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.政治  投稿日:2026/3/23

周到な準備ができなくなった日本――マイナ保険証・介護政策が示す公的部門の危機


執筆:福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)

 

■本稿のポイント

・公的部門において十分な事前準備を行わずに政策が実行され、税金の無駄遣い、国民の不安、経済効率の低下を招いている。

・マイナ保険証や自宅介護推進などの政策で、視覚障害者や超高齢者などの弱者への配慮が不足し、介護離職の増加など経済全体の効率を落とす事態につながっている。

・議論や下調べが不十分でも政治的スケジュールが優先され、制度の不備による「見切り発車」が現場の混乱を招き、最終的に政府への国民の信頼喪失につながる。

 

最近の日本の公的部門では、十分な準備なしに政策が「見切り発車」される事態が常態化している。その背景に何があるのか、そしてその代償とは何か。コンサルタントの福澤善文氏が問う。(Japan In-depth編集部)

 

橋を渡る際に、渡る前にリスク対策をじっくり考えてから渡る人、渡りながら問題が起きたら考えて渡る人、後先考えずにとにかく渡る人の三つのタイプが考えられる。

 

企業が新たな事業を行う場合、考えられるあらゆるリスクをじっくり検討し、それらのリスクをいかに回避できるか、更に、もし問題が発生した場合にどう対処するか綿密な策を用意し、その上で採算性を弾いてその事業を進めるか否かを決定するのが第一のタイプだ。事業を行う際、企業にとって、株主などのステークホールダーに対する責任は極めて重大だからだ。

 

公的部門の「第二のタイプ」が招く税金の無駄遣いと経済非効率とは?

 

公的部門に目を向けてみよう。国民の税金を預かり、それを国民に利するために活用する、政府の国民に対する責任も重大だ。ところが、国民のために税金を有効に使う上で、十分な事前準備を行った上で実行しているのかというと、首をかしげざるを得ないことが最近の日本では多い。政府は新たなプログラムを開始する際に、諸問題が発生した場合の対処方法を事前に準備して、実行に踏み切っているのであろうか。とにかくゴーサインを出して、問題が発生したら、そこで考えるという第二のタイプでは、国民はフラストレーションと不安を感じざるを得ない。事前準備不足、そして、問題が発生した場合の解決の先送りこそが、結局は税金の無駄遣いをひき起こし、国民を不安に陥れ、そして日本経済の効率を落とすのだ。

 

マイナ保険証政策はなぜ視覚障害者や弱者を置き去りにしたのか

 

例えば、マイナンバーカード。今や、政府は健康保険証、免許証の役割をも果たさせようとしている。確かに1枚のカードで多種の役割を果たせることは便利かもしれない。しかしながら、実施前に予想されたであろう様々な問題点については対策が講じられていない。誰もが使えるようなシステムの整備こそ、実施前に必要だったのではないだろうか


視覚障害者がマイナ保険証を使用する際に顔認証、暗証番号入力作業は大変難しいか、不可能だそうだ。視覚障害者団体から、総務省、デジタル庁、厚生労働省へ、顔認証と暗証番号入力が困難であることは4年前から申し入れがなされていた。音声での対応、スクリーンのキーではなく、テンキーの設置が必要であることくらい、マイナカード実施前にわかっていたはずだが何も策を講じないまま弱者を置き去りにした


超高齢者にとってもマイナンバーカードの手続き、使用は不便だ。例えば、更新の際にはマイナンバーカードの電子証明書の更新手続きの書類が本人宛に郵送されてくる。提出書類には本人の写真が必要だ。歩けない、外出もままならない人は写真を撮りに行くことができないし、スマホ撮影が簡単だというが、スマホも持っていない高齢者も多い。申請は郵送だが、更新したカードの受取でまた躓く。家族が身近にいない高齢者はどうしたらよいのか。写真撮影についても、代理人がいない場合の受取方法についても、結局は遠方の家族に頼る以外に役所からの回答は得られない。その場合、マイナンバーカード更新のための本人の写真撮影、そして更新手続き、そして数か月後の代理受取のために遠方にいる家族が、その都度、仕事を休まざるを得ないケースが増えている。そのような家族がいない場合についてはどうしたらよいのだろうか。

 

介護離職増加は準備不足による「見切り発車」の結果か?


介護のために労働活動をストップさせること、そして場合によっては離職を余儀なくされることは経済全体の効率性を落とすものだ。この介護離職についても、すでに2010年前後からその流れは予想されていた。

2010年ごろから、政府は自宅介護を進める方策を進めてきたが、準備不足のまま実施された感が否めない。筆者の家族も、問題が起こるたびに区役所、都庁、厚労省に電話のみならず、結局は出向いて解決策を求めていた。しかし結局は当事者で模索せざるを得ないことが多かった。要するに、担当官庁は十分な準備をしていなかった。事前準備をせずに、見切り発車をし、その後出現する問題については、棚上げにした結果が今の介護離職増加なのではないだろうか


マイナンバーカード、介護関連に限らず、日本の狭い道を走る電動キックボードについても、事前に、認可した場合に起こるだろう問題は明らかだった。いつから日本は準備不足で見切り発車をすることが多い国になったのだろうか。かつては、政策を実行する際には用意周到であったはずだった。

 

政治的スケジュール優先が政府への信頼喪失を招く危機


議論を尽くしたり下調べが不十分だったりしながらも政治的なスケジュールを優先せざるを得ない現状は問題がある。制度の不備や知識不足による見切り発車は現場の混乱を招き、最終的には国民からの信頼を失うだけだ。フィンランドなどの北欧諸国では社会保障制度は充実している一方で、国民に課せられる税額は多額だ。といって、国民からは税金についての不平はあまりない。それは国民が政府を信頼しているからだ。 

 

■FAQ

Q1. マイナ保険証とは何ですか?なぜ議論になっているのですか?

  1. マイナンバーカードを健康保険証として利用する仕組みです。利便性向上が期待される一方で、システム不具合や高齢者・障害者の利用の難しさ、準備不足のまま導入が進められた点が議論になっています。

Q2. 介護離職とは何ですか?なぜ増えているのですか?

  1. 家族の介護のために仕事を辞めることです。在宅介護の推進に対して支援体制が十分でないため、家族の負担が大きくなり、離職につながるケースが増えています。

Q3. 介護離職の規模や推移はどの程度なのですか?

  1. 介護・看護を理由とした離職者は年間およそ10万人規模で発生しており、長期的に見ても大きく減少していない状況が続いています。例えば直近の2022年の調査では約8.3万人とされています。なお、このデータは5年ごとに実施される総務省の就業構造基本調査に基づくものです。

 

■ シリーズ・アーカイブの紹介                 

本連載は、複雑な日本社会や政策の課題を独自の視点で読み解く福澤善文によるシリーズです。個別のトピックを超えて読み進めることで、複雑に絡み合う現代の論点を立体的に理解することができます。

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出典)GettyImages/ mapo




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