南軍の残存兵力をまとめて「ニャチャンだけは死守する」と宣言していた。だが勢いをますフル編成の第１０師団の敵とはならず、敗走した。ズン戦記によると、北軍部隊がフー司令官の宿舎に突入したとき、食卓にはできたての料理が手つかずのまま並んでいたという。
第１０師団は翌日の４月２日、ニャチャンの南５０キロほどの軍港カムランをも制圧した。カムランの軍港も南ベトナム軍やアメリカ軍にとって枢要の海軍拠点だったが、北軍はもう無人の野を走るがごとく進撃していった。
前日の４月１日には中部高原で孤立していたツエンドク省の省都ダラトも北ベトナム軍に占拠された。サイゴンから北北西に２５０キロほどのダラトは南ベトナム全体でも最高とされた美しい避暑地だった。サイゴンの政治家、実業家らの豪華な別荘が湖沿いに並んでいた。南政府の原子力研究所とか士官学校、その他の教育施設、文化施設もあった。その名勝の地域に北ベトナム軍の第１９８奇襲部隊が侵入し、一気に制圧したのだった。私のこのダラトには仕事の合間にサイゴンから車で訪れ、休息をとったことが何回かあったので、そんな保養の地が北ベトナム軍に占拠されたという報には改めて衝撃を受けた。
北ベトナム軍の南での大攻勢の総指揮をとるズン参謀総長は４月２日に中部からついにナンボに転進した。ナンボとは南部という意味である。北部、中部より南、カンボジア国境地帯からサイゴン周辺、さらにメコンデルタを指す。ズン将軍がナンボに入ったことは、いよいよサイゴンへの総攻撃が迫った、ということだった。
ズン戦記によると、将軍は４月３日にビンロン省ロクニン近くの秘密司令部に到着した。この司令部は北ベトナムの労働党の南ベトナム領内の総指揮所だった。サイゴンから北に国道１３号線を１５０キロほどの距離にあるロクニンの町はカンボジア国境に近く、街からちょっと離れると、山岳や密林が広がる。その奥深い一角に北ベトナムの南での活動の最高指揮所が長年、秘密裡に置かれていたのだ。アメリカ軍や南政府軍がときおり、その探索や攻撃を試みると、北側はカンボジア領内に撤退して、その攻撃をかわす、という戦術で対応していた。
ズン将軍がその秘密指揮所に入ったことは、北ベトナムのサイゴン総攻撃作戦への着手を意味していた。（つづく）
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写真）地面で泣くベトナムの孤独な子供 (1975年4月2日 南ベトナム）
出典）Photo byBettmann Getty Images
